第3話果てしなく透明に近いグレー

バーでのひとときは僥倖の至りであった。梨奈は「コルク」を出て私服であった。それは本人曰く部屋着であるらしいが、そのスウェット的な装いが、お店の気張ったドレスより遥かに可愛かった。


「ここでおしまいにすればジェントルマンだよ。」

と言ってくれていた梨奈の正論をよそに、サトルの偏狭な我儘がフツフツと頭を擡げてくるのである。

それに、先日の「劇場」の記憶が生々しく、自分でもイケる気がして仕方なかったのであった。


バーを出ると梨奈がサトルの一夜を心配してネットカフェに案内してくれる運びとなった。そのターミナル駅の北口から南口に向かう途中にサトルは「梨奈のウチに泊めてくれ」と懇願したのであった。

「ねぇ、頼むよ、おれ、泊まるところないのかわいそうくない?」

「だから今ネットカフェまで案内してるでしょ。」

「うん、でもおれ、ああいうところじゃあ寝れないんだよね。」

「あーあ、せっかくキレイなピアノを弾いてくれたのにね…。」


そういう梨奈のサトルに対する落胆が垣間見れると、悪循環ではあるが、寧ろ引き下がれない思い。

ここで言い訳をするつもりはないが、「何もしないから。」と言っていたのは本心なのである。サトルの妄想としては、梨奈の家に行って、珈琲をすすり、「本当に何もしない人なんてはじめてだよ。」と言われながらフローリングで寝るという夢をみていた。

なのでこの際、しつこくなってしまった事の汚名返上は、泊めてもらう以外になかったのである。


「ここで終わったら、ヘンな印象だけ残す事になるよ。」

「いやいや、ここで素直に終わった方がカッコいいよ。まだそんな仲じゃないでしょ。」

この、「まだ」という言葉がサトルの脳を疾走すると、いづれは良いのかと思ってしまう。その一方で梨奈がサトルのしつこさに興ざめしていくのも感じ取っていた。

「たのむよ…」

尚としつこく言いかけた時、遂に、

「ねぇ!あんまりしつこいと本当におこるよ!」

梨奈は凛とサトルを見据えていたのであった。


当然ながらその夢叶う事なく、南口のコンコースに出た。


「じゃあ、あそこがネットカフェだよ。あたしは本当にもう行くからね!」

流石にここに至って素直に別れる以外なかった。


傍に女がいなくなってみれば、初夏の夜明け前の風が靡いていることにはじめて気がついた。

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