第7話 憂鬱と冷たい態度
教室までの廊下を那智と並んで歩いた。学校では仮想ゲームの世界やネットへの接続は禁止され接続出来ないようになっているため、友達と話して過ごす。
メールや電話くらいなら出来るが、ネット世界にはアクセス出来ない。そして学校を一歩外に出れば、そういった世界に浸かる生徒がほとんどだ。あたしと零はその中では異常な方なのかもしれない。
那智は仮想ゲーム世界やネットに多少は通じているが、あたしや零の前では見せない。あたし達が嫌っているのを知っているからだ。
その上で一緒にいてくれる。零以外では、あたしにとって唯一の友達だ。
「蓮のお父さんとお母さんって科学者なんだよね」
那智にあたしの家の詳しい事情を話したことはなかった。今聞かれた質問も零以外には話していなかった。
「うん。なんか凄い会社の結構なポジションにいるみたい」
それは事実だった。だけど、あたし自身もお父さんとお母さんの職業の詳しい内容まではわかってなかった。
「そっかー。でも科学者だと今の時代大変じゃない?」
「そうみたい。なかなか帰ってこないし」
那智は少し考えているみたいだ。
「私の家は自営業だから全然だよ。毎日家にいるし。それどころか私にも手伝わせるし。高校で忙しいっていうのにね」
笑って答えた。
「でもバイト代とか貰えるんでしょ?」
「それが、一回やるとお小遣い三百円アップとかだよ。コンビニの方が時給高いよー」
切々と語った言葉に嘘偽りはないように見えた。
「それは、大変そう」
苦笑いをしながら言った。那智は全然気にしてないようだ。
「蓮は毎日絵で忙しそうだよね」
「学校でしか描けないから、毎日それだけが楽しみなんだ」
「それだけって…。私はー?」
あたしは慌てて付け足した。
「あ、那智と一緒にいるのも楽しいよ」
那智はイジワルそうに笑っていた。
「ふふっ、ありがと。またイジワルしちゃった」
「ホントだよ。もう」
那智はこそこそと小声で話し掛けてきた。
「でも、本当は絵じゃなくて、零君といるのが楽しいんでしょ?」
あたしは、顔が赤くなっていくのを感じた。
「なっ、そんなわけないでしょ」
「照れない照れない。顔赤くなってるよ」
那智はさっさと教室に入っていってしまった。あたし…、そんなにわかりやすいんだろうか。
教室の中に入ると零は先に着いていた。周りには数人の女子が群がっていた。
「蓮。おはよう」
零は女子の輪から外れてこちらに向かってきた。
「あの子達と話してなくて良いの?」
あたしは思わず口に出してしまった。
「ああ、なんか話し掛けられて。それより、今日も美術室行く?」
「どうしようかなー」
ああ、あたしにも那智のイジワルが移っているようだ。那智のイジワルは伝染する。なんだか零にイジワルをしたくなってしまった。
「どうしたの?今日様様子が変だよ?」
「なんでもない」
言い切ると自分の席へと向かった。零は何も悪くないのに。つい、さっきの女子達の声が気になってしまった。
前からあったけど、最近更に増してきている。それを聞く度、憂鬱な気分になってしまう。
零と付き合っているならまだしも、あたしと零は友達なんだ。どうにもその差は埋められない。
周りに言われても否定も出来ない。零といるなら、そんなもどかしい気持ちをずっと抱えていかなくちゃいけないんだ。零の隣って大変だな。
校内に始業の鐘が鳴り響いた。一時間目は情報だった。それもまた憂鬱にさせた。
三時間目には週に一度の音楽の授業があった。
音楽と言っても、荘厳なクラシックとかではなく、ピコピコなる電子音のバンド音だった。ギターもベースもドラムも機械音だった。ボーカルすらも機械で歌われている。元は人の声だけど、歌手がどんどん機械の歌手になっていく。
機械なら音を外すこともないから良いらしい。あたしは昔の音楽をおじいちゃんに聴かせてもらったけど、その音程の不安定感も良いと思ったのに、今ではそんなことを言う人は少数だった。
そんな音楽を聴いて、感想を書かなければならなかった。迷いも無く「どこも良い部分がないです」と一言だけ書いた。後で何か言われても知らんぷりを決める予定でいる。
お昼休みまでの時間はやっぱり遠かった。
午前の授業で音楽があったのは良かったけど、他は情報だの、科学だのでやっぱり楽しくなかった。
情報や科学に比べれば、電子音でも音楽は楽しい授業だった。
零も前に話した時、今の社会に不満を持っていた。
でも零はそういうところは全然出さない。だけど、その話をした時、なんだかいつもは出さないような感情を出していた。
零はあたしとはまた違った感情があるんだろう。憂いているというよりも、悲しんでいるというか、なんだか複雑な感情が入り混じっているように見えた。
お昼休みの鐘の音が聞こえた。
零を誘いお昼を取ろうと零の席へと向かった。けれど、零の周りには女子が溜まっていた。
「零君、一緒にお昼取らない?」
「一緒にお昼を取る人がいるんだ」
零はきっぱりと答えた。
「それってあのダサい子?あんな子のどこが良いの?」
「そうよね。今時携帯とか使ってるし」
「いっつも零君の周りにいて。迷惑じゃない?」
零は表情を変えずに応じた。
「僕も携帯を使ってるよ」
零の言葉ははっきりとした嫌味だった。それでも女子達は引き下がらなかった。
「それだって零君のそばにいるためにやってるんでしょ?」
「そうそう、零君が携帯を使ってるから、自分も携帯にしてるだけじゃん」
「零君にあんな子は不釣り合いだよ」
零はニッコリとした表情と穏やかな声で言った。
「すまないけど、彼女の悪口を言うなら、もうこの場から去ってくれないかな。目障りだ」
女子達は零の言葉にたじろぎ、零の周りから去っていった。
零の表情にも声にも、穏やかさが宿っていたけど、奥底に秘めた、怒りを表面に湿らせるかのように出した。零の感情の高ぶりがそこにあった。
やがて、零があたしの姿に気付いた。
「ああ、蓮。一緒に屋上に行こうか?」
いつもの零だ。言葉の裏に真実を隠している零ではなかった。
「うん」
でも、なんであたしなんだろう。あの子達になくて、あたしにあるものってなんだろう。答えは見つからなかった。
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