第6話 ソフィア

 私はソフィア。

 マルガ自治領を活動拠点とする冒険者だ。

 得意なものは弓と風魔法。


 長年の修練は当然の事ながら、他人より魔法の才に長けていたようで、冒険者としての仕事が無いときは、自治領軍の臨時魔法教官として雇って貰える程度には魔法の扱いに長じることができた。

 控えめに言っても上の下、正しく評価すれば上の中であろうと自負している。


 時間の空いている時には、この街の教会が運営する孤児院の子供たちにボランティアとして魔法を教えている。

 親を魔物に殺されたり、病気で亡くしたり、失踪したり、理由はいろいろだが親を亡くし取り残された子供達が、孤児院に引き取られている。

 この孤児院はロバート司教をはじめ、しっかりした大人達によって、手厚く運営されている。

 ここに引き取られて世話になることができたのは、子供達にとって不幸中の幸いと言えるかもしれない。


 子供達の教育にも理解がある。

 貴族や商人以外の一般家庭では、読み書きなど必要無いと軽視されているが、司教、シスター共に教会の仕事の合間を縫って、孤児院の子供達はもちろん近隣の子供達も受け入れ、読み書き、簡単な計算などを教えている。

 この街に滞在する冒険者や孤児院を卒業し独り立ちした者も、しばしば立ち寄り、魔法の使い方を教えたり、剣の相手をしたり、手持ちから寄付をしていく。


 子供達には故郷であり、実家である。

 卒業した子供が結婚した。

 商売で成功した、軍隊で昇進したと聞けば神父もシスターも我が子のように喜ぶ。

 冒険者として旅に出たが志し半ばで倒れたと聞くと、在りし日を思い浮かべ、そっと涙を流す。


 ころころと表情を変える子供たちに囲まれるのはとても嬉しい。

 ひまわりのような笑顔で抱き着いてくる子供。

 どこか遠くを眺めて端の方でポツンと立っている子供。

 何も解らずに年上の子供に必死でくっついて同じことをしようとしている子供。


 エルフの郷を冒険者として旅立ってから決まったパーティに落ち着くことは無く、あちらの国、こちらの国と自分の魔法の腕を上げる為に魔物を追い求めていた。

 自分の技量を上げる事にしか興味を持たなかった。

 そんな私がいつの間にか、この孤児院を訪れるのを楽しみにするようになっていた。


 他の町にも、もちろん教会と孤児院はある。

 しかしこの街の教会に何か引き付けるものがあったのだろう。

 自治領ということもあり、雑多なヒトやモノが賑やかに交じりあうこの街は、冒険者にとっては居心地の良い町かもしれない。

 いつの間にかマラガ自治領に腰を落ち着けていた。


 さて、今、私はあるひとりの転生者のことが気になっている。

 ふと気が付くと彼の事を目で追っている。

 彼の事が気になる。

 隣に座ってお話したい。

 彼の事を知りたい。

 自分の事も知って貰いたい。


 これはなんだろう?

 彼に対して好意以上の感情を抱いているらしい。

 しかしながら、その感情は彼との関係の中で積み上げられて、私の中で自然に発生したものなのだろうか?

 魔力の同調で、相手の感情を自分のものと勘違いしてはいないだろうか?

 自分の中にゆらゆら揺れる感情に振り回され、戸惑う。


 ある日、ロバート司教がひとりの転生者を連れてきた。

 彼に魔法を教えて欲しいそうだ。

 日頃お世話になっている司教の頼みでもあるし、子供達を教えるついでだ。

 でも今から魔法の訓練をはじめて果たして魔法が使えるようになるだろうか?

 つまるところ魔法の極意は、自分の中にある魔力を認め、その力を確信して、魔力を自分の求める力のイメージに置き換えることにある。


 見れば二十歳前後らしいが、話を聞けば二十八歳だそうだ。

 ずいぶん若く見える。

 しかし二十八歳という年齢が問題だ。

 つまり二十八年間、自分は魔法が使えないというイメージを持ち続けていたということだ。

 その事実は彼の中で確固たる地位を占め、彼の人格を形成する基礎となってしまっているはずだ。

 これを崩すのは容易なことではないだろう。


 断ろうかと思っていたけれど、置き去りにされた子供の様に教会の隅にたたずむ姿と私を見つめるまっすぐな瞳に心を打たれて、つい教師役を引き受けてしまった。

 教会の裏庭の木の下で、ぽつんと不安そうに立っている彼。

 少年と青年、どちらに落ち着くのか迷っているかのような顔立ち。

 本当に二十八歳なのかしら?

 卒業間近の孤児院生とあまり変わらないように見える。

 年齢不詳なところを除けば、どこにでもいるような男の子。

 だけれども、私を見る目の中に、ほんの一瞬、誘うような、悪戯っぽいような、不思議な色が踊る。

 思い返せば、もうあの時には、彼に魅かれていたのだと思う。

 素直に認めてしまうのもどうかと思うけれど・・・。

それって、一目惚れ?


 彼から陽炎のように立ち上がる底の知れない魔力。

 魔法に長けたエルフ種の中でも、これだけの魔力量の持ち主に出会った事は無い。

 それなのに、彼は、それを自覚できない。

 自覚する事ができない故に、魔法を使役する為の大前提である魔力の循環ができない。

 自分の中に魔力があると確信し、それを活性化することが出来なければ、いくら魔力の総量が多くても宝の・・・、いや魔力の持ち腐れでしかない。


 どうしよう?

 魔力の同調をすれば良いのだろうけれど、あれは本来親が子に教える方法だ。

 同調させる為には身体を密着させる必要があるし、お互いの感情が直接流れ込んでしまう。

 それにお互いの魔力の質の違いもあり、上手くいくとは限らない。


 彼はしばらくの間、汗を垂らしながら教会の裏庭でウンウン唸ったり、教会の壁に向かって何事か呟いたり、逆立ちをしてみたり、挙句の果てには、何事か意味不明な言葉を叫びながら地面の上を転がり始めてしまった。

 理屈で解ってはいても、彼の中に深く根を張っている、魔法が使えない、という意識を覆すのはやはり難しい。


 このまま見ていても面白そうだけれども、大きな岩に体ごとぶつかり、諦めずに押し続けるような姿を見ていると、自然に手を貸してあげたくなった。

 あれこれ考える間もなく身体を重ね合わせ、彼の鼓動に身を任せ、魔力を同調させていた。


 全てがとろけるような甘美な一体感。

 私の中に流れ込んでくる彼の一途な感情。

 私から流れて行く彼への想い。

 相互に混じり合い、より大きく強い流れになって、竜巻のように高く昇っていく。

 終ぞ味わった事の無い心地よさに身を任せてしまっていたら、彼が汗びっしょりで倒れそうになっている。

 いけない、ついやりすぎてしまった。

 私と彼の相性が良すぎるみたい。

 私の中を渦巻く気持ちを押さえつけて、彼から身を離し、解放してあげた。

 彼から流れてくる暖かい気持ちに、私の方が夢中になってしまっていた。


 魔法の素質はかなり高い。

 魔力の総量だけなら私を確実に超えている。

 転生者だから?

 たぶん違う。

 他の転生者のメイジを何人か見たことはあるけれども、これほど魔力量の多いひとはいなかった。 


 魔力の循環に一度成功すると、それなりにコツは掴んだようだ。

 魔力の活性化だけならヨチヨチ歩きながらも出来るようになった。

 だけれども、魔力の放出、凝縮、解放と次の段階に移る度に壁にぶつかる。

 出来上がってしまった自分の固定観念を壊すことはやはり難しいようだ。


 ひとつひとつに躓きながら、ゆっくりと上達していく彼と過ごす毎日は楽しかった。

 私が普段、当然のようにやっていることに疑問を持ち質問してくる。

 魔法の在り方についてあらためて考えさせられることも多かった。

 彼と一緒に試行錯誤していくことは私自身の為にもなり、彼と一緒に成長できるのは私の喜びでもあった。


 魔力の同調も今や抵抗なく行っており、すでに私の方から彼と感情を共有することを望んでいた。

 どちら側からの感情が勝っていたとか、もうどうでも良い。

 私の中にその思いは確かにあって、大切にしていきたいと思っている。

 恋だっていいじゃない。


 彼は魔力の変換ができなかった。

 大きな魔力を持っているのに、それを形にして外に出す事ができなかった。

 扱いの難しい大きすぎる魔力に振り回されてばったり倒れ、ふらふらになりながら立ち上がり、それでも諦めないで訓練を続けていた。

 何とかしてあげたいけれど、こればっかりは自分で何とかするしかない。

 魔力の具現化は、心の形そのもの。

 人それぞれに違い、同じものは一つとして無い。

 そんな事を繰り返す日々の中、彼が火を点ける為に魔力を送り込んでいた木片が、突然音を立てて弾けた。


「カズヤ、今、何をしたの?」


「いや、木の分子を振動させて、自然発火まで温度を上げようとしたんだけれど、上手くいかなかったんだよ・・・、温度が発火点に届く前に、水分が膨張して破裂したんだなあ・・・」


 溜息をつきながら、辺りに弾け飛んだ木片を拾っている。

 分子だとか、振動だとか、私には解らない言葉を呟いていたけれど、カズヤが今 やったことは・・・。


「カズヤ、もう一度、今と同じことをやってみせて」


「今のでいいの?」


「そう、やってみて」


「わかった」


 カズヤが魔力を活性化させる。

 カズヤから流れ出た魔力が木片を取り囲み、ゆっくりと影響を与え始め、染み込んでいく。

 先程のように木片が内部から蒸気のようなものを噴きだして割れた。


「うーーん、ナンか違うんだよなあ・・・」


 カズヤは首を捻って納得いかないという顔をしている。

 何かが違うどころではない、全て違っている。

 私が教えていたのは、魔力を火に変換することだ。

 カズヤは魔力の変換無しで直接木片に干渉していた。

 魔力を使って、物体の本質への直接干渉をやっていたのだ。

 私には、今、目の前で起こった事が信じられなかった。

 いったいどういう事だろう。

 物質への直接干渉は、長年魔法アカデミーでも最重要の研究課題だった。

 理論上できるはずだと言われながらも、誰も成し得ることが出来ないでいた。


 これが本当に直接干渉なのかどうか、私には解らない。

 私にはそう見えるが違うかもしれない。

 王都の魔法アカデミーに連れて行って、私の師匠に相談したほうが良いのだろうか?

 エルフの郷の長老達に見せたら大騒ぎになるかもしれない。


 カズヤの使う魔法はどれもがいちいちずれていた。

 とにかく素直に五大元素と呼ばれる火、水、風、土、光に変換することが出来ない。

 魔法の基本は魔力の変換だと、何度やってみせても要領を得なかった。

 私の介添え付きならできるのに、独りだけで変換する事ができなかった。

魔力ならある。

 妙な形だけれども、それを使う事はできる。

 しかし、魔力を具体的な形に変換することができなかった。

 やはり、魔法を使わないまま、魔法を使えないと思い込んだまま過ごしてきた二十八年間が、大きな足枷になっているようだ。


「その・・・、何も無いところに、突然、火や水が現れる。っていうのが、どうも引っかかるんだよなあ・・・」


 灯火の魔法は一般の生活における必須の魔法だ。

 日が暮れたあと部屋を照らし、夜道では足元を照らす。

 普通のひとでも一、二時間くらいは光の粒を浮かべていられる。

 カズヤが灯火の魔法を使うと、何故か光の粒ではなく、光の線が出た。

 夕暮れの中、カズヤの手から一本の光の線が裏庭のもみの木に向かって伸びている。


「お!出来た!」


「出来てないし!違うし!」


「いや、あのね、光っていうのは波と粒子の二つの性質を持っていてだな、粒子をまとめるのはイマイチ想像し辛いんで、魔力で波長を揃えて光を強化してやったわけだよ」


「はあ?」


 また、ワケのワカラナイことをカズヤが言い出した。

 転生者って、みんな、こうなのかしら?

 ふと木を見ると光の当たっている所からぶすぶすと煙が立ち上りはじめた。

 光が当たっているだけなのに、なんで煙が出るの?


「あれ?これで着火できるんじゃね?」


 私をからかっているのかしら?

 それとも本気?

 ホントにワカラナイひとだ。

 でも、そんなところがカワイイのかな?


 ある時、カズヤが桶の中にひと掬いの水を出そうとしていたのだが、妙に辺りが暖かくなったかと思うと、周りの空気が集まりだし、渦をまいて空へと伸びていった。

 さらに周囲から風となって流れ込みどこまで高く伸びるかと思うと、厚みのある大きな雲になっていった。

 唖然として見上げていると、ぽつぽつと雨粒が頬を打ち、たちまち激しい雨が降ってきた。

 あわてて裏庭にいた子供達を教会の中へと押し込んだ。


「消して!消して!」


 叩きつけるような雨の中、カズヤに向かって叫ぶ。


「え?どうやって?」


 冗談では無く、本当に、どうしていいか分からないと言った顔をしていた。

 その後、ひとしきり降り続けると、気が済んだかのように雲は無くなっていた。

 単に、水を出して落としていたのでは無かった。

 雲を造り、雨を降らせてしまった。

 天候を変えてしまうなど、おとぎ話に出てくる魔法使いのようだ。

 どうして、そんな事ができるの?

 どうやったの?


「いや・・・、地面の暖かい空気を、高い空の冷たい空気にあてると雲ができるんだよ。確かスーパーセルの仕組みがそんなような・・・」


 悪戯を見つかった子供の様に、しどろもどろになりながら、またしても、よく分からない言い訳をしていた。

 教会の窓からは、ロバート司教が顔を出し、顎が外れそうなくらい大きな口を開けて空を見上げていた。

 あのロバート司教が口をぱっかり開けて固まっていた。

 ちょっとおかしくて、笑ってしまった。


 カズヤの捻くれた魔法の数々を思うとアイテムボックスはまだましな方だったのかもしれない。

 アイテムボックスが使えないと冒険者として致命的だ。

 野営の為に必要な道具一式、魔物からの戦利品、戦闘の為の装備、これらをすべてリュックに入れて持ち歩かないといけなくなる。

 市井の民なら旅行鞄一つ分くらい。

 中級の冒険者なら馬車三台分くらい。

 私なら馬車五台分くらいは詰め込める。


 アイテムボックスを使って見せる。

 短剣や弓矢、オーガの角やハーピーの羽を取り出していく。

 うーん、余計な物がたまってきている。

 整理しないとダメだな、などと考えながらアイテムボックスを開き、中から適当にモノを取り出す。

 以前、転生者から聞いた話を思い出して、軽い気持ちで紐の端を握ってするすると引っ張り出してみた。


「今はこれ『それは、もう見た』がせい・・・・・」


 ひどく冷めた声で、そっと手を添えられ、遮られた。

 あれ?

 これをやると大ウケだよ、と言っていたのに・・・。

 ハズカシイ・・・。


 ある日、アイテムボックスを開こうと練習を繰り返していたカズヤがほんの数秒の間だが消えてしまった。

 何が起こったのか分からず、驚き、目をパチクリする私の前に、何事も無かったかのように、カズヤが現れる。

 教会の裏庭に現れたカズヤは、やけにひらひらぺらぺらした布?を両手に広げて じっと見入っていた。

 それは水着?下着?股の角度が、在りえないくらい切れ上がっている。

 何でそんなモノを持っているの?


「それは、ナニ?」


「いや、これは俺が昔使っていた・・・」


「カズヤが使っていたの?その・・・、女性用の・・・、ナニかを?」


「いや、そうじゃなくて・・・、違う、違うぞ!誤解だ!」


 カズヤが言うには、アイテムボックスが開いたかと思うと、倉庫のような場所にいて、気づいたら、いつの間にか、外に出ていたそうだ。

 どういうこと?


「アイテム倉庫と名付けよう」


 ナニソレ?

 そんなアイテムボックス聞いたことがない。


 アリスも教会の仕事の無いときは、カズヤと魔法の練習をしに来た。

 アリスの回復魔法はなかなかのもので上級に差し掛かっていると言っても良いだろう。

 攻撃魔法を覚えてカズヤと一緒に冒険者になりたいと言うので、いくつか魔法を唱えさせてみたら水魔法の適正がありそうだ。

 基本を教えてみたら水弾や冷気などあっという間に覚えてしまった。


 カズヤとは違った意味でアリスも普通では無さそうだ。

 魔法の基本はきれいに出来ている。

 幼い頃からきちんとした先生に教えてもらったに違いない。

 この孤児院の様に、生きていく為に否応無くとは違い、習い事として魔法を教えて貰えるような環境の家柄だったのだろう。

 立ち居振る舞いにも、どことなく品があるように感じる。

 このまま経験を重ねていけば、もっと上達するだろう。

 政変のあったカタロニア帝国から逃げてきたと聞いているけれど、ひょっとしたら貴族のお嬢様かもしれない。

 ロバート司教は何か知っているようだが、それを言うつもりは無いようだ。


 そうこうして過ごす日々の中、ロバート司教の書斎に呼び出された。

 なんだろう?この間の大雨の事だろうか?私の監督責任?

 私はコップ一杯の水を出して貰いたかっただけなのに、誰が雨を降らせると予想できるだろうか?

 少しびくびくしながら扉を開ける。


「いつもすまないな、ソフィのおかげで随分と助かっている」


 そう言って、司教自らお茶をいれてくれた。


「いいえ、私はここに来て子供達の相手をするのが好きなんです」


「そうか、もっと私も子供達の相手をしてやれれば良いのだが、雑事に追われて、なかなか時間が取れなくてな」


 あたり障りのない世間話がしばらく続いた。

 どうしたんだろう?いつもの司教とは何か違う。

 もっとはっきり言いたい事を言ってくるひとのはずなのに、ウロウロと遠回りをしているみたいだ。


「ところで、カズヤの様子はどうかな?」


「どう、とは?」


「いや、私も何人か転生者は見てきたが、カズヤはちょっと違うようでね、好意で手伝ってくれているソフィに押しつけてしまって済まないと思っている」


「すまないなんて仰らないでください。私も楽しんでやっていますから。でも、そうですね、ちょっと・・・、いえ、かなり違いますね」


「うん、それでだな、カズヤはもうすぐ独り立ちするかもしれん。まだまだ不安があるが、いつまでもこのまま、という訳にもいかんしな」


「ええ」


「しばらくの間、カズヤの面倒を見てやってはくれないだろうか?」


「それは構いませんが、何かあるんですか?」


「いや、特別なことはないんだが、気になってね」


 う~ん、何かありそうだ。

 いつものロバート司教なら、もっと自然に誤魔化すはずなのに。


「いいですよ。今はこれといって仕事も入って無いですから」


「そうか、良かった。頼むよ」


 転生者とも、この世界の人とも違うカズヤの考え方や魔法に私も興味があったし、何よりカズヤともっと一緒にいたかった。

 心の底からほっとして、ちょうど良いと思った。

 もうしばらくは彼の事を眺めていられそうだ。

 この時には、私自身の気持ちを素直に受け入れていた。

 私は、カズヤが好きだ。

 理由なんか、どうだっていい。

 私は、カズヤのそばにいたい。

 カズヤと自然に手を繋ぐアリスに、ちょっと嫉妬していた。


 その日の夜、カズヤが教会の隅でほこりをかぶっていた弦楽器を引っ張り出して、あれこれといじっていた。

 やがて納得がいったようで弦を鳴らし、張りのある声で、とうとうと歌いだした。


 意外と多才なんだな。

 異国の言葉で綴る彼の故郷の歌は、教会の聖堂の中に響き渡り、いつの間にか、孤児院の子供達も集まりみんな静かに聞き入っていた。

 意味こそ解らなかったが、どこか郷愁を誘う歌だった。


 この世界で当たり前のように暮らし、ひょうきんにおどけているカズヤだけれども、やっぱり故郷が恋しいのだろうか?

 ふと、いつかカズヤが居なくなってしまうような気がして少し悲しくなった。

 やがて子供達にせがまれて賑やかな曲も歌いだしたカズヤを、穏やかな気持ちで見ていた。

 ずっと、こんな日々が続けば良いなあ。

 いつしか夜も更けていった。

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