第6話 彼の理由①

「だがしかし、食わせてもらった礼はせねばなるまい」


 ごもっとも。しかし俺は断った。


「いえ結構です。困ったときはお互い様と言いますし」

「そうか、そうだな。我も此処で貞操を失うのはちとマズイのでな。ははは」


 マズイ条件なら言わなきゃいいのに。


「ウーム。ではこうしよう。我が貴様のボディガードをしてやる。期間は一週間だ。どうだ?」

「結構です。そういうの必要ないんで」

「なんだ。そうなのか? この世界には夜盗とか魔物とかはいないのか?」

「残念ながらいません」

「では、魔法で好みの女を虜にしてやろうか?」

「えっ? そんな事が出来るんですか?」

「ああ出来る。どんな女でも貴様に惚れこむぞ。ただし、効果は一週間だ」


 一瞬、この提案に乗ろうとしたのだが思いとどまる。


「やっぱり止めときます。女性は自力で惚れさせないと、そういうのに頼っちゃダメです」

「なるほど、男子たるものそうでなくてはな。ははっ。貴様、気に入ったぞ!」


 きつい目つきのわりにはよく笑う人だ。


「ところで壮太。ここにしばらく居候させてくれないか?」

「え? どうしてですか?」

「理由は言えん」

「ヘイゼルさん。言って頂かないと困ります」

「言わなきゃダメか?」

「無理強いはできませんが、言っていただけないと信頼関係が築けません」

「ふむ。それもそうだな。笑うなよ」

「笑いません」


 切れ長の目で俺を見つめる。間近で見るとかなり美形の男だ。


「では聞いてくれるか?」

「ええ。どうぞ」

「実はな。我は今、マリッジブルーになってるのだよ」

「ご結婚されるんですか?」

「ああ、そうだ」

「どういったお悩みなのでしょうか。俺ごときで解決なんてできないと思いますが」

「そうかもしれんな。だが、胸の内を話すだけで気持ちが楽になる事はあるだろう」

「はい。そういう事もあるらしいです」

「それにな。我の国で我が不用意にしゃべったとする。我の話を聞いた者がどうなると思う?」

「まさか、処刑されるとか?」

「そのまさかだ。しゃべった内容によっては命が無い。今回の悩みはそういう類の話だ」

「え? そんな危険な話を俺にするんですか? それじゃあ聞くことができませんよ」

「心配するな。ここは異世界ではないか。我の話を貴様が聞いたところで誰も文句を言わんからな。貴様の命は保障するぞ」

「わかりました。ではどうぞ」


 コホンと軽く咳払いをしてから、ヘイゼルが話し始めた。


 彼は竜神の国の皇太子である。

 竜神の国。つまり、高位のドラゴンたちが統べる国なのだ。

 眷属にはいわゆる魔物と呼ばれる存在も多い。魔力を使う異形の者たち。それらの住まう地が彼の国ラグナリアだった。

 皇太子たるもの数人の妃をめとらねばならない。現国王が皇太子に課したのは、人間の国、グラスダース王族との婚姻であった。

 第一妃に人間の姫を。これが至上命令であったのだ。


「人間相手だと不味いんですかね」

「不味い。大いに不味い」

「戦争でもしてるんですか?」

「いや、戦争はしていない。我ら竜神と人間は仲が良いわけではないのだが、戦争しているわけでもない。現王は人間の国グラスダースとの交流を望んでいる。その考えは我も同じだ」

「では何故?」

「我が王国内に住まう他種族だな。これが嫉妬するのだ」

「他種族って、竜神族だけじゃないんですね」

「ああ、鬼人族。石人族。妖人族。魔人族。水人族と主に五つの種族がある訳だが、我ら竜神族に取り入りたい輩は多い」

「なるほど。では結婚した場合、人間の妃なら暗殺されるかもしれないと」

「その通り。妾であれば大目に見ようが、正妃となればそうはいかないだろうな。正妃は竜神族が担うべきだという意見も多い」

「交流のために人間を妃にすると、周りに敵を増やすことになる訳ですか」

「そうだ。貴様、なかなか筋が良いぞ」

「褒めなくても」

「恥ずかしがるな。良い所は褒める。当たり前だ」

「ありがとうございます」

「うむ。素直で良い。ところで、これだけならそう大きい問題とは言えぬのだ。人間の側の問題の方が根深い」

「といいますと」

「それはな。勇者という暗部の事だ」


 勇者が暗部……意味深な一言だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る