第5話 竜神の国の皇太子

 改めて魔法陣を見てみる。

 これは、異世界から何かを召喚するものではなく、通信手段。いちごの説明から察するに、そんな感じのものだった。


「通信手段か……」


 ボソリと独り言を言う。

 通信と言っても双方向ではない。一方通行だ。


 それはつまり、〝のろし〟のような物。そう考えれば辻褄が合う。


 もう一度作ってみようか。


 いや、待て。

 

 通信と言っても、こちらからの一方通行なのだ。向こうがキャッチできるかどうか、異世界からこちらに来る能力があるかどうかわからないじゃないか。

 つまり、イチゴの師匠である大賢者だとか、魔王とか、そんなクラスの大物でないと来れないのではないか。そして、そんな大物に来られても俺の手には余る。


 手に余る悪党に来られて世界が滅びたりしたらどうするんだ?


 ヤメタ。

 くだらない。

 没だ没。


 興味本位で魔方陣など書くものではない。イチゴの件で思い知ったではないか。


「もう止めるのか。いつ呼んでもらえるのかと心待ちにしていたのだがな」


 突然呼び掛けられる。低い男性の声だった。


 俺の傍に、いつの間にか人が立っていた。

 長身で細面。黒いロン毛で目元は鋭い。


 5月なのに黒いロングコートを着ている。

 俺よりも少し年上な感じがする。


 結構イケメンじゃねえか。

 何の用だろうか。


「あの~どちら様でしょうか。玄関の鍵は掛けていたと思うのですが……」


「貴様の誘いに乗ってやった。暇だったのでな。私は竜神の国ラグナリアの皇太子ヘイゼルだ。驚け」


「えええええ!?」


 さすがにこれは驚くだろう。

 イチゴの話で出てきた、あの龍神の国からのお出ましだ。しかもその国の皇太子らしい。どうしてこんな大物が出てきたのだろうか。


 いや、あれこれ考えている場合ではない。向こうが名乗っているのだ。俺も名乗りを上げる必要があるだろう。


「俺は山波壮太やまなみそうた、19歳の大学生二年生です。えーっと、彼女いない歴イコール年齢のモブ男です。趣味は熱帯魚飼育です。今そこに60センチ水槽がありますけど、水草を植えてカージナルテトラを群泳させてます。概ね40尾くらいいます」


 緊張のあまり、どこかで言ったことがあるような自己紹介をしてしまった。


「おお、この美しい魚は食用なのかな? それとも非常食か? いや、毒見用だろう。な。そうだろ?」


 韻を踏んでいる。あちらの世界の人って、池の鯉は非常食なのだろうか。そして金魚はきっと飲み水の毒見用に飼っているのだと思った。マジで。


「ん? 違うのか?」

「違います。ペットなので食べたり毒見に使ったりすることはありません」

「そうか。この魚がペットなのか。それは悪かったな」

「いえ。大丈夫です。先ほど似たような経験をしたので。ところでお腹空いてませんか?」

「おお、気が利くな。何か食べるものはあるのかな?」


 突然現れた竜神の国の皇太子様はお腹が空いているようだ。仕方がないので、先ほど葉月が持ってきた食料を広げる。幕の内弁当二つにのり弁当と焼き肉弁当とパゲッティペペロンチーノ。それにハンバーガーが二つにおにぎりが五つ。ぶどうパンとハーフサイズの食パン。ポテトサラダとマカロニサラダ。どうだ。俺の三日分の食料だ。


「ではいただきます」


 ヘイゼルは合掌し、箸を上手に使って食べ始めた。まず、幕の内弁当に手を付ける。良いぞ。それで終われば残りは俺の物だ。


「これは旨いな。止まらん。んふふ」


 ものすごい勢いで食べ始めたヘイゼルは、弁当一つでは止まらずに、のり弁当、ハンバーガー、おにぎりと次々に平らげていく。


 ゲフッ!


 大きなゲップをしながらお腹をさする。


「ああ旨かったぞ。満足満足」


 満面の笑みを浮かる皇太子ヘイゼルだった。

 まさか、人間みたいな恰好をしているがその正体は巨大なドラゴンかもしれない。一体、何食分を食べたのだろうか。あちらの人って大食いなんだ。これは不味ったかも……。


 残った食糧はぶどうパンとハーフサイズの食パンだけだった。

 不安げな俺の表情を読み取ったのか、ヘイゼルが話し始めた。


「ああ、そうだ。この食事の代金を……お?」

「どうしました?」

「スマン。財布を忘れてきた。支払いは我の体で……いかがかな?」


 なよっと体をくねらせる。

 こんなところまで韻を踏まなくてもいいじゃないか。


 もちろん、俺はその申し出を丁重にお断りした。

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