第5話 魔法

 剣の修行で子供達にボコボコに打ち据えられ、魔法の修行では魔力ぐるぐるをやりすぎ、目を廻して裏庭に突っ伏す。

 その繰り返しを続ける日々の中で、ひとりの転生者と知り合った。


 回復職でこの教会の治療院にボランティアとして、時々手伝いにきている転生者の男性。

 見た目は二十代前半くらい、まだ学生の雰囲気を残しているような冒険者である。

 お目当てはシスターモニカだそうだ。

 シスターモニカは教会で働く若手の回復師。

 メガネを掛けていておっとりした包容力のありそうな可愛らしい女性だ。

 教会を訪れる信者や病人達にやさしく声をかけて気遣っている。

 その聖母のような振る舞いに憧れるのは無理もないが、身の程知らずに思い込むのはよした方がいい。


「ササキ・コジロウ?それ本名?」


「違うに決まってんだろ。こっちに来てからも、キャラクターネームをそのまま使ってるんだよ」


 どうやら組合に登録する名前は元の世界の本名でも、キャラクターネームでも、新しく考えた名前でもいいようだ。

 ただし一度登録すると変更はできないそうである。


「ゲーム時代、敵対行為したり、悪質なマナー違反やってなくて、それなりに普通に聞こえるキャラクターネームのやつはそのまま使ってるぜ。ほら、こっちの世界に来ていきなり本名名乗っても誰だかわかんないだろ?ネットゲーム時代にパーティ組んだりして知り合いになってたヤツにもし会ったとしたら、キャラクターネームのほうが分かり易いじゃん」


「敵対って?」


「ゲーム時代、領地と狩場の取り合いで、ガチで切った張ったをやってる戦争クランとかあったじゃん。あん時はゲームの中だけで済んだけど、こっちに来たら、それこそ現実とファンタジーの区別が無くなっちゃって、未だにその時のことを根に持ってるヤツが、たまにいるんだよ。ゲーム時代の仇敵を見つけると、昔の恨み辛みで、いきなり切りかかって来るバカがいるわけさ。『fool』みたいに力のあるクランのヤツは、わざとキャラ名晒してるのもいるけど、何か身に覚えのあるヤツは、ゲーム時代のキャラ名を隠してる事が多いな。それこそ、PKやってたやつは、仕返しにナニされっか分かんないからさ」


 教会の長椅子に腰かけ、組んだ足をブラブラさせながらコジロウが説明してくれた。

 敵対クランか・・・。

 特に注意していた訳ではなかったが、うっかり冒険者組合で昔のキャラ名を言ってなくて良かった。

 もちろん、悪質なPKプレイヤーなどでは無かったが。


「そうか、そういう事もあるか」


 俺の知ってる人達もこっちに来てるかな。


「ちょうどあの時、町の中でパーティ組んでる最中だったんだよ。こっちで気が付いたらそいつらが目の前にいたんだけどさ、キャラクター操作してたヤツがいきなり現れても解らないよな。それでゲームしてたのに何でこんな所に?って話になって、しばらくはキャラクター名と本名両方で自己紹介してた。うかつにキャラ名晒すのがヤバイって気が付いたのは、もうちょっと経ってからだけどな。俺は普通にゲーム遊んでただけだから、関係ないけどさ」


 そうすると俺もゲーム時代のキャラクター名を公表するのは慎重になった方が良いのかも知れない。

 知ってる人に会えるかもしれないけれど、まるっきりイザコザが無かったワケじゃないからなあ。

 どうしよう?


「いまだに『稲妻のガレオ』だとか『筋肉ムキ男』とか、名乗ってるヤツもいるぞ」


「マジで?」


「ああ、本物の異世界にきて中二病が悪化しちゃったんだな」

 

 やっぱしやめておいたほうが良さそうだな。

 いや、そんなに恥ずかしい名前じゃないぞ?

 違う理由だぞ?


「そうか・・・メニューが使えないのか、そんなの初めて聞いたな。それでこっち流に魔法の修行か?」


 聖堂内で立ち働くシスターを眺めながらコジロウが鼻の下を伸ばしている。


「ああ、だけどまだ『着火』も『ライト』も使えない」


「ん?それちょっと違うんじゃないか?」


「どういうこと?」


「いや、それさ、元のゲームの中で職別に獲得できるスキルとは別枠だったじゃん。キャラ作った時にはもう持っていて、固有スキルとは違うタブの中にあっただろ?俺達は生活魔法とか呼んで区別してる」


 あー、そういやそうだったな。


「こっちの人の魔法と転生者の魔法はちょっと違うんだ」


「え?」


「だから、ゲームの中で剣や槍の近接職だったやつは『着火』とか『ライト』は使えるけど、魔法職が使ってた『ファイアーボール』とか使えない。でも剣の近接スキルは使える。ゲーム中でそのキャラが取得できるスキルしか使えないんだよ。俺はこっちに飛ばされた時に使っていたキャラクターが回復職だったから治療系の『ヒール』は使えても『サンダー』とかは使えないぜ。そもそも『アイテムボックス』が魔法じゃないだろ?システムメニューの中の項目のひとつなんだから。こっちのひとは就いた職で魔法を使えるようになるんじゃなくて、火の魔法が得意なひとが攻撃魔法職になるし、強化系が得意なひとが前衛攻撃職になるんだ」


「つまり、電気屋になってから電気の仕組みを覚えるんじゃなくて、料理ができるようになってから定食屋を開くようなもんか?」


「そうそう、考えてみればそれが普通なんだけどさ、ゲームの中は違ったじゃん。火系統の魔法使いを選んでからじゃないと火の魔法は使えなかっただろ?こっちの人達と俺達転生組とじゃ基本的な魔法の使い方が違うみたいなんだよ」


 言われてみれば確かにそうだ。

 え?じゃあ俺はどうなの?

 魔力ぐるぐるをがんばってきたけど無駄なのか?


「そもそも、例の地震があった時、どんなキャラでインしてたんだ?」


「それがキャラクター選択画面で飛ばされたからどうなってるのか解らないんだ」


「それでメニュー画面とかおかしくなっちまったのかな?」


「ぜんぜんワカラン」


「ま、まあ、気を落とすなよ。ほら、アイコンは消えてるけど実際はそこにあるから使える、っていうエラーよくあったじゃん。大丈夫だよ、な?じゃあ俺は帰るから、またな」


 そう言って、コジロウは逃げて行った。







 翌日、ソフィが久しぶりに教会に来たので、こちらの魔法について詳しく聞いてみることにする。


「生活魔法?うーん、そうね、確かに攻撃魔法とは違うけど、私は転生者が使っている魔法を知らないし、ちょっとヘンなのよね」


 切れ長の目を細め、考え込むように、少し頭を傾けると肩からひと房の髪が落ちる。


「ヘン?」


「そう、転生者って私達と魔力の使い方が違うのよ。発光の魔法を使ってみるから魔力の流れをよく見ていてね」


 そう言ってソフィが手のひらを上に向けると光の粒が出現して二人の顔を照らす。


「わかる?」


「う~ん、ちょっと速すぎて解らなかった」


 実は魔法の発動過程そっちのけで、間近で見るソフィの顔に見惚れていたのだが、正直に言うと怒られそうなので、ナイショにしておく。

 まじめにやろう。


「そう、今度はゆっくりやってみるわね」


 今度は集中して見る。

 ソフィ全体の魔力がモヤモヤした状態からはっきり見えるようになる。

 すると手のひらの上に魔力が集まり出す。

 最初は小さい粒からはじまり、徐々に大きくなっていく。

 サッカーボールくらいの大きさのモヤモヤに集まると一瞬で凝縮して光の粒に変化した。


「うん、見えた」


「詳しく説明すると、初めに自分の中にある魔力を活性化させて手のひらの上に集める。集めた魔力をぎゅっと固めて光に変化させたの。魔力を何に変換するのか、どのくらいの強さが必要なのか、いつまで持続させるのか、それをイメージするの。魔力の量はたくさん集めるとそれだけ明るくなり持続時間も長くなるわ、でも集めすぎるとその分だけ制御が難しくなるの。集中して魔力を集める時間は訓練して短くできる。だけど使える魔力の量は個人の才能に大きく左右されるから、冒険者としてメイジと呼ばれる程になれるかどうかはその人の素質次第ね」


「ふむふむ」


「それで、転生者の魔力の流れなんだけど、いきなり魔法が発動するの。つまり私がやったように、徐々に必要な量を送り込むっていう過程がすっぽり抜けているのよ。活性化や構築が必要ないわけじゃなくて、体の奥の見えない場所で全部用意してから外にドカンって送り出す感じなのかしら?その代り魔力が発動すると、身体全体の魔力の循環が極端に遅くなって、しばらくするとまた動き出すの。私達と転生者だと魔力の使い方が違うみたい」


 ふむ~、そうすると俺はどうなるのだろう?

 他の転生者のように脳内アイコンがあるわけではないから連中のような使い方はできない。

 そうかと言ってソフィのような魔法の使い方ができるのだろうか?


「やってみないと解らないわね。私が教えることができるのは私のやり方だけだから、だけどカズヤはさっきから魔法使っているじゃない」


「へ?」


「他人の魔力の流れを見る力、それも魔法よ?」


「え?そうなの?」


「そうよ、だって普段から他人の魔力が見えているワケじゃないでしょ?私が魔法を使った時、あなたは自分の魔力を私の魔力を見る為に意識して使っていたのよ?自然にそういう事ができるってのは素質がある証拠だと思うわ」


 なるほど言われてみればそうか。

 元の世界で『我が魔眼を通して、お前の身体の中に流れる魔力が見える』なんて言ったら完全に中二病扱いだもんな。

 自分では全然気づかなかったけれど、そうか魔法使っていたのか、ちょっと感動した。


「だからカズヤも私達と同じタイプの魔力の使い方だと思うのよ、魔力量もかなり多いわよ、びっくりするくらい。一応他の転生者が魔法を使っているところを見ることが出来ればいいんだけれど・・・」


「うーん、冒険者組合に行って受付のお姉さんか課長さんにお願いしてみるか・・・、そうだ、治療院にコジロウが来ていないかな?」


「行ってみましょう」


 教会に併設された治療院に行ってみると都合良くコジロウが来ていた。

 しかもアリスの隣に座って回復魔法をかけている。

 こいつ今度はアリス狙いか?

 後でアリスにコジロウに近づかないようによく言っておかなければならないな。

 お父さんそのヒトとのお付き合いは絶対許しませんよ。


「ちょうど良いわ、二人の魔力の流れの違いをよく見ておいて」


 ちっともちょうど良くはないが、仕方がない。

 じっと目を凝らして見つめてみる。


 なるほど、アリスの方は最初にぼんやりしていた魔力がはっきりして、アリスの手のひらを通して魔力が流れ出し、患者のケガしている場所に集まって損傷部分に染み込んでいく。

 回復効果があらわれて徐々に傷が塞がりはじめるが、その間もずっと魔力を送り続けている。やがて傷が完全に消えると魔力を送り込むのを止める。


 コジロウの方は魔力が活性化したのは見えるが、いきなり患部周辺に魔力の塊が出現したかと思うと、唐突に患者の身体の中に流れ込んでいく。

 するとコジロウ自身の魔力は澱んで停滞し、しばらくするとまた動きだすのが見えた。


 続けて何人か治療するのを見ていたが、アリスは患者のケガの状態に応じて必要なだけ魔力を流し込んでいく。

 それに対してコジロウは小さい魔力か大きい魔力かの二種類しか使っていない。


「ね?違うでしょ?ヘンでしょ?転生者の魔法って、魔力の調節が出来ないみたいなの」


 そうか、解った。

 調節ができないワケじゃない。

 それしか無いんだ。

 ゲーム中で取得した魔法スキルをそのまま使っているから、ヒール『大』『中』『小』しか無いんだ。

 今、二種類しか使っていないのはヒール『大』を使うほどの患者が来ていないせいだろう。


 そして魔法を使った直後にコジロウ自身の魔力の流れがしばらく止まるのは、魔法スキルのクールタイムのせいだろう。

 これはそれぞれの魔法スキルや物理スキルにシステム上設定されている次回スキルが使用可能になるまでの待機時間だ。


「うん、だいたいわかった」


「どうする?このまま私のやり方でやってみる?」


「余計な心配して悪かったね、このまま頼むよ」


「ううん、いいのよ、不安になるのは当然よね。それじゃあ裏庭に行きましょうか」


 教会の裏庭に行き、いつものように魔法と剣の訓練をしている子供達から少し離れた場所まで歩く。


「それじゃあ、魔力の循環をやってみて、私がいない間もちゃんと練習していた?」


「もちろん」


 そう言って、俺は魔力ぐるぐるをやって見せた。

 廻す。止める。廻す。止める。廻す。止める。

 かなり自由自在にできるようになった。


「ソフィ、どう?」


「うん、上達してる。カズヤはやっぱり魔法の才能があると思う。それじゃあ、今日から実際に魔法の練習をはじめましょう」


 ソフィア先生からお褒めの言葉をいただき、ちょっと嬉しくなる。

 さて、これからが本番だ。

 はたして実際に魔法が使えるのか使えないのか。


「火魔法の基本の着火、そして消化に使う為の水を作る水魔法をやってみましょう。火と水への魔力の変換よ。カズヤはその辺の木切れとか落ち葉とか燃えやすいものを集めてきて」


 俺が教会の周りをウロウロして腕いっぱいに小枝や木切れを抱えて帰ってくると、ソフィが大き目の石を丸く並べて小さなカマドのようなものを作っていた。


「最初に私がゆっくりやってみせるから良く見ていてね」


 そう言って俺が用意した焚き木の中からいくつか取り出してカマドの中へ置く。

 ソフィが手をかざすとカマドを中心に魔力が集まりだした。


「着火」


 ソフィが呟くと、ふわふわと漂っていた魔力が一瞬で凝縮して『ボッ』という音と共に焚き木が燃え上がっていた。


「目標に魔力を集めて炎に変換よ、わかった?」


「うーん、なんとなくかな」


「まあいいわ、次は水を作って消化するわよ」


そう言うと、今度は燃え続けている炎の上に魔力が集まっていく。


「水球」


 魔力が凝縮するとビー玉程度の水の塊が炎の上に出現した。

 更にソフィが魔力を注ぎ続ける。

 やがてソフトボール程の大きさになったところで、魔力の供給が止まりそのまま炎の中に水音を立てて落ちた。


「魔力を必要な大きさになるまで送って、それを変換し続けるの、初めからこの大きさに必要な魔力を送って一気に変換することもできるけど、制御が難しくなるから、はじめはこの方が楽よ」


 空中に水球を浮かべたまま大きくしていくのだから、決して楽とは言えないと思うのだが余計な事は言わずにおく。


「やってみて」


 ソフィア先生のご指名を受けたので、カマドの中の水に濡れた焚き木を片付けて新しいものと入れ替える。

 小枝と木切れをお互いに支えるように組み合わせて、その下に枯葉などを置いて燃えやすいように小細工してみた。

 ソフィの冷ややかな視線が気になったが、素知らぬ顔をして組み上げる。

 気持ちの問題程度かも知れないが、このくらいは許してもらいたい。


 焚き木に向かい心を落ち着ける。

 まずは身体の中の魔力をぐるぐる廻して活性化させる。

 目標の焚き木に向かって魔力を送り出す。

 送り出す。出す。出す。出ない・・・。

 波動拳のポーズで固まってしまった。


「手伝ってあげるから、集中して、イメージするの、魔力を使えることを疑っちゃだめ」


 俺の背中を、暖かくて、柔らかい何かが覆った。

 ソフィが俺の背中にぴったりくっ付いてきた。

 俺の心臓の鼓動のタコメーターがぎゅんぎゅん上昇していく。

 こんなにドキドキしたのは、中学の放課後、片思いの女の子と偶然教室で二人っきりになった時以来だだだだだだだだ。

 ソフィのおっぱいの柔らかさがががががががが。

 せ、先生・・・、ぼ、ボク、もう、もう、がまんできましぇん!


「こらっ!余計な事を考えないの」


「ハイ」


 背中から俺の両腕にソフィの腕が添えられる。


「もう一度、焚き木に向かって魔力を送って、私の魔力の流れで引っ張ってあげるから」


 ソフィの身体から魔力が流れ出し、それに吊られるように俺の身体から魔力が外に出ようとしているのが解る。

 もう少しだ。ソフィの魔力に付いて行くように強く思う。

 何か、ふとした弾みに魔力が外へと流れ出た。

 今まで硬くて抜けなかったワインのコルクが突然外れたような感覚だった。


「出た!」


 例え方が下品かも知れないが、がまんしていたおしっこが、勢いよく、ジョロジョロと流れ出していく解放感にも似ていた。

 自分の中にあった魔力が外に出て行くのが分かる。


「まだ気を緩めちゃダメよ」


 あわてて気を引き締めて、魔力をコントロールする事に集中する。


「やるわよ『着火』」


 焚き木が勢いよく燃え上がった。


「今の感覚を忘れないで、まずは着火が出来るようになるまで練習しておいてね」


「うん、ありがとう」


「がんばってね」


 俺は燃え続ける炎を見つめながら強く思った。

 今の背中の感触を一生忘れない。

 実に至福の時間であった。

 この記念すべき異世界での出来事を日記に書いておこう。

 晩年、自叙伝を発表する際には、表紙の裏に『我が愛しのソフィアに捧げる』と書きたい。


 陽が傾きはじめた頃、シスターにお使いを頼まれたのでシリウスをお供にして、アリスと一緒に買い物かごをぶら下げて商店街へと向かう。

 この世界へ来てから初めてのお使いクエストだ。

 お題はジャガイモのようなものとタマネギのようなものがたくさん。

 それと調味料のようなものが少々。


 俺とアリスの後ろからシリウスが、「ヘッヘッヘッ」と言いながら、石畳をチャカチャカと足音を鳴らし付いてくるのだが、この界隈ではすでにデカイ犬シリウスは有名で、慣れっこになってしまった。

 さすがに初見さんは悲鳴をあげるが、さしたる騒ぎも起きずに通りを歩いて行く。


「シスターアリス、いつもありがとうな、うちの母ちゃんが身体がラクになったと言って喜んでるよ」


「はい、具合が悪かったらいつでも来てくださいね」


「シスターアリス、お買いものかい?うちで買っていきなよ、おまけしとくよ」


「ありがとう」


 このところ教会で治療師として働いているせいか、めったに外に出ないわりにアリスは人気者だ。

 あちこちから声をかけられながら、買い物リストを消化していく。

 ちなみにロバート司教から仮ではあるが助祭として認められた。

 シスターアリスである。

 アリス、マジ天使であった。


「いつの間にかアリスは人気者だな」


「エヘヘ、ちょっと照れるね、まだまだなのに」


「そんな事ないさ、アリスを見てると俺もがんばろう、って気になるよ」


「あのさ、カズヤは魔法を覚えたら冒険者になるの?」


「うん、そうだなあ」


 正直、魔物と正面切って向き合えるのか、自身は無い。

 だけど、それ以外の選択肢は無さそうだしなあ。


「孤児院も出ていくの?」


「いつまでも孤児院に居候はできないよ」


 司教とシスターと子供達。

 いつの間にか馴染んでしまった孤児院のベット。

 暖かくて居心地の良い場所だけど、俺が出て行けば、その分別の孤児が入所できる。

 このままダラダラ、甘え続けるわけにはいかない。


「私も一緒に連れて行ってくれるよね?」


 マラガを照らす夕日の中、アリスが俺を見上げている。


「それは・・・」


「私がいたら邪魔?」


「そんなことあるわけないじゃないか、でも、アリスは回復魔法も使えるしこのまま教会で働いていた方が良いんじゃないかな」


「カズヤと一緒がいい」


「町の外は危ないし、アリスは教会にいたほうがいいと思うけど・・・」


「私はカズヤと一緒にいたい、カズヤは私と一緒にいたくないの?」


「それは・・・、一緒にいたいけど・・・」


「もっと魔法も覚える、もっと強くなる。だからおいて行かないで、ずっと一緒にいて」


「アリス・・・」


「私はカズヤが好き、カズヤは私のことはキライ?」


「俺も好きだよ、」


「一緒にいこ?」


「うん、一緒に行こう」


「一緒だよ?」


「ああ、ずっと一緒だ」


 アリスの俺に対する真っ直ぐな好意と信頼。

 自分の事すらどうなるのか分からないこの異世界。

 アリスの期待に応えようだなんて、身の程知らずもいいところだ。

 だけれども、一途に俺を慕うアリスの為に、なんとかしよう、どうにかしよう、先の事など何も見えないが、とにかく、そう思った。

 陽が沈む町の中、手を繋いで教会へ歩いて帰った。

 この世界に来て、俺とアリス、ふたりっきりで手を繋いで山を下りていた時のことを思い出していた。


 ごめん、シリウスもいた。

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