第48話

 嫌悪の神具はゴキブリ化したカオルに乗るマタオたちが正面から加速してくるのを確認して、臨戦体制に入った。


 バカめ、セクス存在エネルギーを温存したいんだろうが、そんなスピードで俺様に触れられるわけがないだろ。


 嫌悪の神具は心の中でそう考えながら、カオルに乗るマタオが伸ばしてきた右手をヒョイっと避け、長い前足で彼の首を切断しようとする。


「今度こそ死ね!」


 しかしその攻撃はマタオたちを乗せているカオルによってヒラリとかわされた。まるで先程嫌悪の神具自身がマタオたちの攻撃を避けたように。


 ほう、今のが当たらないか。一瞬スピードを上げたのか?


 嫌悪の神具は心の中で疑問を浮かべながら、その後も構わず追撃を試みた。しかしその攻撃はことごとくカオルによって避けられてしまう。


 はぁー!? おいおいなんだこりゃ!? こいつらさっきより明らかにスピード落としてるだろ? なんで俺様の攻撃が当たらねーんだよ!? あっ!? そうか! もしかして加速のねーちゃんがゴキブリ化したことで空気の流れが分かるようになった!? だから加速を抑えても俺様の攻撃を避けれるのか。いやいやちょっと待て、その前になぜ加速のねーちゃんは俺様の能力でゴキブリ化しているのに手下にならねー? 顔もそのままじゃねーか? ……くそったれ! 分かった封印の神具の野郎か! あいつ途中で俺様の能力の進行を止めやがったな!! こいつらバカなフリして緻密に計算していやがる!


 嫌悪の神具はマタオたちのカラクリに気付きながらも、諦めずに攻撃を続けた。


「うわぁー凄いな! 僕も触れられないけど、嫌悪の神具の攻撃も全然当たらない! いいぞ、その調子だ白州さん!」


 マタオは間一髪で致命傷になる嫌悪の神具の攻撃を華麗に避け続けるカオルに、テンションが上がって言った。


「私も自分でビックリしてますわっ! 嫌悪の神具さんの動きが空気を通じてビンビン伝わってきますの! まるで自分の身体じゃないみたいです!」


 カオルもマタオと同じく興奮しながら答えた。


「そやさか実践した方が早い言うたやろっ! 今のカオルはゴキブリさんの特性も受け継いどるんやさか、当然身体能力も人間の時より上がっとる! 二倍速でもヤツの攻撃を避けるぐらいはできるでっ!」


 キラユイは得意げに言った。


「凄いなゴキブリ! 僕は今までの人生でゴキブリに感謝することは絶対にないと思っていたけれど、今日だけは本当にありがとうと言ってやりたいぐらいだ! 下等生物とか言ってごめんよー!」


 マタオは全てのゴキブリに対して謝罪した。


「私もゴキブリに感謝したいですわ! 負傷していてもこんなに動けますし、かつてないほどに身体が軽いですわー!」


「そやろがそやろがぁー! ようやくお前らにゴキブリさんの素晴らしさが伝わってワシも嬉しいでっ! ゴキブリさんバンザーイ!! ほれ、お前らも言うんや! みんなで声を揃えて結束力高めるでっ! せーのっ!」


「ゴキブリさんバンザーイ!!!」


 三人は声を合わせて力強く叫びながら、嫌悪の神具との攻防を繰り広げた。


 な、なんなんだこいつら! バカに勢いづきやがった!? ちっ、このままじゃ埒があかねー! さっきの嫌な幻影ブラックファントムと身体を覆っているセクス存在エネルギーのせいで俺様もキツくなってきたし、そろそろ手下と合流する頃合いか。


 嫌悪の神具はマタオたちへの攻撃を諦めると、カサカサダッシュで方向転換して、ゲームコーナーの入り口を破壊しながら、ショッピングセンターの外に出た。


「あかん! 長期戦になるとマズイでっ! はよう追うんやカオル!」


「はいですわ!」


 そしてマタオたちも急いで外に出た。しかし思いもよらぬ光景が目の前に広がってくる。


「う、うわぁー!! なんだこれは!?」


「流石に冗談ですわよね?」


 マタオとカオルは絶句した。外は人間サイズのゴキブリで溢れており、ショッピングセンターの一帯はすでに地獄と化していた。


「ハッハー!! どうだお前らっ!! ざっと見て千匹ぐらい居るか? ここまで手下が増えちまえば、さすがのお前らもタダじゃ済まねーだろう! まあ俺様も鬼じゃねーからなー! 加速のねーちゃんは封印の神具さえなけりゃ手駒にできるし、利用できる間は生かしといてやろう! だが封印の神具を所有するお前! マタオとか言ったか? あとその後ろに乗っている黒髪のねーちゃんはダメだ! ゴキブリにならねー奴は生きる権利がねーからなあ!」


 嫌悪の神具は駐車場で陣形を組んでいた手下のゴキブリたちの先頭に立って、ゲームコーナーの入り口付近で唖然としているマタオたちに大声で呼びかけた。


「ワシはむしろゴキブリさんになりたいぐらいなんやがっ!!」


 キラユイはカオルの背中の上で立ち上がると、嫌悪の神具に個人的な思いを訴えた。背負っているゴキブリのぬいぐるみもアピールしている。


「ハッハー! なるほど! だからお前はさっきマタオと離れていた時もゴキブリにならなかったのか! 封印の神具に守られていないのにおかしいと思ったぜ! しかしそりゃ無理な注文だ! 俺様たちに嫌な感情を抱かなきゃゴキブリにはできねー! 人間の中にもお前みたいな変わり者がいるのも知っているが、俺様はこの世界のいやを象徴する嫌悪けんおの神具だからなー! 嫌われるのが存在意義なんだよ! だからゴキブリにならねー奴と所有者は全員殺す! セクス存在エネルギーも奪わねーといけねーし、この世界をゴキブリで溢れた嫌悪の世界にするのが俺様の目的だからなっ!」


 嫌悪の神具はキラユイの申し出をキッパリと断った。当然だが、ユイと入れ替わっている彼女がアシスタントのキラユイだとは気付いていないようである。


「ぐぬぬ、こんなにもゴキブリさんを愛しておるのにぃー! カオルばっかりずるいでっ!」


「痛い! 痛いですわキラユイさん! 八つ当たりでお腹を蹴らないで下さい! 一応そこ負傷してますのよ!」


 カオルは長い足で必死にガードしながらキラユイに言った。


「おい! バカなことをやっている場合じゃないぞ! ここは一旦逃げた方がいいんじゃないか?」


 マタオはあまりにも不利な状況に焦って言った。しかし逃げようにもそんな隙はない。


「さあお前らいけ! 奴らを食い殺せっ!」


 嫌悪の神具は手下のゴキブリたちに命令すると、自分はセクス存在エネルギーを温存するため、後方に下がった。


「ギィー!! ギィー!!」


 そしてゴキブリたちは鳴き声をあげながら、一斉にマタオたちに襲いかかるのだった。

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