第3話 孤児院

 促されるまま、フルタ課長さんの後に従って冒険者組合の外に出る。

 外の景色はすでに夕暮れ。

 三角形の尖塔の向こう側に赤い夕陽が回り込み、細長い影を石畳の上に落としている。

 この異世界でも、夕日が沈む方角は西で良いのだろうか。

西から上ったお日様が東に沈むのはバカボンのお父さんだけだよな。

 そんなどうでも良い事が、自然と頭の中に浮かんで消える程度には放心していた。


 街を一直線に走る石畳の中央通りは、仕事帰りか、はたまた、これから夜の街へ繰り出すのか、雑多な人で溢れている。

 大きな剣を背負った剣士風の男性、ローブを着て手に持った杖を地面にコツコツ叩きながら歩く魔法使い、中にはビキニアーマーを着たアマゾネスのような女性もいた。

 雑踏の中、カポカポ蹄を鳴らす白い馬が、金の模様で飾られた高級そうな馬車を曳いて、通り過ぎて行く。

 車のエンジン音や横断歩道のスピーカーから響く機械的な音が排除された世界。

 生の人の声と足音が直接、耳に飛び込んでくる。

 人の数だけなら元の世界の駅前通りに比べるべくも無いが、この世界に着いてから初めての都会。

 田舎から都会に連れてこられたおのぼりさんのように、周りの景色に圧倒されながら、アリスと手を繋ぎ、後ろにシリウスを従えて歩く。






 メインストリートらしき道を、俺がこの街に来たのとは反対方向に歩いて行くと、教会のような建物が見えてきた。

 白っぽい煉瓦を積み上げた大きな建物で三角形の尖った屋根がついている。

 元の世界での西欧宗教のような十字架は見当たらない。

 その代り、あちこちに雪の結晶のような、あるいは、花を簡略化したような幾何学模様の印が飾られている。

 おそらく、あれがこちらの宗教のシンボルマークなのだろう。

 大きくて細長い菱形が四つ、上下左右、十字型に配置され、その間に、それよりも小さくて細い菱形が配置されている。

 なにか理由でもあるのか、右下の小さな菱形の部分が欠けていて、空白になっている。

 四つの大きな菱形と三つの小さな菱形で構成されている図形。

 足りない空白部分が、なんとなく落ち着かない不安定な気持ちにさせる。


 門から正面玄関に位置する大きな扉に続く境内には所々に石像が立っていて花が添えられている。

 観音開きの扉は開け放たれており、中を覗くと中央正面の教壇らしきものに向かって木製の長椅子が並んでいるのが見える。


「ここで待っていてください。責任者のかたに話をしてきます」


 そう言って課長さんは俺たちを教会の入口に残し奥の部屋に入って行った。

 手持ち簿沙汰で、なんとなしに辺りを眺める。

 やっぱりこの世界の宗教施設のようだ。

 裾が長めの学ランみたいな詰襟の服装の男性。

 女性は、裾が腰の上辺りで終わるボタンが二列並んだダブルの前合わせの上着、幅広のプリーツを付けられたロングスカート。

 男性、女性共に青系統の色で上下構成されている。


 もとの世界の西欧宗教に外観の雰囲気は似ているが、ホール正面に一体、左右の壁際にそれぞれ三体、合計七体の石像がある。多神教のようだ。

 女性型の石像も混じっている。


 身の置き所なく、ぼーっと立っている俺達を、教会を訪れた信者らしき人達が、胡散臭げにちらちら見ている。

 なにしろ、現在の装備は学生の頃からのイモジャージと部屋履きのサンダル、 防御力にマイナス補正がかかっていそうだ。

 はじめに着ていたはんてんは山の中で泥まみれになってしまったので、とっくに捨てていた。

 おまけに女の子連れ、オオカミ連れである。

 肩身狭いなあと、この放置プレイに耐えきれなくなってきた頃、フルタ課長が神父さんらしき人を連れて戻ってきた。

 前に立つと厳つい顔でこちらをじっと睨みつけてくる。

 ロバート・デニーロそっくりな強面の壮年男性。

 背はそれ程高くは無いが、肩幅は広く、上に立つ者の貫録を感じさせる。


「ロバート司教、こちらが先ほどお話した転生者のカズヤ殿です」


 まさかの大当たりであった。


「カズヤ殿ですね、この教会の責任者をしております。ロバートです」


 右手を差し出してくる。

 こちらもおずおずと手を出し、慣れない握手を交わす。


「カズヤといいます。よろしくお願いします」


 握手したとき、頭は下げていいのか、下げなくていいのかよくわからないので、とりあえず日本人らしくペコペコしてみる。

 ところが突然、片手で握手をしたまま、もう一方の手でがっしりと俺の肩をつかんできた。

 驚いたような顔で、じっと目を覗きこんでくる。

 これが異世界の初対面での作法なのであろうか。

 慣れない距離感に戸惑いながら、体を硬くして受け止める。

 眼圧と顔圧が凄い。

 それにしても、ちょっと時間が長いぞ?


「あの・・・、俺になにか?」


 神父さんが、びっくりしたように後ずさって、手を放してくれた。

 どうしてこっちのヒトは俺のことを、いちいち驚いて心配そうな目でみるのか?

 言いたいことがあるなら言ってほしい。

 俺が何かしたのかと妙に不安になるじゃないか。


「いや、失礼しました。こちらのお嬢さんがアリスだね、ロバートです」


 アリスに体を向けて、笑顔を作り穏やかに話しかける。

 俺の時と随分対応が違うなあ。

 全力で抱擁されても困るが、俺のときにも笑顔で話しかけて欲しかった。


「アリスです。よろしくお願いします」


 アリスは小声で挨拶し、早々に俺の背中に隠れてしまった。

 目の前の怖いオジサンに萎縮しているようだ。


「お話は伺いました。大変でしたね。不便があるかもしれませんが、どうぞ気兼ねなく過ごしてください。こちらはシスターアデリン、教会の副責任者です。こちらはシスターマリサです。孤児院の監督をしてもらっています。ひとまずシスターマリサに案内してもらってください。今日はもう遅いですから、夕食を摂って、ゆっくり休んでください。これからの生活の相談、詳しい話などは明日からにしましょう」


「では、私はこれで組合に戻ります。何か困ったことがあったらいつでも来てください」


 そう言ってフルタ課長は去って行った。


「こちらにどうぞ、案内いたします」


 進み出てきた女性、シスターマリサに案内され、教会の奥へ進む。











「先程はどうしたのですか、司教様。ずいぶんと驚かれていたようですが、あの転生者の方に何か?主神の祝福でも受けていましたか?」


「いや、主神だけではなかった」


「は?」


 そう、ソラリス神だけではなかった。

 それに、あの少女・・・、かなり前の事だがカタロニアの宮廷で見かけたことがある。

 あれは・・・。










 シスターマリサの後に続き、別棟の建物に入って行く。

 板張りの廊下の向こうから子供達の声が聞こえてくる。


「ここは教会で運営している孤児院です。魔物に親を殺されたり、様々な事情で行き場を無くした子供達を引き取っています」


 大きな部屋に通されると、食堂のようで三十人くらいの子供達がきちんと席についていた。


「「きゃーーーー」」


 椅子から飛び上がり部屋の隅に逃げていく、いかん、シリウスのことを忘れていた。

 俺とアリスの間からニョキっり顔を出している。

 しぐさは可愛らしいのだが、いかんせん大きすぎるので、お座りポーズをしても 俺の肩くらいに顔が届くし、だらりと口から出た舌が長い。

 俺と司教が話している間もおとなしく、後ろに控えていた。

 TPOをわきまえる狼、シリウス。


「はい、はーい、静かにしなさーい。」


 シスターマリサが、手慣れた様子で子供達を席に戻していく。


「大丈夫よー。いいですかー、このオオカミは良いオオカミでーす。ですが、町の外にいるオオカミは悪いオオカミでーす。見かけたらすぐに逃げて、大人のひとに知らせるんですよー。わかりましたかー」


「「はーーーい」」


 ついでに教育材料にしたようだ。


「今日からみなさんと一緒に暮らすことになった、カズヤお兄さんとアリスお姉さんと、良いオオカミのシリウスです。仲良くしてあげてくださいね」


「「はーーーい」」


「では、あちらの席へどうぞ」


 うっ、いつの間にかロバート神父が席に座っていて、正面に席が二つ空いている。

 やっぱし神父の真向かいが俺だろうな。

 夕食の献立は、野菜が入ったスープ、サラダ、パン、煮込まれた肉のかたまり、添え物に大きなジャガイモ。

 シリウスにも肉と麦やらトウモロコシやらがごった煮になったものを出してくれた。

 子供たちは、食事を目の前にして、あれが好きだ、これが嫌いと騒がしい。

 落ち着いて座っている子も、好奇心に目を輝かせて俺とアリスとシリウスを見ている。

 ガキ大将みたいに、声を大きくしてはしゃいでいる男の子。

 ひそひそ話をする女の子のグループ。

 この場面だけ切り取れば、異世界だという気はしないなあ。

 ありふれた小学校の給食時間のようだ。

 神父さんが立ち上がるとスイッチを切ったように静かになった。


「今日の糧を与えてくださった神々と大地に感謝を」


 みんな目を閉じて祈っている。

 俺もあわててお祈りのフリをする。


「では、いただきましょう」


「「いただきまーす」」


 食べはじめた周りに習って俺もフォークを取る。

 うん、おいしい、でもこの肉はなんの肉だろう?

 牛でもないし豚でもなさそうだ。

 異世界テイストでちょっと獣臭いような気もするが柔らかくてうまい。

 食べながら神父さん、正確には司教と言うそうだ、とお話しした。

 この世界に来てからの事、山の中で襲ってきた男達とアリスの事、何か不思議な流れに押し流されて、今、このテーブルに辿り着いた事を話した。

 組合の受付のお姉さんの事などを話したら笑ってくれた。

 よかったシャレも通じるようだ。

 この街のことなども聞かせてもらった。

 はじめは、いかついコワモテに緊張したが、穏やかに聞いてくれて印象がずいぶん変わった。

 そういえば元の世界でも坊さんは聞き上手、話し上手なひとが多かったな。

 俺の話を邪魔する事無く、静かに相槌を打ち、耳を傾ける司教の態度に、いつの間にか自然と打ち解け、戸惑いだとか、不安だとか、自分でも良く分からない今の気持ちを、長々と語ってしまっていた。

 食事を終えた子供達が俺の後ろに集まって何か言いたそうにしている。

 仲間から押し出された子供が遠慮がちに聞いてきた。


「遊んでいい?」


 部屋の隅で寝そべっているシリウスを指さしている。

 席を立ってシリウスの傍に行き、手を取っていっしょに背中を撫でてやる。

 おとなしく撫でられているシリウスに安心したようで、遠くで見ていた子供も集まって来た。

 わあわあと大勢の子供にじゃれつかれて、もみくちゃにされているシリウス。

 それでも、ここは我慢という顔をしておとなしくしていた。


 ひとしきり子供達と遊んだあと、シスターマリサに部屋に案内された。

 アリスが俺のジャージの裾を握りしめて違う部屋になるのを嫌がったが、いつまでもお風呂も一緒、寝るのも一緒というわけにはいかないだろう。

 イヤ、お風呂は一緒してないが、ここまで来たらもう安全なので、俺ひとりだけで何処にも行かないからと約束をして別れた。


 部屋いっぱいに三段ベッドが三つ置かれている。

 俺の場所は奥の一番上の段だそうだ。

 この孤児院を卒業した子供が残していった服をもらった。

 子供達はだいたい十六歳くらいになると卒業していくそうだが、はたして十六歳の服が着れるだろうかと思って試してみたらピッタリサイズだった。

 しかもズボンの裾が長くて引き摺ってしまう。

 百六十八センチは日本人男性の平均身長よりちょっとしか低くないハズだ。

 ちょっと低いだけのハズだ。

 釈然としない気持ちを抱えながらも、礼を言って、ありがたく頂戴した。


 寝間着は貫頭衣という頭からすっぽり袋を被るかんじの服を渡された。

 この世界では男性も女性もこれを着て寝るのが一般的だそうだ。

 長さは膝くらいまであるが、ロバート神父がこれを着て、服の下からスネ毛を生やした足が飛び出しているかと思うとちょっと笑ってしまった。


 梯子を上って三段ベットの一番上に、転がり込む。

 天井が近い。

 うっかり起き上がると頭をぶつけてしまいそうだ。

 仰向けになり、天井を見ながら、これまでの事、これからの事を考える。

 あらためて落ち着くと、急に不安が押し寄せてきた。

 そういえば、今まで、何もかもが意外すぎ、突然過ぎて、こんな風に怯えることも出来なかったのだなあ。

 そんなふうに、なんとなく、他人事のように思った。

 寝台のマットは少し硬く、後から入ってきた子供達が騒がしかったが、久しぶりの清潔な寝床が気持ちよくて、あっという間に眠りに落ちた。










 その日、冒険者組合に大きな事件が報告された。

 バルト王国の西にあるカタロニア帝国が日本からの転生者によって武力占領された。

 占領軍の中心は、元の世界のゲームの中でも最大手の武闘派クラン『Line of the fool』(愚者の行列)。


 クラン盟主の当時のキャラクターネームは『アルステア』だった。

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