第8話 穏やかな笑顔
購買に寄り、屋上へと上がった。いつも通り、あたしは寝転がって日向ぼっこをし、零はフェンスに寄りかかっていた。
パンを一つ食べ終えた。レモンティーが喉に溜まった食べ物を胃へと押し流していく。
「零ー。なんでクラスの女の子の誘い全部断るの?」
零は面食らったような表情をした。まさか蓮がそんなことを訊ねてくるとは、といった顔だ。あたしにはわかる。
「興味ないから」
高校生らしからぬ発言に異論を唱えた。
「本当にー?だってあたし変な子だよ。そんな子と一緒にいるより、クラスの女の子の方が可愛いよ」
あたしはこの言葉を否定して欲しかった。もし肯定されたら、その瞬間、零のそばにいられなくなる気がした。
「可愛いとかそうじゃないとかの問題じゃないんだ。僕は蓮のそばにいたいだけだよ。それ以外は興味がないんだ」
これはある種の告白なんだろうか。でも、あたしの早合点だったら嫌なので、そこには突っ込まないことにした。
「零って変だね」
零はくすっと笑って言った。
「蓮だって変なんだろ?」
「それは…」
揚げ足を取られた。
「でも僕はそれで良いと思うけど」
零は恥ずかしがるでもなく、さらっと気取ったことを言った。こういった言葉も零の特徴だった。
普通の男子なら恥ずかしくて言えないようなことをさらっと言い放ってしまうんだ。
「蓮の自分で思ってる変なところって、魅力だと思うよ」
あたしは大の字に日向ぼっこさせている身体を零とは反対に寝返りさせ、ぼそっとした声で言った。
「ありがと……」
零とのこの時間はいつまでも続く。あたしと零が望み続ける限り。そう思った。
午後も午前と同じく、情報と科学の授業だった。馬耳東風だ。むしろ苦痛とも言えるかもしれない。
苦痛な時間は長く続く。お昼休みはあんなに速く流れていったのに。なんだか、イジワルされているみたいだ。誰が、とかはわからないけど。
放課後になると、那智が話しかけてきた。
「今日も美術室行くの?」
「うん。その予定」
那智は残念そうに、言った。
「そっかぁ。零君も一緒にやるんでしょ?」
あたしは零という単語に反応してしまった。
「多分ね」
思わず濁してしまった。
「そっか。零君もいるなら、あたしは邪魔しちゃ悪いね。あたしはやることないから帰ろうかな」
あたしはなんだか申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね。また今度一緒に遊ぼうね」
「うん。わかった。じゃあ、また明日」
那智は教室から出ていった。あたしは零に話し掛けようと零の席を見た。お昼休みに見た女子達がまたも零を囲んでいた。
「ねえ、零君。今日は一緒に仮想ゲームで遊ばない?」
零はひょうひょうと答えた。
「僕、電子コンタクトもワイヤレス・イヤホンも持ってないから」
取り巻きの女子はそれでも引き下がらなかった。
「じゃあ、この機会に揃えてみたら良いんじゃない?」
「それ、良いわよ」
零は、表情が少しずつ作り物のようになっていった。
「ごめん、今日はちょっと寄りたいところがあるから」
「毎日そう言ってるじゃない? 一日くらいサボっても大丈夫でしょ?」
零はむっとした表情をおくびにも出さなかった。
「僕がやりたいことをしてるんだから、指図しないでもらいたい」
「こんなに零君を好きな人が集まってるのに、なんでそんなこと言うの?」
女子の一人がふっと漏らした。
「そんなにあの子が大事なの?」
零はお昼休みの時に見せた表情をした。にこやかな、穏やかな顔と声だった。
「三度目はないよ?」
その言葉と表情からは想像つかないくらいの怖さが宿っていた。零の中の激しさが溢れている。あたしが見ていても怖かった。あんな零は見たことがない。
零がこちらに向かって歩いてきた。
「蓮。一緒に美術室に行こう」
零は穏やかな笑顔と声をしていた。さっきまでの激しさはすっかり消え去ってしまっていた。
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