第8話 謎魔法

 この世界で生きていくにあたって、俺なりにイロイロと考えてみた。

 まずは危険度の低い生産チートである。

 元の世界で培った知識を生かして、農業や加工業で一旗揚げてみたらどうだろう。

 しかし、一歩も二歩も、いや、四年遅かった。マヨネーズ、から揚げ、トンカツ、ゴマ油をベースにした中華料理。

 俺が思いつくようなものは、すでに開発し尽くされていた。


 養鶏が盛んではなく、鳥類の卵が手に入りにくせいで、マヨネーズなどは一般には普及していないが、高級調味料として、王族や貴族、少数の富裕層にもてはやされ、着々とマヨラーが増殖しているそうだ。

 いっそのこと、ハーピーやコカトリスを手なずけて卵を産ませて見たらどうだろう?

 レシピ開発者としての大金こそ逃してしまったが、大量生産の方法を確立し産業革命による近代化の幕を俺が引くのだ。


「ダメに決まってるじゃない、魔物を大量飼育してどうするのよ」


 ソフィアさん、一攫千金を夢見るくらい許してくれよ。


 米などは、この世界でも栽培されていたようだが、あまり一般的ではなかった。

 しかし、日本から来た転生者達が『米!米!米!』と騒ぎ立てたので、品種改良も進み年々収穫量も増えているそうだ。

 オーク丼やミノ丼、ドラゴン丼が食える日も遠くはないだろう。

 寿司屋はどうだろう?この街ではまだ見たことが無い。

 裏さびれた港町へ行き、アリスと一緒に小さな店を開くのも良いかもしれない。

 同じ皿を取ろうとして、ふと手が触れ合う。

 ポッと頬を染める二人、勢いに任せて襲いかかるオレ。

 うん!いいんじゃないカナ!

 こちらでは生魚を食べる習慣はないようだが・・・・・。


「さぼってないで、やるわよ」


 へばったフリして、いっこうに進まない魔法の練習から妄想の世界へと逃避していたのだが、ソフィアさんにはお見通しだったようである。

 いいよ、いいよ、そういうのはお前らに任せたよ。

 どうせ農業や料理なんて、日曜日のバラエティ番組で見た程度の知識しかないのだ。

 連作障害だとか、酵母だとか、言葉だけ知っていてもどうにもならないさ。


 もう一度、カマドの中に積まれた焚き木を睨みつける。

 ソフィの補助輪付きなら着火出来るのに、独りでやるとなると、俺の中から出た魔力がスカスカと空しく散っていく。

 自分でも解っている。

 魔力を炎に変換する為の強固なイメージが確立できないのだ。


 木片の周りに魔力を集めるところまでは出来ている。

 それなら方向性を変えてみよう。

 木片を細かく分割して、それを構成する分子を想像してみる。

 分子が激しく運動すると熱を発生するハズだ。

 俺の魔力を木片にぶつけて分子を振動させてみる。

 手ごたえを感じる。さっきまでの様に魔力の空振りが無い。

 さらに激しく揺さぶってみる。

 いいぞ!このまま燃え上がれ!

 

 木片が派手な音と共に割れた・・・・・。

 自然発火の温度に達する前に、木片の中の水分が膨張して弾けてしまったのだ。

 ソフィがヘンな目で見ている。

 いや、ふざけていたワケじゃないぞ。

 俺だって科学的に魔力が木の分子を掴んで振動させたなんて思ってはいない。

 イメージの問題なのだ。

 理屈では解っていても、俺にはモヤモヤの魔力がガラッと炎に変わるのが信じきれない。

 実際にこのイメージの方法なら、木片の温度自体は上がっていた。

 後はイメージをさらに改善し、実戦投入できるように練習したいと思う。

 それで許してくれないだろうか?


「水を出してみて、イメージよイメージ、水だからね、水!」


 そんなに水、水、言わなくてわかってますよ、ソフィさん。

 火より水のほうが作り易いような気がする。

 魔力のモヤモヤを、いつもより大きく広げてみる。そこら辺にフワフワ浮いている酸素と水素を魔力で包み込んで化合させれば出来るはずだ。

 うまくいかない、やっぱし水=H2Oは安直だったか、魔力が霧散していった。

なるほど、やり方を変えてみよう。

 今度イメージするのは大気中にもともと含まれている水蒸気だ。

 先程よりもさらに魔力を大きく広げて周囲の空気を包み込む。

 それを雑巾を絞るかのように、一気に圧縮する。

 できた!できたよ!一滴の水が現れて燃え盛る炎の中に落ちていった。


 大海の一滴というか、焼石に水というか・・・・・・・。


 まだ諦めるのは早い、一滴であろうと水はできたのだ。

 まずは俺の周りの空気の分子を軽くゆすって温める。

 すると上昇気流が出来上がるので、さらに温め、魔力で加速させる。

 高空に届かせる為に螺旋の渦巻きを作りあげ、高く高く押し上げる。

 快晴の空に大きな入道雲が出来上がっていき、やがてぽつぽつと雨粒が落ちてきた。

 水だ!

 魔力で雲を作り雨を降らせる。

 これこそ魔法ではないか!

 どうだ!とばかりにドヤ顔でソフィを見ると、思いのほか険しい表情をしていらっしゃる。


「消して!消して!」


 え~、せっかく降らせたのに?

 しょうがない、雨を・・・、空を見上げてふと思った。

 どうやって止めれば良いのだろう?

 魔力の供給はとうに止めているが、出来上がった黒い雲からは大粒の雨が降り続け、ゴロゴロと雷の音も聞こえてきた。

 集中豪雨、ってヤツだな。

 裏庭で遊んでいた子供達が教会の中へ駆け込んでいく。

 

 ソフィが光の粒を浮かせてくれた。

 これで何度目になるかも解らなくなったが、根気よく俺に付き合ってくれる。

 周囲を照らす光の粒、これが、どうしてもイメージできないのだ。

 『光あれ!』

 これが出来れば俺様神様だろう。

 ならば、俺にとって都合よく解釈してみよう。

 ここは謎魔法がまかり通る謎異世界だ。

 光は粒子であるが、波でもある。

 ばらばらのベクトルを、魔法で波長を強化して揃えてやる。

 虹とかプリズムとか、そういったイメージを思い浮かべる。


「お!出来た!」


 魔力を集中させた手の間から一筋の光線が教会のモミの木に向かって伸びている。

 ふと気づくと木の表面からゆらゆらと煙が立ち上っている。


 レーザーだ!


 ヒョウタンから駒とはこの事だ、実にウレシイ誤算である。


『我が魔眼より、抑えきれない力が溢れ出す、見よ!外道照身霊波光線!』


 右目の眼帯を引きちぎって魔力を解放する。

 遠くから迫りくる魔物の群れ。

 横に薙ぎ払う一筋の光。

 一瞬の静寂のあとに爆音が響き渡る。


 ロボットモノのアニメでよく見かけるアレだ、チュイン!ドカン!ってヤツ、これは良い。

 決めゼリフは再考の余地があるが、方向性はこれでいってみよう。

 地面に両手を付いて、固定砲台のように口から謎光線もアリかもしれない。

 しかし、これだと、俺の方が怪物に見えてしまいそうなので、やっぱり目からビームにしよう。

 これは確実にモノにしたい。

 今は夏休みの虫眼鏡実験程度の火力しかないが、成せばなるハズ。


 ソフィさんは、一言ありそうだが・・・・・、次いこう、次。


 アイテムボックスはちょっとマジメにやろう。

 いや、今までマジメにやってなかったワケじゃないが、他の転生者の話を聞くと、ゲーム時代に獲得した装備やお金が、そのまま入っていたというから俺流解釈で俺流アイテムボックスにするのは避けたい。


 ソフィがアイテムボックスを実演してくれる。

 魔力の流れが、ソフィの内側に吸い込まれて行っているような気がする。

 内側なんだけれど、ずっと深い場所を探っている感じかな?


「周囲と切り離された、自分だけの秘密の宝箱をイメージしてみて」


 ソフィがそう言って、アレコレ取り出してみせてくれる。

 ソフィアさんの秘密の宝箱。

 なんてロマンチックな表現だろう。

 その宝箱、ぜひとも開けてみたい。

 そんなことを考えながら、俺も集中して自分の中を魔力でぐりぐりと探してみる。

 剣やら装備やらが次々とソフィのアイテムボックスから出てくるのを見ていると、ふとデジャヴのようなものを感じ、まさかと思うと、ソフィが紐の端を握りしめて引っ張り出すところだった。

 俺は、そっとソフィの手を止めて、


「今はこれ『それは、もう見た』がせい・・・・・」


 オタクの伝道師はいったい誰だ?フルタ課長か?


 そんな事もあったが、自分の心の中の井戸に手を突っ込むような作業を黙々と続ける。

 不意にダイヤル錠がはまるような手ごたえを感じた。

 これだ!と思い、いっきに魔力を集中する。

 扉をこじ開けるような強いイメージを意識した。


 気が付くと大きな倉庫?古い図書館?のような場所にいた。

 ずっと奥に向かって、背の高い棚が並んでいる。

 これがアイテムボックス?何か違う気がするケド・・・・・・・。

 棚の中を覗いて行くと、剣、防具、回復剤、確かに見覚えのあるものが雑多に並んでいる。

 俺の使っていた七キャラ分のアイテムがまとめて乱雑に置かれているみたいだ。

 アイテムボックスってこういうモノなのかな?

 それはそれとして、こちらで使えそうな装備を探してウロウロする。

 魔法職がメインだったので、剣などの近接武器にあまりお金をかけていなかったのが悔やまれる。

 実際に魔物に対して、これがどの程度の威力を発するのかは使ってみないとわからないが・・・。

 しかし・・・・・・・。

 防具が・・・・・・・。

 すべて、女性用だ・・・・・・・。


 それもそうだろう、俺のキャラクターはみんな女性だったのだから仕方がない。

 何か使えそうなものは無いかと思って探してみるが、水着か下着としか思えないものばかりだ、黒光りする皮のボンテージ防具もある。

 それでも物理耐性や魔法耐性のついた高級品もあるので、アリスやソフィが使えるかもしれない、と思って手に取って見ていたら、いつの間にか元の場所に戻っていた。


「それは、ナニ?」


 目の前にソフィが立っていた。


「いや、これは俺が昔使っていた・・・・・」


「カズヤが使っていたの?」


 マズイ!エロ装備を握りしめたまま、思わずそのまんま答えてしまった!


「いや、そうじゃなくて・・・・・・違う、違うぞ!誤解だ!」


 ソフィの目が、ジト目になっている。


「これはだな、ソフィかアリスが使えるんじゃないかと思って・・・・・・・」


「ワタシ?ワタシがそれを着るの?」


 いかん!言えば言うほどドツボにはまってくる。


 その後、陽が暮れるまで必死になって言い訳をした。

 誤解が解けた、とは言い難いが、何とかソフィをなだめて俺のアイテムボックスの事を話すとやっぱり他とは違うようだ。

 ソフィによると俺が消えたかと思うと、すぐに出てきたそうだ。

 俺の体感だと二十~三十分くらいはアイテムボックスの中をウロウロしていたはずなのだが、どうなっているんだろう?

 これは、アイテムボックスではなく、アイテム倉庫と呼ぶべきだろう。


 実戦にはまだまだではあるが、俺流謎魔法も習得し、アイテム倉庫も使えるようになった。


 早々に狩場デビューしたいものなのだが・・・・・。

 剣の訓練がいっこうに上達しない。

 ボリス教官はともかく、孤児院の子供達にまったく歯が立たない。

 いくら子供の頃から稽古してるからって、強すぎる。

 こっちの世界の人達は遺伝子改造されてんじゃないかな?

 子供達に叩きのめされ、教会の裏庭で大の字に寝そべって空を見上げていると。


「そりゃそうだ、だってお前、身体強化してないだろ?」


 ボリス教官殿が俺を見下ろして言った。

 ナニ?どいうことだ?


「カズヤは魔力が見れるんだろ?それで子供達をよく見てみな」


 身体を起こして、改めて集中して見てみる。

 剣を振っている子供達の魔力のモヤモヤが活性化していて、身体の表面を薄い膜のようなもので覆っている。

 あいつらインチキしてやがった!

 まあ俺が知らなかっただけなのだが。


「あれで身体強化して、筋力、反応速度、防御力を底上げしてるんだよ」


 ナゼそれを早く言ってくれなかったんだ!


「いや、ワザと使わないんじゃないかと思ってさ、ハハハ、それに素のままで、それだけ動けるんだから立派なもんだ」


 ボリス教官の抜けた発言はあとで回収するとして、子供達をまねて魔力を活性化し身体を包み込み、全体を強化するイメージで魔力を展開する。

 火魔法とかは未だにサッパリなのに、これはあっさり成功した。

 いける!これならいけるぞ!

 身体に力が満ち溢れ、五感が冴えわたる。

 木剣を握りしめ足を踏み出す。

 顔から地面に突っ込んだ。


「バカだな、最初はちょっとずつ使わないと身体の動きに頭がついてこないぞ」


 だから、そういう事はもっと早く言ってくれ。

 地面に顔を押し付けたままの俺を見て、子供達が笑っていた・・・。

 覚えてろよ。


 夕食後の空き時間、教会の中を暇つぶしにウロウロとしていたら、弦の貼られた楽器を見つけた。

 ギターと違い、胴体がビワの形をしていている。

 ファンタジー的には、リュートというのだろうか?

 弦は六本あるし、調節も同じような感じだ。

 長い間放置されていたようなので、弦を切らないように慎重に音を合わせる。

 高校の頃に女子にモテたい一心で覚えてみたが、もちろん効果は無かった。

 バンドを組むだとか、そこまでする気は無かったのでコードを押さえてかき鳴らすのが関の山だが、元の世界で大人になっても気の向いたときに手に取っていた。


 ためしに適当な曲を歌いながら弾いていたら、孤児院の子供達が集まってきて、もっと、もっとと急かすので陽気な曲を選んで歌ってやった。

 こちらの世界の歌はしらないので、日本語の曲だったが、子供達は喜んで聞いていた。

 音楽は言葉の国境を超える、ってやつだな。

 その日は調子に乗って夜が更けるまで歌っていた。

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