第5話握手という距離
歌の合間で、話しもした。
「梨奈ってさぁ、朝何時くらいに起きているの?」
「昼の仕事もしていたから7時くらい。でも、もうやめて有給入ったから、寝れるなー。」
「ええっ。」
驚いたサトルの脳裏にすぐ浮かんだのは、前回の飲んだ時である。あの翌日サトルは休みであったが、梨奈はその日も昼も仕事だったらしい。朝4時くらいに別れたので、正味2時間くらいしか寝ていない計算になる。そんな眠い思いまでしてサトルと付き合ってくれたと思うと、嬉しく、同時に申し訳ない気持ちでもあった。
梨奈が腕がかゆいと言った。日焼けが原因らしい。
「帰ったらムヒ塗らなくちゃ。」
と言うので、
「おれがムヒ塗ってあげるよ。」
というと、とりつく島もなく、
「すぐにムヒを塗らせる女とか嫌だから。」
とはねのけた。
これは、甚だ勝手なサトルの了見ではあるが、
眠い思いまでして付き合ってはくれるけど、ムヒは塗らせてはくれないんだなー、と思うと何となく、万が一ではなく、億が一でもの為に選択した新しいパンツも、なんだか虚しい感じが否めなかった。
時間が過ぎ去るのは早く、もう朝が訪れていた。
カラオケを出るとすっかり街は明るくなっていた。
「じゃあ、ね。」
サトルは手を差し伸べて握手を求めた。梨奈はこれには笑って応じてくれた。果たしていまの握手は梨奈にとって嫌ではなかったのだろうか、など考えつつ、前回とは違って清々しく帰路に着くのであった。
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