第二話 銀色の贈り物

「これは……。」

「時計だよ。」

「これが、時計?」

手のひらサイズの丸いシルバーの懐中時計。横開きで、三時の方向に竜頭がついている。針は六時を指しているが、陽の高さ的に今はまだ昼だ。

「ゼンマイ式なんだ。必ず毎日回してくれよ。」

毎日この竜頭を回さねば機能しないようだ。そもそも回したところで時間とは無縁の生活をしているフレッドには機能していないのと同じだ。

「……。めんどくさい。」

「めんどくさがるなよ。」

「お前と一緒にするな。」

「僕はめんどくさがりじゃないぞ。ちゃんとやるべきことはしている!」

その言葉にフレッドの我慢していた思いが爆発する。

「ちゃんと? どの口がそれを言っている!」

座っているイアンの胸座を掴み、唾をまき散らしながら叫ぶ。

「マンチェスターに行く時だって、何も言わずに行ってしまったではないか!」

フレッドは怒っていた。幼馴染が何も言わずに去ったことに。

そのことに薄々勘づいていたのに、贈り物を無事に渡せて気が抜けたのか、彼の地雷を踏み抜いてしまう。

「それは……。」

産まれた時からずっと一緒で家族同然に育ってきた男との別れが辛くて言えなかった───そんな本音は口が裂けても言えないイアンは言い訳を探すために目を泳がせ思っていもいないことが口から飛び出る。

「言う必要ないだろ!それに僕はこんな羊臭い生活から逃げられて清々しているのに、どうしてわざわざ羊臭い男に見送りなんてされなきゃいけないんだ。」

「なんだと。俺は必死に代々受け継がれている羊たちを守っているんだ!」

イアンと同じくフレッドの両親も病気で既に他界している。

「時代に取り残されるよフレッド!もうイギリスは工業の時代に入っているんだ。いつまで植民地の様に農業や牧畜にかじりつく気だ?」

「お前こそ! 時代に流されているだけではないか。」

火花が散る二人の不穏な空気に外からお気楽な鳴き声が聞こえる。家の周りで放牧されている羊が鳴けば、羊たちに囲まれている窮屈な感覚に陥る。

また羊が鳴きイアンがため息をつく。

「まるで『羊が人を食う』だな。」

十六世紀、人間の農地を羊の放牧地にあてたことで生まれた比喩をイアンがぽつりと漏らす。

「いつの話をしているんだ!もう二世紀も昔の話だろそれは!」

「君にピッタリじゃないか!羊に囲まれているところも……。昔の言葉が似合う事もね! この時代遅れめ!」

フレッドのこめかみに青筋が浮かぶ。

「出て行け。」

最初は静かに。

しかし顔に怒りと影を滲ませながら、フレッドは二言目には声を張り合上げた。

「出て行け!」

胸座を掴んだ腕に力を込め、イアンを外に追い出す。

「もう二度と帰ってくるな!!」

「待てフレッド! そうじゃない!」

「煩い、黙れ!お前なんて都会の蒸気みたいに消えてしまえばいいのだ!」

今までにないほどの暴言を仲が良かった男に浴びせ、鼻先で扉を閉めるイアン。

「フレッド! 違う! 話を聞いてくれ!」

しばらく扉を叩き続け、中にいるフレッドに訴え続けたが最後まで扉が開くことはなかった。

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