第6話 作り笑い

 朝目が覚めて一番に目に入るのは太陽の光だった。遮光カーテンは目覚ましと共に遮光を弱める。目が覚める頃にはそのカーテンは遮光カーテンではなくなっている。

 もちろんこの現象も超常現象ではない。目覚ましと連動しているカーテンだ。セットした時間に合わせてカーテンの色が薄くなる。だから、必ず太陽が一番に目に入る。秋の肌寒い空気が部屋の中に満ちていた。

 リビングに向かうと、宵月が朝食を取っていた。

「お父さんとお母さんは?」

「親父は昨日から帰ってきてねーし、おふくろは夜中に帰ってきて、朝飯作ったらさっさと仕事に出掛けちったよ。ちなみにじーちゃんは朝飯食って家庭菜園の世話してるぜ。あんなんやんなくても良いのになー」

「そう…」

 あたしの家はいつもこうだった。お父さんもお母さんも家には滅多にいない。この年齢になって恋しいとかそういうわけじゃないけど、どこか寂しくも感じていた。

「姉ちゃんも飯食わないと遅刻すんぜ」

「わかってるってば。あんた本当に生意気な口ばっかり聞いて」

 宵月はそんな言葉は耳に入ってきていないように振る舞い、ご飯の続きを食べ始めた。宵月の座っている斜め前の席に座り、あたしも朝食を取った。

 一度部屋に戻り制服に着替えた。白のニットのカーディガンを着て、紺のスカートを履いた。かばんには必要な荷物だけを入れて手に取った。

 荷物といっても大したものは入っていない。

 おじいちゃんの時代では、教科書とかノートを持って通っていたけれど、それも必要なかった。全て電子パネルで済むからだ。

 家を出ると街中の人達が電波の交信をしている。この光景はやっぱり嫌いだった。

 誰も人間らしく見えなかった。コンタクトに映された映像を見つめる虚ろな目も、情報が入ってくるワイヤレス・イヤホンも、人間らしさを失わせている一因のような気がした。

 だからなのか、あたしにとって何よりも安らげる時間は、屋上で零と食事を取っている時間と、美術部で絵を描いている時間だった。零と一緒にいられるし、大好きな絵も描けるし、零の絵も見れるし、良いことずくめだ。

 今日もあたしは電車に乗り学校の最寄駅まで行く。便利なものはたくさんあるけど、電車だけは変わらないらしい。

 昔からこの電車はこの場所を通っていた。それを考えると素敵だな、と思う。満員の電車に揺られながら降車駅を待った。こんなに色んな人がそれぞれ会社や学校へと行く場所があるなんて、勤勉な人が多いんだろう。

 降車駅に着き、電車を降りる。景色を見るとまだかろうじて紅葉が残っていた。赤いモミジが一枚ずつはらりと地面に落ちていく。その光景は美しかった。

 芸術のように計算された美しさがあった。あたしは携帯で写真に撮った。後ろから噂する声が聞こえた。

「今時携帯とか古くない?」

「ほら、あの子零君といつも一緒にいる子だよ」

「あの零君と?」

「ちょっと変わってるから構ってもらってるだけでしょ」

「零君が本気で相手にするわけないじゃない」

「だよねー。ただの遊び相手でしょ。食事も放課後も一緒だし」

「そんなところにまで付き纏ってんの?」

「うわー、非常識」

 声が聞こえる先へと振り返った。周りの生徒は何事もなかったかのように歩いている。こんなこと日常だった。零は女子に人気がある。その女子達にとってあたしは、零の周りにいる『うっとうしいヤツ』なんだ。

 わかってはいたけど、やっぱり少し落ち込んじゃうな。すると、後ろから話しかけられた。

「おはよう。蓮」

「那智」

「どうしたの?こんなところで立ち止まって」

「ううん。なんでもない」

 あたしは笑顔を作った。作り物でも良い。その場が上手く収まるなら。あたしは元気に校舎の中へ入っていった。

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