第4話マイナスから植える桜


サトルは不貞腐れて目が覚めた。

あの後は始発まで待って朝方帰宅、もちろんではあるが翌日が休みの日だから出来た事であった。


目が覚めても昨日の事はすぐに思い出せる。

「終わったな…。」

昨日の自らの醜態には呆れるばかりである。何度も泊まらせてくれと連呼して梨奈に嫌われてしまったと思う。もう二度と連絡が来る事はないだろう。そう思うと自分のせいでありながら、うら寂しい気持ちで休みの午前の時間を浪費していた。


そこにLINEが入った。梨奈からである。

[おはよー。昨日大丈夫だったー?めっちゃ眠いけどちゃんと起きたよー(笑)]

サトルは俄かにベットから跳ね起きた。

「終わってなかったな…。」

サトルは梨奈が連絡をとってくれた理由について瞬時に推測してみた。やはりお客さん冥利に尽きるだろう。しかし、いくらお客さんでも本当に嫌だったら連絡はしないだろう。そして甚だ都合の良い考え方ではあるが、サトルは酔っ払っていたので自らの醜態を過敏に感じているだけで、案外、梨奈は嫌っていなかったのであろうと、頗るポジティブに捉えるに至った。


そうなると、早速ではあるは、改めて爽やかな青年像を梨奈に映し出したい。兎に角前回の迷惑は何はともあれ早く謝罪したくて仕方ないという気持ちになっていた。


「コルク」への4回目の入店はそれから間もなくの事であった。

爽やか、ユーモア、ハイセンス、をサトルなりに胸に決め込んでいざ出陣したのであった。

まず、この前の事を爽やかに謝る。

「この前はごめんね。ちょっとしつこかったかな。」

「うん!泊めてくれって15回は言ったよね。」

な、なるほど…。やっぱりしっかり覚えていたんだ…。という狼狽は隠したつもりである。

「そ、そんなに言ったかなー。でも本当にわるかったよ。ゴメンネ。」

「…。」

「あ、そうだ。」

とここで話題を切り替えて、用意していた話をはじめる。

「おれがさ、キザな言葉を言うから、一文字下さい。そしたら、梨奈の一言から発想するから。」

「いいよ。うーんとね、星!」

「うん、星ね、えーと、「星食べよ」って知ってる?」

「え、え、あの、塩っぽいおせんべいのこと?」

「うん、そのね、「星食べよ」を、君に一袋あげる。」

「…。え、終わり?それってキザなの?」

「うん。」

「…。」

用意しておいたユーモアもあえなく撃沈する思い。サトルは自らを、何をやっても面白くない奴だとネガティブに入りかけたとき、梨奈が、

「この前さ、本当にヒトカラ(1人カラオケ)言ったの?」

と、聞いてきた。

それはヒトカラのエピソードをLINEで送っていたからであった。

「もちろんだよー。」

と言いながらもテンションを持ち直して、思い切って、

「今日、カラオケに行こうよ!」

とめげずに誘ったのである。

「またイキナリだね…。でも、いいよ。せっかく来てくれたんだし。」

まさか意外にも快諾してくれたのであった。これにはサトルは浮かれる思いで、はじめてこの場でピアノも弾かず、梨奈とのカラオケに思いを馳せたのであった。


梨奈を待っている間の時間をどのように費やそうか考えたがまだ22時だったため、結局、いったん家に帰ることにした。


お店から自宅まで電車で片道30分という距離にあった。今日ばかりは人身事故などで電車が止まらぬように祈ったものであった。

家に着けばすぐさまシャワーを浴びて、それから着替える際、万が一、いや、億が一に備えて、新しいパンツをチョイスしたのであった。


とんぼ返りでターミナル駅に23時に着くと漸く安心した。梨奈は早上がりなら23時か、0時すぎて1時位には終わる可能性があると言っていたので、早めに立川で待っていたかったのである。


流石に呑み潰れる訳にはいかなかったので、マクドナルドに入って滅多に頼まぬカフェラテなぞ嗜み、あとはスマホが緑の光を灯すのを待つのみとなった。


時計の針がゆっくりとした足取りで進んでゆき、既に深夜1時を過ぎる。マクドナルドの、店内は人数少なく空調の音のみ無機質に静かに響く。サトルは不思議な気分になってくる。このまま梨奈が来ず、朝焼けを迎えるのではないかという気分にもなってくる。いや、梨奈は必ず来ると思い直す。彼女は約束を破るような人ではないのである。


梨奈と会ったのはそれから更に夜が更けて2時半になった。

「お待たせー。待たせたよね。」

今日の梨奈は白いTシャツに黒のふわっとしたミニスカート、そしてビーチサンダルをペタペタ鳴らしての登場である。

「ううん、ぜんぜん待ってないよ。おつかれー。」

「じゃあ、カラオケいこっか。」


サトルは待っている間にすっかりシラフになっていたので歌うことが恥ずかしく、緊張もした。しかし選曲は悩む事なく歌いたい歌入れていく。歌う相手が先輩や上司なら選曲にまで気を使うし、友達でも一応知っていそうな曲にするところだが、梨奈とはお互いに知らない歌ばかりで、それがサトルにとっては良かった。

ガーネットクロウはサトルははじめて聴いて気に入った。梨奈は歌が好きだと言っていたし、上手であった。

この時、梨奈がはじめて歌った「千本桜」は、のちのち話が膨らんでゆくことに、この時は知る由もなかった。

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