第7話 冒険者登録

 魔法の修行、剣の扱い方、どれを取ってもまだまだではあるが、読み書きについてはかなりマシになってきたので、念願の冒険者登録の為にアリスと一緒に冒険者組合を訪ねた。


「あらカズヤさん、嬉しい、私に会いに来てくれたんですね」


 笑顔でサナエさんが迎えてくれた。

 髪をアップにまとめ、胸を強調した仕事ができる風お姉さんである。

 しかし、なんだろうな?

 美人だしスタイルも良いのだが、イマイチ嬉しくない。


「いえ、最初に来たとき登録出来なかったので、字を覚えて出直して来たんですよ」


「照れなくてもいいんですよ」


「あの・・・、サナエさん、冒険者登録をして貰いたいんですが」


「まあ、『サナエさん』だなんて、他人行儀で悲しくなります。『サナエ』と呼んでください」


 どうも、このお姉さんと話していると調子狂うな・・・。

 誰か他の受付のひとは・・・。


「嫌です。他の娘を見ないでください。目が泳いでますよ」


「サナエさん、ふざけてるだけですよね?話を進めませんか?」


「ふぅ~、こっちの世界ね、結婚式は無いんだけれど、親族、友人を招いての食事会はあるのよ、まぁ披露宴ですよね。当然贈り物もするんだけれども、月に三件も重なるとバカにならないんですよねぇ」


「はあ・・・」


 サナエさんが、ナンか語り出した。

 長くなりそうだな・・・。


「お返しの引き出物がね、手作りの食器やら置物やら、捨てるに捨てられないのよね。こういうのはあっちもこっちも同じなのよねぇ」


「あの・・・、登録を・・・」


「部屋の棚に捨てることが出来ないアイテムが並び続けるんです。ハッ!これって呪われたアイテム?だから私に良縁が来ないのかしら?」


「そろそろ終わりにしませんか?」


「ちょっとくらい私のグチに付き合ってくれてもいいじゃないですか。まあ良いわ、こっちの文字は覚えて来たんですよね、それじゃここに必要事項を書いてください」


 サナエさんが投げやりに差し出してきた書類に、ペンを取って書きはじめる。

 居住地はマラガ教会孤児院、これは早いところ、何とかしなきゃいかんな。

 所属は今の所、無所属。いずれどっかのクランにでも入った方が良いのかな、まぁ今はこれで良いだろう。


 さて、問題は名前だ。

 こちらで元の世界の知り合いを見つけるには、コジロウの言う通りゲーム内でのキャラクターネームを名乗るのが良いのだろうけれども・・・。

 例の敵対勢力に関する問題もあるのだが、それ以前に・・・。

 使っていたキャラクターネームそのものに問題がある。

 いや、閃光のカズヤとか、闇の魔導師カズヤとか、鳳凰院火逗哉とか、そんな痛い名前を付けていた訳では無い。


 ただ・・・、使っていたキャラが全員女性キャラだったのである。

 ネカマじゃないぞ、ちゃんと中身男だと宣言して普通の言葉でチャットしていた。

 だって、どうせゲームやるなら可愛くて綺麗なほうが良いじゃないか。

 それに昨今のオンラインゲームは装備もエロカッコ良いのが充実しているのだ。

 女性キャラなら、重装備の前衛職でもヘソ出しは、基本中の基本。

 後衛の魔法職にいたっては、昭和八十年台の華やかな舞踏場、そのお立ち台でキレまくっていたお姉さん達が着用していたような超ギリギリミニのタイトワンピース。

 あるいは、もはや防具というカテゴリーを完全に超越してしまい、倫理規定スレスレのスケスケ下着。

 そんな素晴らしい装備が有るのを知っていて、女性キャラを使わずにいられようか。

 何が悲しくてゲームの中でも筋肉ムキムキのおっさんを操作せにゃならんのだ。


 そういう訳で、ゲーム時代のキャラクターネームは、完全に女性名なのである。

 しかも、ゲーム内ならカッコイイが、現実に名乗るとちょっと痛い女性名にいきなり改名したら、ソフィとアリスにどんな顔をされるか分かったものではない。

 なので、女性名であるキャラクターネームは却下してカズヤ一択であろう。

 それに、この街ではすでにカズヤで馴染んでいるしね。

 悩みながら必要事項を記入し終える。

 アリスも書き終わったので、ふたり分まとめてお願いした。


「それでは登録手数料が銅貨四十枚になります」


「え?お金?必要なの?」


「登録証は合金製でカズヤさんの名前や居住地、所属組合を職人が打ち込んで加工するので実費が生じます。利益なんか取っていませんよ」


 困ったお金が無い・・・。

 繰り返し言うが、お金なんて持っていないのだ。

 俺がしばし沈黙していると、横からアリスが。


「大丈夫、私が持ってるよ。教会のお仕事で貰ったお金があるから、カズヤの分も出してあげる」


 涙が止まらない。

 孤児院暮らしで、しかも、アリスのヒモだ。この異世界生活、俺だけハンデがきつすぎるぞ。

 運営を見つけたら首を絞めてやりたい。


「それでは、登録証を作ってもらうので、しばらく待っていてください」


 サナエさんはそう言って事務所の奥の方へと消えていった。


 冒険者組合に入って正面の壁には冒険者への依頼の紙が雑多にピンで留められている。

 今の俺でも出来そうな仕事はないかと思って、目を凝らし依頼書の文字を追う。

ナイ・・・。

 あれれれれぇ~。


 ゲーム序盤にありがちな、郵便の配達だとか、薬草の採取だとか、いわゆるお使い系の依頼がまったくナイ。

 しかも、コボルト討伐だとか、オーク討伐やら、ファンタジーゲームにありがちな一匹につき幾らの報酬といった初心者向けの依頼がまるでナイ。


 代わりにあるのが・・・。


『魔境遠征軍、期間三ヶ月』

『トラヴィス砦、哨戒任務、期間一年』

『ソルカバ要塞、常駐任務、期間三年』

『マラガ自治領軍、正規兵、実績により士官として雇用も有』


 なんだこりゃ。


「カズヤ、これにしよう!」


 アリスが鼻息荒く指さした先には。


『ベイル山脈に住み付いたワイバーンの群れの排除』


 ムリムリ、アリスさん、俺を良く見てからモノを言ってくれ。


「じゃあ、これ!」


『レスター戦場跡地、異形変異体討伐、及び周辺地域の浄化』


 アリスさんや、いったい俺にナニを求めているの?


「お待たせしました。こちらが登録証になります。失くさないようにしてください」


 サナエさんから、名前が打ち込まれた鉄の小判のようなものを渡された。

 小判の隅に開けられた小さな穴から紐が通せるようになっている。


「これ・・・・・軍隊の認識票にそっくりなんですケド」


「そうですよ、魔物に食い殺されると誰が誰だか解りませんから、カズヤさんも旅の途中で登録証を発見したら回収してきてくださいね」


 手の中の登録証がやけに重く感じられたが、ひとまず壁に張り出してある依頼について聞いてみる。


「あの・・・・・サナエさん、壁の依頼なんだけど、もうちょっと初心者向きのはナイの?例えば、手紙の配達だとか、商隊の護衛だとか」


「手紙は商工会議所が商品の定期便と一緒に届けています。手紙ひとつ届けて、いったい幾ら要求するつもりですか?商隊の護衛ですが、カズヤさんに護衛ができるんですか?護衛されるんじゃなくて?」


「ごもっともデス」


「それに商隊の護衛は、組合の依頼を何度もこなして信頼を得て推薦されるか、商人自身からの指名しかありません。たまたま雇った護衛が旅の途中で、突然強盗にクラスチェンジするかもしれませんから、ある程度経験を積んで名の知られた冒険者にならないと商隊の護衛は受けられません」


「それじゃ、ゲームでありがちなウサギ一匹で幾らとか、コボルト5匹で幾らとか、そういうやつは?」


「討伐系の依頼は具体的な脅威にならないと発生しません。たとえば村の近くにオークが集落を作り始めたとか、街道沿いの廃墟にゴブリンが住み付いて旅人を襲い始めたとかです。居住地から遠く離れた場所をうろうろしている魔物を勝手に倒して、いったい誰がお金を払うんですか?しかも、ウサギ?ウサギ?」


「それもそーですネ」


 言ってみただけなのに、そんなに身を乗り出して、突っ込まなくてもいいじゃナイカ。


「ただし、倒した魔物は市場で売れます。肉、皮、爪、胆、この世界ではオークだろうとドラゴンだろうと残さずおいしく頂きます。魔物だろうが何だろうが、肉は肉ですから。カズヤさんも、こっちに来てからオークの肉くらいは食べたでしょ?」


 なんと!普段出てくる肉は魔物の肉だったのか!

 どおりで異世界テイストの謎の味わいだと思った。

 美味しかったケド。


「ちなみに、その市場って何処?」


「北門のすぐ近くです。商工会議所の隣の体育館くらいの大きな建物ですから、すぐにわかります」


 ん~、とりあえず近場をウロウロして、倒した魔物を売り払うところから始めるしかないか、暴走気味のアリスは抑えておくとして。


「砦の長期任務なんかどうですか?魔物の襲撃が無いときは専門の訓練も受けられますし、三年間の任期を生き残ることができれば、日本から来た甘ったれも別人のように精悍な戦士になれるそうですよ?」


 サナエさん・・・・・。

 それ、どこかの砂漠の国の傭兵部隊のハナシですよね?冗談だよね?

 そんなやり取りをしていたら、外出していたらしいフルタ課長がこちらの方に近づいてきた。


「ちょうど良かった。カズヤさん、元の世界での『アリオスクロニクル』のプレイ期間、たしか長いって言ってましたよね?」


「はあ、一応オープンベータからですけど」


 今さら、ゲームのプレイ歴なんてどうしたんだろ?


「じゃあ、『Line of the fool』っていうクラン知ってますか?」


 何でfoolの名前が出てくるんだ?

 知ってるか知ってないかなら、かなり知っている。

 ゲーム正式サービス開始当初から、はっちゃけてたクランで、俺とも浅からぬ因縁があるクランだ。


「知ってますけど、それがどうしたんですか?」


「教えて欲しいんですよ、どんなクランなのか、どんな活動をしていたのか、どんな人物が居たのかを」


「でも、ずっとゲーム内で最大勢力のクランだったから、そのくらいならフルタさんだって知ってますよね?」


「私はアリオス稼働7年目からやり始めたので、プレイ歴は三年ほどなんですよ、ゲーム初期の頃の彼らを知っているひとを探していたんです」


 フルタさんと話していると、入口にロバート司教ともう一人知らない男のひとが姿を見せた。

 あれ?なんでロバート司教がこんな所に?


「あ、来ましたね。場所を移しましょうか」


 どういうコト?


 今、俺は組合の事務所のさらに奥の応接室のテーブルの一角に座らされている。

 メンバーは、フルタ課長、ロバート司教、それにマラガ冒険者組合の組合長、同じく商工会議所の会長だと紹介された。

 この街の事実上のトップが集まっているわけだ。

 しかも俺の目の前に・・・・・

 この部屋に来る途中、フルタさんから。


「こちらの世界の人達は、私達が元の世界でも剣と魔法の戦いに明け暮れていたと思っています。ゲームだとかコンピューターの中の話だとか平和な国だとか、いくら説明しても納得してくれないんですよ。ですので、カズヤさんもそのつもりでいてください」


 そう耳打ちされた。


「カズヤさん、元の世界で、『Line of the fool』が大きな抗争を起こしましたよね。その頃の事を詳しく聞かせてください」


 フルタ課長が話を促してきた。


「いや、ちょっと待ってください。どういう事ですか?何でそんな話を今更?」


 俺の言葉にフルタ課長がお偉いさん方に何か伺うような目配せをする。

 組合長さんが一つ頷き手を振って先を促した。


「カズヤさん、今からひと月程前の事、ちょうどカズヤさんがこちらの世界に来た頃ですが、カタロニア帝国で大きな政変がありました。カタロニア帝国というのは、このバルト王国の西側、マルティニー山脈の向こう側です。その帝国で有力貴族が反乱を起こして支配者が入れ替わりました。その戦いにおいて反乱側に味方した武装勢力の中心が『Line of the fool』です」


 あいつ等ナニやってんだ。

 いい加減、仲良くするって事を覚えろよ。


「さらに落ち着く間もなく、今度は味方したハズの貴族達を叩き潰して、自ら皇帝を名乗ったそうです」


 やりたい放題だな。


 『Line of the fool』というのは、アリオスクロニクルの中で最大勢力のクランだった。

 ゲーム開始当初から数と力で他を圧倒して、効率的な狩場とレイドボスを独占した。

 うっかり漏らした不満が聞こえようものなら、自分だけではなく所属するクランもまとめて制裁の対象にされた。

 独占したおいしい狩場とレイドボスからの収益で性能の良い装備を購入し、foolに追従するクランも増え、その勢力はさらに拡大していった。

 しかし、いい加減、腹に据えかねたその他大勢が同盟を組み、foolに対抗するようになった。


 狩場で遊んでいると突然襲撃される。

 狩場で遊んでいると突然チャットで、どこそこにfoolがいる。という連絡があり襲撃に向かう。

 foolの仲間とそれ以外という構造が出来上がった。

 殺られたら、殺り返す。

 ゲーム内掲示板で繰り返される罵詈雑言、荒れるスレ。


 まさしく終わりのない仁義なき戦いが、およそ3年間にも渡って続くことになり、お互いに疲弊してきた頃合いで、双方の代表者が出てきて手打ちとなった。

 いくつかの独占地域を残しfoolはそのほとんどを手放したが、相変わらずイベント戦などでは猛威を振るい続けた。

 俺との関係は話すと長くなるし、いろいろとメンドウだし、あいつ等もこっちに来ている以上知られたく無かったので、黙っておいた。


「でも、俺が知ってるのは当時の事だけで、あいつ等が今、どんな顔をして、どう名乗っているかは知りませんからね」


 当時のクラン盟主や数人の幹部のことなど、一通り話し終えると、偉い人達が一 様に苦い顔をしていたが、俺はとりあえず解放される事となった。

 怖かった・・・・・あの人達、顔が怖すぎるんだよ。

 まるで、俺が犯罪を犯して尋問されているようだった。

 組合のホールに戻ると、待ちくたびれていたアリスを連れて孤児院に帰った。




「取りあえず、このまま国境の封鎖だな」


「組合から、気の利く者を何人か調査に向かわせましょう」


「王都の宰相からは、どのように?」


「こちらと同じく様子見だ、しばらくしたら使者を送って国交を復活させるかどうか検討するだろう」


「ダルトン方面に逃げた貴族達が結集して旗をあげれば、他国の動きを見ながらこちらも協力することになるかもしれん」


「だが、ちょうど良い旗頭がいるかね?王族の直系は全て殺されたと聞くが」


「それも含めて、王都の宰相からの指示待ちですな」


「やれやれ、魔境と接しているというのに、お互いにとってやっかいなことだ」


「で、司教殿、話は変わるが、あの青年がソラリス神の祝福持ちかね?」


「そうだ」


「こちらからは?」


「まだ何も、何者かになるかも知れませんが、ならないかも知れません。今はまだ、祝福持ちの話はここだけにしておきましょう」


「だが、野放しにするワケにもいかんだろう、留意だけはしておこう」


「では、そのように」

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