第4話 エルフ
「カズヤ、朝だよ、カズヤ、起きて」
アリスの声に目を覚ます。
アリスが起こしに来てくれていた。
ベットの端から、フワフワの金髪と青い瞳が覗いている。
「アリス、おはっごっ!っつぅー・・・」
三段ベッドの一番上だったのを忘れていた。
すぐ目の前にある天井を見ながら、昨日の夜、頭を打ちそうだから気を付けなく ちゃいけないなあ、などと考えていた事を思い出した。
「おはよう、アリス」
「カズヤ、大丈夫?」
「うん」
「昨日の場所で朝食だって」
「わかった、着替えて行くから、先に行っていて」
扉の閉まる音、アリスが靴音をぱたぱた鳴らして廊下の向こうへ駆けて行く。
部屋の中に子供達は誰もいなかった。
今度は気を付けて体を起こす。
何だか長い夢を見ていたような気がするけれど、内容が思い出せない。
思い出そうとする端から、遠くへ逃げて行き、とてももどかしい。
久しぶりに布団の中で眠った安心感のせいか、起きても何処か夢うつつで、しばし、ぼへーっと放心する。
ふと我に返り、慌てて昨日もらった服に着替え、急いで食堂に向かう。
食堂の中の席はすでに子供達で埋まっている。
子供達の好奇の視線を浴びながら、部屋を横切って空いている席に向かう。
座る場所はとくに決まっていないそうだが、神父さんの前の場所が空いていたのでそこに座る。
俺の為にわざわざ開けてあるのだろうか?
黙って座る神父さんからは、静かな迫力というか、大きな存在感が漂う。
見た目とは違い、なかなか話しやすい人なのは分かっているのだが、学校の給食時間、先生の目の前に座らされたような緊張感がある。
次からは早めに食堂に入ることにしよう。
朝のお祈りを終えて食事がはじまる。
子供ばかりで、もっと騒々しいかと思ったらそうでもない。
周りでは年上の子が年下の子供の面倒をみながら食事している。
微笑ましくてちょっと幸せな気分になった。
「昨夜はゆっくり眠れたかな?」
「はい。久しぶりにゆっくり眠ることができました。ありがとうございます」
神父さんと軽く雑談しつつ食事が終わる。
食器の片づけを手伝い終え、食堂の外へ散って行く子供たちの後ろ姿を見送る。
次はどうすれば良いんだろう?
これまたぼへーっと、身の置き場を失くして、アリスと二人して突っ立っていたら、シスターマリサに声を掛けられた。
午前中は読み書きの授業だそうだ。
シスターマリサに案内され、静かな教会の廊下を歩く。
まだ解らない子と、ある程度解る子のふたつのクラスに分かれるそうだ。
俺は当然、解らないクラスだった。
アリスは読み書きできるそうだが、俺にくっついてきた。
初級クラスは俺とアリスを含めて十人、部屋の壁には一畳強の大きさの黒板が打ち付けられている。
緑板ではなく、何かの染料で真っ黒に塗りつぶした板をつるつるに磨いたものだった。
子供達と俺に、それぞれノートサイズの黒板とチョーク、黒板消し代わりのぼろきれが渡された。
シスターがおとぎ話を話しながら黒板に単語を書き込んでいく。
勇者とドラゴンが戦う定番物だったが、魔法が実在する異世界で聞くと一味違う。
黒板の余白にシスターが剣を振り上げる勇者や、火を噴くドラゴンの絵をさらさらと描いていく。
意外と芸達者だな、この尼さん。
子供達はお話と絵に夢中なようで手はまったく動いていないが、まだ小さい子供だから見ているだけでも頭に入るのだろう。
俺はまじめに単語を書いたり消したりしていたが、アリスは勇者の絵を一生懸命に書き写していた。
おっと、それだと悪い意味で画伯と呼ばれちゃいますよ。
異世界語?の授業が終わり昼食を済ませると、しばし休憩時間らしい。
子供達は早々にシリウスに慣れて裏庭でじゃれついていた。
背に跨ったり、顔を舐められて大騒ぎしている。
大人気である。
いつの間にか、アリスも子供達に懐かれ、喧騒の中に溶け込んでいた。
俺は手持無沙汰で教会内をぶらぶらし、聖堂に立つ石像を見上げていた。
「こちらの神々のことは知っているかね」
いつの間にかロバート司教が俺の隣に立っていた。
「いえ、こちらに来てまだ日も浅く、それどころでは無かったので、何も知りません」
「ふむ、ではこちらから」
そう言って、左の壁を向く。
「盾のカリスト、土と農耕の神。弓のテミス、風と狩りの神。魔法のディオネ、星と商業の神」
今度は右の壁を向き。
「剣のカロン、雷と武芸の神。槍のアトラス、火と工芸の神。癒しのテティス、水と健康の神。正面が全てを見守る神々の長、ソラリス神でいらっしゃる」
他の神はそれぞれ対応した武器を携えているが、正面のソラリス神には華美な装飾はなく軽く手を組んで静かに見下ろしているだけだ。
なんとなく優しい神様のような気がする。
「人は必ず、この中のひとりの神から祝福を受けて生まれてくる。運よく祝福を受けた神が守護する職業に就くことができれば大成すると言われている。過去に英雄と呼ばれた者は主神ソラリスの祝福を受けていたそうだ」
「はあ」
なんかゲームの設定にありがちな話でピンとこないな。
ぼんやり石像を眺めていたら、シスターの鳴らすハンドベルの音が聞こえた。
午後の授業は裏庭でやるそうなので急いでそちらに向かう。
いよいよ魔法を教えて貰えるそうで、実を言うとかなりウキウキしている。
こっちの世界に飛ばされてマラガに向かう馬車の中、身を寄せる伝手も無く、お金を稼ぐあても無く、どうなるのか、どうしたらいいのか、悶々と独り悩んでいた。
ところが、ひとまずの衣食住を手に入れたら、心に余裕ができた。
組合のお姉さんから魔法不適格認定されてしまったが、どうにかなるかも知れないらしい。
朝食時、会話の流れでロバート司教に『魔法が使えない、って言われちゃいました』とポロっと不安をこぼしたら、俺をしばし見つめた後『ふむ、そんな事は無いと思う』『え?そういうの分かるんですか?』『まあな、素質はあると思う。訓練次第ではないかな。ちょうど教会に腕の良い魔法使いが来ているので口添えしてあげよう』と言ってもらえた。
我ながら単純なもので、日々の糧を得る為の仕事をどうするか?とか、いつまでこの教会にお世話になれるのか?とか、そういった諸々の不安はすべて心のゴミ捨て場に放り込まれた。
俺もついに魔法使い?
やっぱ、始めは火の玉あたりから覚えるのであろうか?
魔物の群れの中に悠然と魔法を放つ俺様。
無数の屍を後にクールに立ち去るオレ様。
その光景を目にして『あれだけの数があっという間に!』と称賛する群衆。
心の中のシネマスクリーンに映し出さる一大叙事詩に酔いながら、いそいそと歩いた。
エルフがいた。
「あなたがカズヤね、私はソフィア、よろしく」
すっきりとした鼻筋、美しい曲線を描く細い顎、雪のように透き通る白い肌。
切れ長の眼の中には、深い碧色をした瞳がはめ込まれている。
細い首から華奢な肩を通り越し、腰まで届くロングストレートの淡い金髪がさらさらと風に揺れる。
髪の間からは、笹穂型の耳が飛び出している。
明るい緑を基調とした上着は、細く繊細な金の刺繍で、品よく飾られている。
午後の穏やかな日差しの中、腰に片手を当て、首を少し傾けて、異世界の美女が立っていた。
ああ、これがエルフ・・・。
この異世界に来て良かった。
「私はここの子供たちに基本的な魔法を教えているんだけど・・・、どうしたの?聞いてる?」
異世界の美しすぎるエルフが、近づいてきて、俺の顔を不思議そうに覗き込んでいる。
風に流された長い金髪から、いい匂いが漂って鼻先をくすぐる。
「カズヤ!」
アリスに背中を小突かれた。
「いかん、我を忘れるところだった。はじめましてカズヤといいます」
あれ?ちょっと距離が広がっている。
ヘンなヒトだと思われたかも、あなたが美しすぎるのがイケナイのに・・・。
「私はときどきボランティアで子供達に魔法を教えに来ているの。司教様からあなたに魔法を教えるように頼まれたんだけど・・・、あなたでいいのよね?」
「はい、ごめんなさい、ちょっとボンヤリしてしまいました」
ちょっと首を傾げている姿も美しい。
「そう・・・でも、転生者ってちょっと変な魔法だけど、みんな使えるわよね?」
「えーと、いや、それがね、どうも俺だけ使えないみたいなんだ」
事情を簡単にソフィアさんに説明する。
「ふーん。魔力の器はかなり大きそうだけど、なんにも使えない?」
「なんにも」
魔力の器か・・・、司教様もそんな事を言っていたけれど、見ただけで分かるものなのだろうか?
エルフのソフィアが目を細め、何かを調べるように俺の体をぺたぺた触ってくる。
いきなりの近距離に、緊張して棒立ちになる。
鼻先を風に揺れた金髪がくすぐった。
「じゃあ、自分の中の魔力を感じることはできる?」
「ぜんぜん」
「両手を出してみて」
言われるままに差し出すと、向かい合ったまま両手を握って俺の目を見つめてきた。
おおぅ。
さっきみたいになったら恥ずかしいので、勤めて平常心を装う。
「何か感じる?」
「何も」
心臓の音が外に聞こえそうなくらい、ドキドキする。
俺の中にいる小人の鼓笛隊が、力いっぱい心臓を叩いている。
『何かを感じる?』かと言われれば、目の前の美女に、俺の想いが溢れ出しそうなのを感じている。
鎖を引き千切って走り出そうとしている俺の激情を、降伏寸前のささやかな理性が必死で押さえつけているのを感じている。
「うーん」
ソフィアさんが考え込んでしまった。
やっぱりダメなのか?
このまま孤児院暮らしか?
なんだか落ち込んできた。
「今から、あなたの体の中にある魔力を外側から廻してみるから、集中してね」
そう言って両手を俺の背中にまわし、がばっと抱き付いてきた。
ええっ?
頭の底で澱んでいた不安の諸々はすべて押し流された。
得も言われぬ良い香りが立ち昇る。
いつまでも包まれていたいやわらかさ。
休日の朝の布団の中のような暖かさ。
おおっ!これはっ!
よくわかんないけれど!
もう、どうなってもいい!
むしろ、めちゃくちゃにシテ!
「こらっ、集中して」
全身でソフィアさんを味わっていたら怒られた。
お言葉ですが、俺は未だかつてない程集中している。
この瞬間を脳内の石碑に刻むのだ。
「あなたの体の中に血液とは違うもうひとつのエネルギーがあるの。あなたの中を血液と同じように循環しているの。体の中心から出て手の先まで行く、また戻る。体の中心から出て足の先まで行く、また戻る。体の中心に意識を集中して」
ソフィアさんの言葉に従い、俺の体の中を血液みたいに流れる力を考えてみる。
出て戻る、出て戻る。
だんだん体が熱くなってきたような気がする。
手の先、足の先。血液とは違う何かが流れている。
体の中を何かがぐるぐる廻っている。
全身から汗が吹き出す。
頭の中で鐘が鳴り響く。
ダメだ、立っていられない。
膝が崩れ落ち地面に手を付いて四つん這いになる。
そのまま地面を見つめ、体の中のぐるぐるが落ち着くのを待っていた。
「どう?今、カズヤが感じたのが魔力の流れよ」
そう言って水の入ったコップを差し出してきた。
手が震えて半分程こぼしてしまったが、それでも一息つくことができて、だんだん落ち着いてきた。
「うん、何かが体の中を廻っていたのが分かる。大きく膨らんで爆発しそうだった」
大きな河が俺の体の中を流れていた。
「多い人、少ない人がいるけど、それは誰にでもあって、心で動かすことが出来る力なの。精神力とか魔力とか言われている。マナと呼ぶひともいるけれど」
「うん」
「その大きさを調整して、形を整えて、具体的なイメージに沿わせて外に出してあげるの。それが魔法よ。わかる?」
「なんとなく」
「今、カズヤの魔力の循環を解り易いように私の魔力で同調して後押ししてあげたの」
息を整え、やっと立てるようになってきた。
「もう一度やるわよ」
そう言って今度は両手を繋いできた。
さっきのは最初だけのサービスだったのか、ちょっと残念。
「自分の体の中に流れる魔力をイメージして、今度は自分で廻してみて」
体の中の魔力を考えてみる。
出る、戻る、廻る。出る、戻る、廻る。
また体が熱くなってきた。
「だめ、また倒れるわよ。ゆっくりゆっくりよ、その状態を維持するの」
落ち着け、ゆっくりだ、駆け足じゃない。
のんびり景色を眺めながらの散歩を想像してみる。
「そうよ、そのまま、そのまま」
気を緩めると駆けだしそうになる。
俺の中の力が外に出たいと叫んでいる。
「いいわよ。今度は私の体の中の魔力を感じてみて、私の中を流れる力を見て」
ソフィアさんを見る。
ソフィアさんの魔力を想像してみる。
何となくソフィアの周りをモヤモヤしたのが渦巻いているのが見えるような気がする。
「どう?見える?」
「モヤモヤみたいなものが見える気がする」
「今はそれでいいわ、休憩しましょうか。急に止めちゃだめよ、ゆっくり止めて」
少しずつ力を抑えていって、流れを止める。
ふう・・・、疲れた。
普段使っていない筋肉を酷使したみたいに体中が痛くて重い。
教会の裏庭の大きな木に背中を預けて座り空を見上げる。
木の皮のごつごつした肌触り、形を変えながら空を流れて行く雲、シリウスにまとわり付いてはしゃぐ子供達。異世界って感じはしないなあ。
いやシリウスがいたか、いつの間にかここにいるのが当たり前になっている。
「疲れた?」
「うん、でもだいぶ落ち着いてきた」
ソフィアが隣に腰を下ろしてきた。長い睫に縁取りされた切れ長の目が俺を見てくる。
学校で一番綺麗な先輩が話しかけてくれたように嬉しいんだけど、ちょっとドキドキして困る。
何を話せばいいんだろうな?
「魔法を覚えるのは子供のほうが簡単なのよ。素直に物事を受け入れるし、普段から魔法を目にしていて自分も使えるのが当たり前だと思っているから」
「みんな大人になると、魔法で魔物を退治できるようになるの?」
「まさか、そんなこと無いわよ。普通のひとは、火を点ける。明かりを灯す。日常生活の補助になるくらいしか使えないの。それ以上は才能があるひとだけで、メイジとか魔法使いと呼ばれるようになるわ」
「ソフィアさんはメイジ?」
「ソフィでいいわよ。そうね、得意なのは風魔法と弓、普段はこのマルガの周辺で臨時パーティを組んだりして冒険者をやっているの」
「ふーん、風の魔法使いか、すごいね。風魔法っていうと竜巻を起こしたりとか、そういうやつ?」
「まあ、だいたいあってるかな」
「風の魔法、見せてくれる?」
「いいわよ、でもここは狭いから、今度町の外に出る機会があったら見せてあげるね」
おお、なんだか自然に話せた。
もっとお話していたい。
何かちょうど良い話題はないだろうか。
良い天気ですね、とか今更不自然か。
ご趣味は?
うーん、違うな。
「さて、練習しましょうか。今度はひとりでやってみて、廻して止める。廻して止める。ゆっくりやるのよ。ムリしないで。私は子供達を見てくるから」
ああ・・・、脳内で会話シミュレーションをしている間に行ってしまった。
イイ感じだったのに・・・
結局、ソフィは戻って来る事無く、その日はそのまま自習で終わった。
その後、ソフィとの再会を心待ちにする俺の心とは裏腹に、数日姿を見せなかった。
ソフィのいない日の午後はシスターが子供達を教えていた。
俺は子供達と一緒に出来るほど上達していないので、魔力ぐるぐるの自習を命じられた。
一人寂しく、魔力を廻す。地面に突っ伏す。魔力を廻す。地面に突っ伏す。を繰り返していた。
剣の授業の日もあった。
やはりボランティアの冒険者が教えに来ていた。
名前はボリス。
歳は四十代半ばくらいであろうか。
贅肉の付いていないヒョロリとした体形。
元気が良く素早しっこい子供達を、なんなくあしらっている。
「カズヤ!もっと真剣にやれ!それじゃ外に出て三歩目に死体になるぞ!」
この世界はハードモード過ぎる。
一応、剣は練習用の木剣、刀身にあたる部分にはさらに布が巻いてある。
兜らしき物と防具も着けているのだが、練習相手の子供が手加減なしで思いっきり打ち込んでくる。
容赦ない攻撃を防御するだけで手いっぱいだ。
攻撃を剣で受け止めるとビリビリと手が痺れ、剣を落とさないようにするだけで精いっぱいなのだ。
子供とはいえ、もうすぐ十三歳になるようで俺と背丈はそれほど変わらない。
百六十八センチは平均身長よりちょっと低いだけのハズだ!
だいたい、この世界の住人はガタイが良すぎる。
古代スパルタの三百人の精鋭のような屈強な男達が町を普通にウロウロしているのだ。
さっきまで『おにーちゃん、おにーちゃん』と慕ってきてくれたクセに、鬼の形相で肩、肘、足と防御の隙間を狙って剣を当ててくる。
俺に恨みでもあるのか?
アリスにまとわりついていたのを追い払ったから根に持っているのか?
アリスは誰にもやらんぞ。
聞いてみれば、アリスはもう十六歳で女の子というより女性に近くなっているのだが、俺の後ろでジャージの裾を握って隠れているイメージが強すぎて、兄どころか、すでに父親の心境である。
アリスを嫁に欲しくば、俺を倒してみせろ!
いや、やっぱり話し合いにしておこうか。
「カズヤ!もっと思いっきりやれ!回復魔法の使えるシスターがいるからケガしても大丈夫だ!即死だけはするなよ、ヒールが間に合わないからな!」
無茶言うなよ・・・・・
中学時代に野球部でバット振ったことがあるだけで、剣道の竹刀さえ握ったことがないのに、いきなりコレは無理ゲーすぎる。
「にーちゃん、よえーなー、大丈夫?」
教会の裏庭に寝転がり空を見上げる俺を、子供が見下ろしている。
うるさい、お前らの成長が良すぎるんだ。
いじけて、そのまま草の上に寝ていたら、他の子供達も集まってきて、俺を木剣の先でつつき出した。
「うがーーーっ!」
叫び声を上げ、飛び上がったら、笑い声を上げて散って行った。
俺は道の真ん中に落ちているウンコじゃない。
棒でつつくのはヤメロ。
剣を覚える前に、おもてなしと思いやりの心を覚えるべきだ。
ちょっとばかり手を抜くとか、わざとスキを見せるとかしてもいいハズだ。
俺のいた世界に『接待ゴルフ』という言葉があるのを教えてやりたい。
兜を脱いでへばって座り込んでいると、ボリス教官殿が。
「どうした、他の転生者の連中は、型はダメだが思いっきりだけはいいぞ?」
あいつら防御補正の入った高級品の装備をゲーム世界から持ち込んでいるから雑魚の魔物の攻撃など痛くも痒くもないハズだ。
あんなチート連中と一緒にしないで欲しい。
このように、この世界でどうにかこうにか生きる為の自己強化を模索しながら過ごしていたのだが、驚愕の事実を知ってしまった。
この教会は治療院も併設して経営している。
治療費は孤児院の経営もあるのでタダではないが、一応良心価格ではある。
ある日、シスターの恰好をしたアリスが治療院の中に入って行くのを見かけたので、何かと思い覗いてみたら、町のひとを回復魔法で治療していた。
教会の中で、優しくお年寄りに声を掛けるアリスは、マジ天使。
「あの子、かなり腕の良い治療師よ。知らなかったの?」
シスターアデリンが感心している。
知らなかった。俺と一緒で、この世界に置き去りにされた仲間だと思っていたのに、仕事を得ていたなんて・・・。
孤児院で居候しているのは、俺だけなのか?
ちなみにシリウスは夜になると町から出て行って、イノシシや野鳥や雑魚の魔物などを捕まえて自分の食い扶持は確保しているようだ。
シリウスよ、お前もか・・・。
無職だけど異世界にきて勇者になるという話はよくあるが、もとの世界で普通に仕事していて異世界に来たらニート、しかも孤児院暮らしだなんて・・・。
ナニか違うぞ?
運営さん!システムエラーです!俺だけバグってますよ!
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