第18話 加速魔法と異世界転移魔法

 待て待て待て。

 時間が止まっているだと?

 そんな都合がいい魔法なんかあるんか?


 あ、目の前の爺さんって、エイリアス魔法協会の会長だよな。アルダル……なんちゃら……アルちゃんだった。柔和で優し気な爺さんだが、やはり異世界においては魔法使いのエキスパートなのだろう。そんなエキスパートな爺さんであれば、時間を操作する魔法が使えてもおかしくはないのだろう。もちろん、俺が詳しくしっているはずはないのだが。


「あの、アルちゃん。少し質問してもいいですか?」

「何ですか? 時間稼ぎをしたつもりが意味がなかったと、確認したかったのですか?」

「図星を突かないで! アルちゃんって意地悪なんですか?」

「ふむ。少し気が回るだけですよ。意地が悪いなんてとんでもない事です」

「でも、俺が時間稼ぎをしようとしていたの、バレてたし」

「それはまあ、見え見えですよ。相手の心理を読むのも魔法使いの重要なスキルですから」

「そんな見え見えでしたか。なるほど。でも、時間を止めるって、凄い魔法ですね。アルちゃんは世界一の魔法使いなのでは?」

「そんな事はありませんよ。それに時間を止めるなんて創造主でもない限り不可能なのです」

「え? でも、俺とアルちゃんの他は時間が止まっているように見えますが。ほら、そこの街灯の所にいる蛾は羽ばたいてないのに静止してるし」

「ほう。なるほどなるほど。壮太君は着眼点が鋭いですね。でも、ちょっと考えてみて下さい。私たちのいる場所と外の世界の比較です。外の世界、即ち広大な大宇宙と言っても良いその世界の時間を操作できると思いますか?」

「思わ……あ、そうか。さっきアルちゃんが創造主って言った意味が分かりました。世界を、いや宇宙を創造した超絶凄い神様でなければそんな大それたことは出来ないって事ですよね」

「その通り。私もエイリアス魔法協会の会長を務めておりますので、そこそこの魔法を駆使できるのですが、世界の、宇宙の時間を操作するなどとんでもない事なのです。しかし、狭い範囲でならどうでしょうか。今、私と壮太君。そして見習い勇者のイチゴさんがいるこの狭い範囲だけを操作するなら?」

「出来るんですね」

「はい。そうです。これはですね、私たちの主観時間を約100倍に加速しているのです」

「加速ですか?」

「ええ。僅かな時間、外の世界では数秒の時間を8分程度に加速しています」

「何故そんな事をするのですか?」

「それはね、私が異世界転移魔法を使用するのに数分必要なのです。あの猛々しい竜神族に絡まれてはその数分すら危うい。つまり、ゆるりと魔法陣を生成して呪文の詠唱をすませ、確実に転移魔法を成功させるためにこの加速魔法が必要になります」

「そうなんだ。で、その魔法陣の生成って? もう書いてるの?」

「ふふ」


 人の良さそうな爺さん、アルちゃんは自身の豊かな白いあごひげを撫でながら笑っていた。そして数メートル離れているイチゴを指さした。


 イチゴの立っている地面が淡く光り出した。それは複数の同心円とその隙間に何かの紋章とよくわからない文字がギッシリと書き込まれていた。


「それが魔法陣?」

「そうです。自動再生する魔術回路により霊子を編み込んで生成します」

「さっぱりわかりませんが、事前に用意したプログラムが念を込めた魔法陣を自動で書き込んでいくって感じなんですか?」

「よくお分かりで。後三分で完成しますよ」


 ヤバイ。

 本当にヤバイ。

 このままだと本当にイチゴがさらわれてしまう。


 どうするべきか。

 俺に何ができる。俺の唯一の武器である木刀松下村塾は部屋に置きっぱなしだ。それを取りに行く事なんてできない。ヘイゼルさんやウルファを呼びに行くことも不可能だ。


 クソ。何もできないのか?

 情けない。


 待て、イチゴをこの時間が加速している空間、結界というのか、そこから連れ出すことができればどうか。あの、淡く光っている魔法陣の外へ強引に連れ出せば、アルちゃんの異世界転移魔法は失敗するんじゃないか。ついでにアルちゃんも結界の外へ突き飛ばしたりしたらどうなんだ。


 一か八か。

 もうやけくそだ。成功するとか失敗するとか、頭の中で考えて答えが出るわけない。行動あるのみだ。


「うおおおお! イチゴお!!」


 俺はあらんかぎりの大声を出して、目の前にいるアルちゃんを突き飛ばしてイチゴの右手を背後から掴んだ。


「イチゴ、走るぞ」


 俺はイチゴの右手を引いて走ろうとしたんだが、イチゴは銅像のようにピクリとも動かなかった。いくらふくよかな体形のイチゴでもこんなに重くはないはずだ。


 俺はイチゴを見つめるのだが、イチゴの全身は淡く光る帯状のものに包まれていた。脚元で光っている魔法陣と同じように、それには何かの紋章と何かの文字がびっしりと書き込まれていた。そして魔法陣の中に入ってしまった俺にもその淡く光る帯状のものが絡みついてくるじゃないか。


 途端に身動きが取れなくなる。体が動かない。腕も脚も、指も動かせない。そして声も出せなかった。


「ふむ。イチゴさんをこの結界から連れ出せば逃げられると思ったんですね。だからと言って私を突き飛ばさなくても良かったのではないですか? 壮太君」

「……」

「今、喋れませんね。壮太君を連れて行くつもりは無かったのですが、イチゴさん用の魔術回路があなたを捕まえてしまった。これを解くのは時間がかかるのでそのままとします」

「……」


 何だと?

 イチゴを捕まえている魔術回路が俺も捕まえただと?

 まさか俺もイチゴと一緒に異世界転移魔法で飛ばされるのか?


 ちょっと絶望した。

 でもイチゴと一緒ならそれでもいいかも?


 なんて思った俺が馬鹿だったのだろうか。


「壮太。私以外の女と真夜中デートは許さんぞ!」


 バチバチと火花を散らしながら、金髪のツインテを逆立てて突っ込んできたのはウルファだった。


「おやおや。真打登場ですかな? この結界を破るとは何という馬鹿力」

「うるさい。お前の好き勝手にはさせんぞ」

「ええ、ご自由に。でも少し遅かったようですね」

「何だと??」


 その瞬間、俺の周りが、いや、足元の魔法陣と俺とイチゴを縛っている長い帯状の紐が激しく輝き始めた。


「ウバルソージャラディエ、アルサナセラトルガルベクド、シアージェダン」


 アルちゃんが呪文の詠唱を始めた。ウルファは結界のはざまに引っ掛かっているようで、全身に火花を散らしながらもがいていた。


「壮太!」


 ウルファの甲高い声が響いたのだが、俺は滅茶苦茶に眩しい光芒に翻弄された。何も見えない。イチゴの右手を握っている感覚しかない。落ちているのか、上昇しているのかもわからない。そんな状態のまま、俺は気を失ってしまったようだ。

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