第16話 恋の予感かそれとも何かの勘違い?
「それで、その貴族の学校はどうだったのですか?」
「嫉妬と怨嗟、策謀、騙し合いが横行する凄まじい世界だったよ」
「想像できません」
「だろうな。私は平民出なので、当初は理解できなかった。しかし、しばらくすると慣れてきてな。まあ、貴族の力関係やら対立関係やらが見えて来たのだ」
「どんな感じだったのですか? 四大伯爵家がいがみ合っているとか?」
「おお。よく知っているな。その通りだ」
「当てずっぽうだったんだけど」
「よい勘をしているな。竜神の四大公爵家だ。それぞれ白竜、赤竜、黒竜、青竜を象徴している」
「じゃあ、竜神族は色で家柄が決まるんですか?」
「まあな。公爵家の当主はそのものずばりの体色だし、多くの血縁者はそうだ。しかし、例外はあるし平民の中にも同じ体色の者もいるから」
「そうなんだ……で、ウルファは? もしかして金色なの?」
「そう。だから貴族の血縁とは無関係だと証明されているようなものだ」
「金色が平民? 何か妙な感じがするけど」
「いや、黄金色はどの家からも僅かだが出てくる可能性があるとの事だ。しかし希少であり、出現するのは千年に一度らしい」
「へえ。ウルファは千年に一度の奇跡なんだね」
「恥ずかしい事を言うな。おかげで私は王家に忠誠を誓う羽目になったのだ。学園では毎日毎日、鬼教官にしごかれまくったのだからな」
「鬼教官?」
「ああ、アレはまさに鬼神だ。親衛隊の隊長が学園の体育教師として赴任し、私に死を覚悟させるようなスパルタ教育を施したのだ」
「ええっと、要するに、竜神の国で最強の戦士がウルファさんの為に学園に赴任してウルファさんを最強の戦士に育て上げたという事ですか?」
「そうだ。毎日が死と隣り合わせの過酷な戦場だったと言っても過言ではない」
「なるほど。それなら貴族同士の諍いとかは無関係でいられたんですね」
「結果としてはそうなる。今になって思えば、あの時どこかの勢力の一員となって権謀術数を競っていた方が幸福だったはずだ」
「ははは。それは喜んでいいのかわかりませんね」
「まあな。おかげで王族に認められ親衛隊隊長を拝命できたわけだ」
川沿いのベンチに腰掛けてウルファさんと話し込む。何というか、自分たちの学校生活に例えるなら、オリンピックを目指す天才アスリートは、色恋沙汰とは無縁の学生生活を送る。そしてその栄冠を射止めた後に現れた異性が俺だったと、そう解釈するのが妥当なのだろうか。
多分そう。恋愛経験のない異国の女性が偶然接触した俺に恋心を抱いたのだ。それは不可抗力の重なった事故のようなものだ。一時的な気の迷いに違いない。彼女から寄せられた好意に対し、恋愛経験のない俺は引き寄せられてしまった。何故かはわからないが彼女に対し好意を抱いてしまったようだ。彼女の、少し不幸な境遇に同情したのかもしれない。
つまり、恋愛に疎い男女が偶然出会って勘違いしている可能性が大きいという訳だ。うむ。これは中々合理的な判断だと思う。そもそも俺は巨乳趣味ではなかったのか? そう、あの勇者イチゴのようなぽっちゃり系の女性が理想だと思っていた。つまり今、ウルファに対していだいている感情は一時的な気の迷いなのだと思う。
そうだ。気の迷いなのだ。
俺があんな金髪のロリっ子に惚れたりするわけがない。
そう思ってちらりとウルファの方を見る。彼女も俺と同じように俺の方を見た。そして二人の視線が重なって……ドキッとした。思わず目を伏せてしまう。彼女も、ウルファも俺と同じようにうつ向いているようだ。
気の迷いなんかじゃない。俺も彼女も本気になっている……。これは何かヤバイかもしれない。
浮きたつ恋の喜びとそれに対する漠然とした不安感に襲われてしまう。俺はどうしたらいいんだ。
「あー、壮太とウルファ。日も暮れて暗くなったから部屋へと戻ろうか」
「はい、ヘイゼル様」
何故かシャキッとその場に立ち上がって返事をしたウルファは、親衛隊の凛々しい姿へと変わっていた。
夕日は既に地平の彼方へと沈み、赤く染まった空もだんだんと暗さを増していく。街灯の明かりが眩しく感じてしまう川沿いの小道を、俺はウルファに手を引かれながら家路を辿る。先に歩くヘイゼルさんは何故かほんわかとした笑みを浮かべていた。
部屋にたどり着いた俺たちを迎えてくれたのはもちろん葉月だった。
「壮太。どこ行ってたのよ。そのロリっ子は誰? 手をつないで仲が良さそうなんだけど? 何処で引っかけて来たの? もちろん、児童ポルノ規制はここでも有効ですからね。わかってる?」
という事らしい。葉月に説得されたウルファは、渋々だが葉月の部屋で寝る事を了承したようだ。彼女が恨めしそうにつぶやく。
「済まない。お前の国の風習に従おう。婚姻前の男女が
「そう……ですね」
名残惜しそうなウルファの視線を受けながら俺とヘイゼルさんは俺の部屋へと入った。女性陣も葉月の部屋へと落ち着いたようだ。
そして異世界の三名と接触した俺の、何だかよくわからない一日が終わったのだ。
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