第49話

「来たぞカオル! できるだけ加速せんと奴らの攻撃をかわすんや!」


 キラユイは雪崩のように突進してくるゴキブリたちを確認しながら、カオルに命令した。


「いや無茶だろ! いくらセクス存在エネルギーを温存したいからって、この数のゴキブリの攻撃を加速なしで全部かわすのは……」


「できますわよマタオさん!! キラユイさんが先ほど検討すると言っていたベロキス十秒を、検討ではなく確定にしてくれるなら!」


 カオルはマタオの心配を吹き飛ばすように、力強い口調で言った。


「はあ? ベロキス検討からベロキス確定にしろだって? こんな時になにをふざけているんだい? 了承するんじゃないぞキラユイ、本来検討することさえ許されないんだからな」


 マタオは顔をしかめながら釘を刺した。しかしキラユイはそれを無視するように「うむ、言う通りにできたらええやろ」と、即答で了承する。


「こら! 軽々しくオッケーするんじゃない!」


 マタオは振り返って、自分の後ろに乗っているキラユイに激怒した。


「まあそう怒るでない、ワシかて遊びで言うとるんとちゃうわ。ここで加速を使ってカオルのセクス存在エネルギーを消耗すれば嫌悪の神具の思うツボやで。そやさかアイツは手下にワシらを攻撃させて、自分は後方で待機しとるんや。加速できんようになったワシらを確実に殺すつもりでな」


「だからってベロキス十秒を確定させたところで何が変わるんだよ? 白州さんのテンションが上がるだけだろ?」


 マタオは理解できない様子で言った。


「それが大事なんや。所有者のセクス存在エネルギーはその時の精神状態でも変動するさか、カオルの士気が上がるとセクス存在エネルギーも多少増加するんや。ベロキス十秒で嫌悪の神具を封印できる可能性が上がるんやったら安いもんやろが。それが嫌やったらなんか代案を出さんかい」


「……ぐっ、確かに加速の神具もさっきそんなこと言っていたな。し、しかし……」


 マタオはキラユイの論理的な説明に、全くと言っていいほど返す言葉が見つからなかった。


「フォォー!! きたきたきたぁー!! ベロキス確定ですわぁー!! ベーロキシュッ! ベーロキシュッ! ベロとベロをぉー擦り切れるまでぇーズーリズリィー!!」


 カオルはキラユイのお許しを確認すると、マタオの許可など気にしない様子で下品な言葉を叫んだ。そして次々と襲いかかって来るゴキブリを僅かな空気抵抗を頼りに紙一重でかわしていく。


「ぎゃああぁー!! 加速なしだと敵の動きが速くて怖いー!! 死ぬぅー!! 変な汁が顔にかかったぁー!! 白州さんもう加速してぇー!!」


 マタオは右手で触れないようにしてカオルの背中にしがみつくと、泣きそうな声で叫んだ。顔にかかった汁は手下のゴキブリのヨダレのようである。


「今加速するとベロキス十秒がなしになってしまいますので、無理ですわよ。ついでにセクス存在エネルギー切れも怖いですし」


 カオルは固い意思を持って答えた。彼女にとってはベロキス十秒が最優先であり、セクス存在エネルギーを節約するのはオマケのようである。


「だからって気合いでなんとかなるレベルじゃないぞっ! うわぁー!! まだいっぱい来てるぅー!!」


 マタオは絶叫系のジェットコースターにでも乗っているような恐怖を感じながら叫んだ。


「アッハッハー! ええぞカオルその調子や! だいぶゴキブリさんの身体を使いこなせるようになってきたようやな! このまま嫌悪の神具と距離詰めたら残りのセクス存在エネルギーを全部使って加速するでっ! それでしまいや!」


 キラユイは自力で手下のゴキブリの攻撃を避けるカオルを見て、笑いながら言った。めちゃくちゃ楽しそうである。


「オッケーですわー!! 加速の神具さん、私の残りセクス存在エネルギーで何倍速までいけますの?」


「うーん、三人で加速するなら三倍速ぐらいが限界かなー、多分」


 加速の神具は不安そうに言った。


「それやと無理や、ワシの見立てやとゴキブリ化した今のカオルのスピードでも、十倍速は出さんと嫌悪の神具には触れられんやろう。ヤツはまだ余力を残しとる」


 キラユイは先ほど三人で一緒に加速した時に、嫌悪の神具のセクス存在エネルギー総量を注意深く観察しながら、おおよその実力を測っていたらしく、真面目な口調でそう言った。


「ゴキブリ化した白州さんのスピードでも十倍速必要なのかよ! 嫌悪の神具はマジでバケモノだな! でも白州さんの残りセクス存在エネルギーが足りないんじゃ話にならないぞ!」


 マタオはゾッとしながら言った。


「ほな加速するのはカオルだけや、一人やったら十倍速イケるやろ?」


「そうだね、それなら大丈夫だと思うよ。カオルの士気が上がった分のセクス存在エネルギーもあるしね」


 加速の神具はキラユイの提案に了承した。ベロキス十秒を確定させた効果はしっかりとあったようである。


「でも白州さんだけ加速した場合、スピードについていけないから僕は右手で嫌悪の神具に触れられないぞ? どうやって封印するんだ?」


「必要ないて、マタオはなんも考えんと右手を前に出しとったらええ、あとはカオルが嫌悪の神具に体当たりすれば自動的に触れられるやろ、それで封印や」


「なんだが雑な作戦だな」


「シンプルが一番ええんや! とにかくワシが合図したら十倍速で加速して、嫌悪の神具にマタオの右手を触れさすんやでカオル!」


「了解ですわ!」


 キラユイの作戦に力強く返答したカオルだったが、次の瞬間、ついに手下のゴキブリがカオルの長い足に喰らいつき、引きちぎられた。


「ぎゃああー!! 白州さんの足が持っていかれたぁー!!」


 一番近くでそれを確認したマタオは、悲鳴に近い叫び声をあげた。


「静かにして下さいマタオさん。ゴキブリ化してますから足なんて六本ありますし、真ん中の一本ぐらい失っても大丈夫ですわ。この状況が気合いでどうにかならないのは重々承知しておりますし、多少の犠牲は覚悟の上です」


 カオルは悲鳴一つ出さず、ガンギマリの顔でマタオに答えた。そして引き続き加速なしでゴキブリたちの攻撃を避けていき、着実に嫌悪の神具との距離を詰めていく。


「な、なんという執念! どれだけキラユイとベロキスしたいのかがひしひしと伝わってきやがるっ! 白州さんあんたバカだよっ! 僕の負けだ! 今回だけはベロキス十秒確定だぁー!!」


 マタオはカオルの覚悟に感極まって、とうとうキラユイとのベロキス十秒に許可を出した。


「フォォー!! お兄ちゃん公認ベロキスきたぁーー!!」


 カオルはマタオのお許しを確認すると、人生で一番士気が上がったらしく、能力を使っていないのにスピードは加速時の二倍速の域にまで達していた。しかしそれだけで切り抜けられるほど甘くはない。手下のゴキブリの数があまりにも多すぎる。


「ああぁー! また一本カオルの足がもげたでぇー!! 今度は真ん中の反対側の足やぁー!!」


 キラユイは再び手下のゴキブリにカオルの足が食いちぎられたのを確認して叫んだ。


「マジかぁぁー!! 白州さん大丈夫かぁー!?」


「フォォー!! むしろこれで四本足になったのでバランスが取れましたわぁー!!」


 カオルは引き続きベロキスが確定したことで幸せホルモンが脳内を支配しているらしく、痛みなど全く感じていない様子で答えた。這いずってでも嫌悪の神具にマタオの右手を触れさせるつもりである。


「な、なんだあの鬼気迫る身のこなしは? しかもセクス存在エネルギーが消費されていないところを見ると自力か? ありえねー! 加速のねーちゃんがゴキブリ化しているとはいえ、背中に二人乗せているんだぞ? それにダメージも相当のはずだが……あの状態でなぜ手下の攻撃を避けながら俺様に向かって来れる? なにがあいつをここまで突き動かしているんだ?」


 嫌悪の神具は絶望的な状況の中、怯むどころか士気を上昇させながらぐんぐん迫ってくるカオルとマタオたちを確認すると、ドン引きの様子で呟いた。まさかカオルがベロキス十秒のために命を懸けているとは夢にも思わない。


「いや、受け身になっている場合じゃねー! おそらくあいつらは俺様と距離を詰めてから残りのセクス存在エネルギーを使って、一か八か全力で加速するつもりだ! つーかそれ意外に方法はないはず。もはや余力を残して戦えるような相手じゃねぇー! 小細工はもうやめだ! 全力で相手しよう!」


 嫌悪の神具はなんだか清々しい気分になって言った。そしてほとんどのセクス存在エネルギーを消費し、覚悟を決めて必殺技を宣言する。


「シング・シング!! 蜚蠊闘技場ゲテモノコロシアム!!」

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