第9話 旅立ち
「にーちゃん、これ、俺の宝物」
孤児院の男の子からヘンな形をした石を貰った。
「ありがとう・・・・・」
名残惜しそうに見ている。
返そうか?
「カズヤ、何でもかんでも拾って食べるんじゃないぞ、必ず帰ってこいよ」
ボリス教官、俺は犬じゃないんだ。
「寂しくなるわね、たまには手紙を書くのよ」
シスターアデリン、すぐに帰ってくるんですケド、涙ぐむのはよしてよ。
「カズヤ、どんなに離れていても俺達は友達だ、忘れるな」
コジロウ、どうしてお前がここにいる?
「カズヤさん、御武勲をお祈り致しております。窓辺に黄色いハンカチを下げておきます」
サナエさんまで何でここにいるの?
教会の食堂が壮行会よろしく、手作りの花輪やら派手な色の布の端切れで飾られている。
「あの、みなさん、何か勘違いしてらっしゃいませんか?俺、ひと月ほどで帰ってくるつもりなんですケド、どこぞの魔王を倒しにいくワケじゃないんですよ?」
「まあまあ、カズヤ、こういう笑えるイベントは少ないんだ、黙って立ってろ」
おい、コジロウ、笑える?今、笑える、って言ったか?
「狩場デビューするやつを派手に見送る、ってのが、ここら辺のしきたりなんだよ」
それはいいが、大げさ過ぎないか?
「ゲン担ぎなんだとさ」
ロバート司教、ボリス教官、フルタ課長の前には酒ビンが転がり、早々に出来上がってゲラゲラ笑っている。
「カズヤ、一曲歌え!」
いい感じに酔っぱらったロバート司教様からのご指名を受けた。
いいだろう、歌ってやろうじゃないか!
教会の窓を木剣で叩き割り、盗んだ馬で走り出したくなるような青春のテーマ曲をリュートの弦をかき鳴らしながら歌った。
先日、最大の懸念であったアイテムボックスもアイテム倉庫としてクリアできたので、冒険者デビューをしたいと思いソフィに相談してみた。
「う~ん、とりあえず魔境に行ってみるのがいいかしら」
ソフィがぎらぎらと陽の光を反射する細身の剣を手入れしながら答える。
「ソフィア先生、初心者コースでお願いします」
とりあえず魔境とか、仕事帰りの居酒屋の注文じゃないんだから。
「冗談よ、街道沿いに歩いて村を訪ねて行くのがいいわね」
ソフィア先生によると、自治領軍、及び王国軍は魔境や国境に接する砦や要塞に配属される部隊と王国内を守る部隊とに大別されるそうだ。
王国内を守る部隊が街道などを中心に巡回警備しているのだが、領土のすべてをカバーできるわけではない。
魔境から警戒線の隙間を潜り抜けてきた魔物が、街道から離れた森や草原や廃墟に住み付くようになる。
やがて数が増えると農村の畑や村人を襲うようになるが、軍隊は組織ゆえに小回りが利かず、実際に動くのは被害が出た後になってしまう。
そうかといって、少数精鋭の冒険者組合に正式に依頼を出すとなると多額のお金がかかる。
一方で、特定の仕事を持たない冒険者は、魔物を殺して商会の市場に売ることで収入を得ているわけだが、広い王国をあちらこちらと魔物を探し回るのは効率が悪い。
そこで農村を訪ね歩き。
「何か困ったことはありませんか?近くで魔物を見かけませんでしたか?」
と、聞いて回る。
組合からの依頼ではないので討伐報酬こそ出ないが、あても無くさまよい歩くよりはよっぽど良い。
村人からは感謝されるし、本来ならテント暮らしの毎日だが、使っていない倉庫や空き家があれば使わせてもらえる。
こうやって名前を売っていけば、いつかおいしい仕事が名指しで貰えることもあるそうだ。
ふむ、しかしこの異世界で見ず知らずの人に向かって気軽に話しかけることができるだろうか?
逆に怪しまれたりしないだろうか?
「大丈夫よ、私も一緒に付いて行ってあげるから」
「マジで?ホントに?」
「ナニよ、私がいたら嫌なの?」
「違うよ!すっごい嬉しいよ!やった!」
「よろしくね」
ちゃっちゃら~♪、エルフのソフィアが仲間になった!
かくして俺は、みんなの歓声を背に受けて旅立つことと相成った。
イヤ、ホント、すぐに帰ってくるつもりだったのに、すげ~帰りにくくなってしまった。
帰ってくるな、ってコトか?
パーティメンバーは、俺、アリス、ソフィア、シリウス。
三人と一匹の混成パーティ。
アイテム倉庫の中に、狩場でドロップしたが高く売れる品でも無く、そのまま放置されていたハーフプレートと呼ばれるものがあったので、俺はそれを使うことにした。
フルプレート、いわゆる全身甲冑もあった。
重くて動けないという程ではなかった。むしろ意外と動きやすいのに驚いたが、動くとガチャガチャうるさいし、なにより鉄臭かったのでやめた。
剣と盾もやはり倉庫に眠っていたものを引っ張り出して、なんとか形になった。
アリスは教会シンボルのついた旅装束。
それで大丈夫なの?と思ったが、ロバート司教から物理耐性のついた高級品をもらったそうだ。
俺のエロカッコイイ回復職の装備をプレゼントしようと思ったのに・・・・・。
ソフィは身体にぴったりした感じの布の服装だが、これもまたエルフの郷謹製の特別性とのことである。
いいよ、いいよ、羨ましくなんかないよ。
装備の性能の違いが、戦力の決定的差ではないって仮面のヒトも言ってたし。
マラガ自治領の北は魔境、西には俺とアリスが出会ったマルティニー山脈があり、その向こう側がカタロニア帝国、南に行くとバルト王国の中心地、王都である。
国境を越えるつもりはないが、カタロニア方面はなにかとキナ臭いから近づかないほうが良いというソフィア先生のお言葉に従い、東に向かう。
シルチス王国へと続く街道を歩き始めた。
両側には麦や野菜の畑が広がり、時折、荷物を積んだ馬車や街道の巡回兵とすれ違う。
ソフィは有名人のようで、すれ違う農夫や兵隊さんからいちいち声をかけられていた。
「ソフィは顔が広いんだな」
「まあね、故郷を飛び出して冒険者になってから、五十年は経つけれど、この辺りに落ち着いてから十年くらいは経ったかしら」
ナニ?五十年?
「なあに?ヘンな顔して、わかるわよ、今何歳なんだろう?って考えているんでしょう?」
「ずいぶん若く見えるなあ、って・・・・・」
「エルフはね、ヒト種より寿命が長いの、エルフの基準から見れば、私なんてやっと子供を抜け出したところなんだから」
なるほど、ファンタジー定番の長命種ということか。
周りの景色をのんびりと眺めながら歩き続け、やがて夕日に俺達の影が長く伸びるようになった頃、まとまった集落が見えてきた。
第一村人を発見。
さっそくアリスが声をかけた。
「こんにちは、旅をしている教会のものです。村長さんはいらっしゃいますか?」
マジ天使のアリスと美人エルフのソフィに鼻を伸ばした村人だが、後ろからのっそり出てきたシリウスを見て尻もちを突きそうになっていた。
そりゃ驚くよな。
呼びに行った村人と入れ替わりに、奥からおじいさんと娘さんがやって来た。
「わすがそんじょうだけんどもなんぞようでもあるまずか?」
「私は孫のセリアです。この村に何かごようですか?」
ナニ言っているのか、まるでワカラン。
お孫さんが付き添っているのは通訳係りだな。
「旅をしている冒険者です。私はアリス、教会のシスターです。村に立ち寄らせていただきたいのですが、何かお困りの事があれば出来る限りご協力いたします」
教会で俺と暮らしている時はもっと子供っぽい感じだったのだが、こんなしっかりした外向きの顔もできるんだなあ。
「こなーだまごがあるくだすよーになっだのよ、はーてどこにいきおっだがな?めぇをはなすとばあさんがあらびるのよ」
「おじーちゃん、孫は私よ。ごめんなさい、ちょっとボケちゃって」
いきなり高難易度クエストだ、俺には無理。
「もうすぐお父さんが畑から帰ってくるので、少し待っていてもらえますか?」
そうさせて貰いましょう。
しばらく村長さんの家でお茶をいただきながら待っていると、娘さんの通訳の必要の無いお父さんが帰ってきた。
あらためて話をし、二、三日村の倉庫を貸していただけることとなった。
夕食の前に具合の悪いひとがいれば、アリスが治療しましょうと言ったので家の軒下に椅子を出して待っていると、ゾロゾロと来るわ来るわ。
あきらかにアリス目当てで、鼻の下を伸ばした男共が列を作っているので、俺がでかい剣を取り出し、アリスの後ろでこれ見よがしにザリザリと音を立てて研ぎ始めると散って行った。
俺のアリスに手を出すんじゃねぇ。
「こら!」
ソフィに怒られた。
アリスの無料奉仕が功を奏して、村人からお礼代わりに食糧などをいただいた。
しかも今夜は村長さんのお宅で夕食をご馳走になることができた。
明けて翌日、俺は気持ちの良い青空の下、畑の岩を取り除き、邪魔な大木の根が有るというので、村の男達と総出でロープを引っ張り取り除いた。
アリスの差し出した水筒から浴びるように水を飲み、息を吐く、これが労働の喜びというものだな・・・・・。
「違う、違うぞ、ナンか違うぞ!ボケた爺ちゃんの相手や、畑仕事をする為に旅立ったワケじゃない、こう・・・・・なんて言うか、魔物を倒し、美女を助け、世界の秘宝を見つけ出す為だったはずだ!」
「身体強化の練習にもなるでしょ?」
「それは、そうだが・・・・・」
「マラガから一日しか歩いてないのに、魔物なんかそうそう出てこないわよ、それに美女ってナニ?」
ソフィアさんの言う事はいちいちごもっともではありますが。
「いや、それにしたって、いいように使われてないか?」
「仕方無いじゃない、こうやって顔と名前を覚えてもらうのも仕事のうちよ」
ソフィア先生はそう言うが、当の本人は切り株の上に座って俺に指示を飛ばしているだけで、朝から汗を流しているのはオレ独りなのだ。
クールビューティーソフィア様に草刈りをしろとは言わないが、扱いの不公平を感じる。
畑の整地がひと段落すると、これで雨が降ってくれるとちょうど良いな、という話声が聞こえてきた。
よっしゃ、ここはひとつ俺様の雨魔法?の出番だろう。
魔力を活性化し、教会の裏庭でやったように上昇気流を作りだし、雲を作ってやる。
さっそく雨粒が落ちてきた。
男達がひどく驚いた顔でこちらを見ている。
どうだ、すごかろう、えっへん。
その後、俺に対する態度がひどくよそよそしくなり、遠巻きに見られるようになってしまった。
あれ?
「怖がらせちゃダメじゃない」
また、ソフィに怒られた。
最近、ソフィに怒られるのが気持ち良くなってきた。
なんか、お姉ちゃんにかまって貰いたくて、わざと悪戯する小学生みたい。
ソフィみたいに、手のひらの間からジャバジャバ水が出てくるほうがすごいと思うんだが、
「それ、あんまりやっちゃだめよ」
「俺の魔力の使い方って、珍しいの?」
「出来る人はいないと思う」
ユニーク魔法ってやつか、いい響きだ。
でも雨が降ったからって、魔物がバタバタ倒れていくワケでもないのに、そんなに驚くほどのものか?
結局、もう一日身体強化の練習をしながら、畑仕事を手伝った。
その甲斐あって、早朝、村を出発するときは、多くの村人が笑顔で見送ってくれた。
こういうのも悪くは無いと思った。
さして変わったこともなく、暇つぶしに俺とアリスとでしりとりをしたり、のんびり風景を眺めながら街道をさらに西に向かう。
途中の川沿いに、野営をするのにちょうど良さそうな場所を見つけた。
テントを張って、石を積んでカマドを作る。
ちょっとくらい手伝ってくれたって良いのになあ、なんて思いながら夕食の準備をしていたら目玉が飛び出て、アゴが落ちた。
ソフィとアリスがちょうど良い川だと言いながら、いきなり俺の目の前で服を脱ぎ始め、水浴びをはじめたのだ。
生きていて良かった!
女神がいた!
白い肌に形の良いおっぱいがプルプル震えて、目が釘付けとはまさにこの事だ。
水滴がキラキラと輝きながら身体をなぞって落ちていく。
さすがに腰から下には薄い布を巻いていたのだが、それがまた、いい具合に水に濡れて肌に張り付き、程良く透けて俺の想像力を果てしなく掻き立てる。
俺がいる事を知っていて脱いだんだから、見て良いんだよな?
良いはずだよな!
舐めるように、喰いつくように見る。
俺の青春の一ページに焼き付けるのだ。
遠慮なくジロジロ見ていたら、ソフィアさんに風魔法をぶつけられた。
目の前に全き裸の美女がいたら、そりゃ見るよ。
俺がいるのを承知で脱いだクセに。
ヒドイ・・・・・。
夕食用の焚き木を集めて来るように、との緊急クエストを頂いたので、楽園に背を向けて泣きながら流木を探しに走った。
焚き木を集めて帰ってきたら、すでに身支度を整えた後だった。
後で知ったことだが、この世界では行水という習慣があり、公衆浴場も混浴である。
しかしながら、男性はジロジロ見たりせず、見て見ぬふりをするのがマナーだそうだ。
そんな事できるか!
どこの大賢者だ!
しまった!
あの時、当然のように俺も服を脱ぎ、一緒に川に入れば良かったのだ!
だが、その後、一緒に水浴びしようとして脱ぎ始めると、『目つきがヤらしい』と言われて、拒否されてしまった・・・・・。
薪拾いの最中に、泳いでいる魚を見つけた。
軽く身体強化をかけて魚の動きを追う。
あっさり捕まえることができた。
だが、これでは風情がないので、今度釣竿でも作ってみよう。
夕食は村で頂いたパンと、野菜、捕まえた魚の内臓を取り出してから、おき火で焼いて食べた。
夜は俺とシリウス、ソフィとアリスのチームに分かれ、交代で見張り番をすることになった。
シリウス相手に女性の裸に関する俺の熱い想いを切々と語っていたら『うるさい』と叱られた。
その後、風で揺れる木の枝の音や、遠くで聞こえる獣の遠吠えにビクビクしながら夜を過ごした。
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