第2話 神様

 四時間目が終わり、お昼休みになった。あたしと零は学校内に併設されている購買で、パンとおにぎりを買って屋上へ向かった。

 屋上は四角くフェンスが張られている。フェンスを登ろうとしても上の部分が内側に曲がっているため外側には出られない。

 ただ、学校自体がかなり古くからあるため、フェンスは今にでも壊れてしまいそうだ。

「やっぱりここだよねー」

 あたしは、屋上の真ん中に大の字に寝転んだ。

「みんな食堂に行くからね。屋上は人気がないのが良いね」

 零はフェンスに寄りかかり、袋からパンを取り出す。

「だねー。あたしここで日向ぼっこしながらお昼食べるのが好きー」

「ははっ、でも食べて寝たら太るよ」

 零は毒づいた発言をしてきた。零の表情に変化はなかった。悪気がないのか確信的についてきた言葉なのかはわからない。

「あたしは大丈夫なんですー。普段から意識して運動してるもん」

 零は笑っていた。

 零は紺のブレザーにグレーのズボンを履いている。この学校の制服だ。胸には校章が付いている。中には白いシャツを着て、あずき色のネクタイを緩く結んでいた。

 周りの男子も同じ格好をしているのに、その差は雲泥だとも思える。

 更に見ると零は肌が綺麗だ。

 ニキビも全然ないし、本当に日本人なのかな? と疑いたくなるほど外見が成長して見えた。髪は薄い茶色をしていて、瞳も薄い茶色だった。

 その立ち居振る舞いは、高校生とは思えないほどエレガントで優雅だった。

 高い身長から声が聞こえる度、零が男の人だと意識する。あたしの身長が低いのもその原因かもしれないけど。

 あたしは寝転んだまま零に訊ねた。

「零って身長何センチ?」

 零はきょとんとした目をしている。

「うーん。多分百七十五センチ位かな」

 あたしと二十四センチも違っている。そりゃあ、見下ろされるわけだ。

「蓮は百五十一センチだよね」

「なんでわかるの?」

 思わず起き上がってしまった。

「そりゃあ、隣に立ってれば自然とわからない?」

 零はあっけらかんと答えた。普通のことを聞かれてそれに、いたって普通に答えたような口調だ。

「わからないよー。零の身長だって、あたし今知ったし。零って秘密主義だよね」

「別に秘密にしてたわけじゃないよ。ただそんなこと自分から言う機会なんてなかっただけだよ」

「ふーん」

 あたしはそっぽを向いた。零を困らせてやろうという魂胆を覗かせながら、態度で示した。

 だけど、零はそんな仕草に一切引っかからない様子で問いかけてきた。

「蓮のおじいちゃんって今の電波とか情報の社会が嫌いなんだよね?」

 あたしは、おじいちゃんと一緒に暮らしている。零にいつも話しているので、零もそのことはよく知っている。

「うん。あたしもおじいちゃんとおんなじだから。いつも昔の話を聞いては、その時代なら良かったのに、って思うんだ」

「四十年前だっけ?」

「うん。まだ携帯電話とパソコン位しかなかった時代。時代って言ってもそこまで前じゃないけど。とにかく電波や情報がこんなになかった時代」

 あたしは寝返りを打って零の方に向き直った。零はあたしの言葉に耳を澄ませている。あたしはそれに応えるように話した。

「その頃の歌とか絵ってね、人間らしいんだ。今みたいに電子音や電子絵じゃないんだ。昔に遡れば遡るほど人間らしくなっていく。そんな気がするの」

 零は少し黙り込んだ。意図的に作り出した沈黙のような気がした。零はおじいちゃんの話を聞いた上で、話を切り出してきた。

「ねえ、蓮は知ってる? この世界に神様がいないって話」

「何それ? 知らなーい」

 不機嫌そうに言った。零はおとぎ話を小さな子供に聞かせるみたいに、ゆっくりと、抑揚をつけて話し始めた。

「遠い昔にね、神様を崇め奉ってた時代があったんだ。でもね、神様は実はいないんだって言い出した人がいたんだ。その人は、神様を真っ向から否定した。だって存在してないんだから。だから誰もがその人を信じた。神様なんて偶像化されたものなんだ、って。地上には人間しかいないんだ、ってね。やがてその人は、信じた人々を従わせるようになった。そしてその人は大勢の人に自分を神様と呼ぶように指示した。その人は神様の名を使って食料も何もかもを差し出すようにしたんだ。最初はみんなも従っていた。でもしばらくして気付いたんだ。その人は神様なんかじゃない、って。大勢の人は神様と呼んでいたその人を責めたてた。神様がいないと言っていたその人が神様になっていたんだからね。その報いからか、その人は大勢の人に囲まれ、焼かれ死んだ。その後、誰もが口にするようになった。所詮、神様なんていないんだ。この世で生きるには自分自身を信じるしかないんだ、ってね」

 話し終えた零は、小さな声で「おしまい」と言った。あたしは零の話を頭の中で膨らませて想像した。

「なんだか、酷い話ね」

「うん。でもね、僕は少し違うと思うんだ」

 風が零の髪の毛を揺らした。目にかかるくらいに伸びた髪は零の表情を隠した。だけど、零は穏やかに自分の気持ちを告白するみたいに語った。

「何が?」

「その人は神様じゃなかったけど、僕は神様は存在すると思うよ」

 あたしは零の言葉をじっと聞いた。

「僕も蓮も誰でも、神様の子どもなんじゃないかって思うんだ」

 零は語り終えると、遠くの空を見た。風が吹いている方向を見た。髪が後ろに波立ててなびいていく。

 やがて、会話が途切れそうなところで、あたしが切った。

「零って、ロマンチストー」

 今までの雰囲気を壊すように、茶化した。

「あっ、人が真面目に話してるのに」

 零は自分の考えを否定された気持ちになったのか、ふて腐れた様子を見せた。

 感情の起伏をあまり見せない零の珍しい表情だった。

 あたしは、寝転んだ態勢で空を真正面に眺めながら、瞳を閉じて想像しながら話した。

「でも、あたし零のその考え合ってると思う。今科学でなんでも証明出来るって言ってる人もいるけど、あたし達の身体の中を百パーセントはわかってないんだし。きっと神様の一部があたし達の中を流れてるのね。だって心の場所だってわかってないんだもん。きっとその中に神様だっているよ」

 零は穏やかな笑みを見せた。あたしもつられて笑った。

 あたしと零の間には空気が存在していた。二人でしか分かち合えない空気だった。あたしも零の百パーセントは知らないし、零もあたしの百パーセントは知らない。

 それで良い。

 それが自然なんだ。

 人はその奥底に踏み込みたがる。わからない方が良いこともあるのに。

 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

「そろそろ戻らないと」

 あたし達は屋上から教室へと戻った。

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