第47話

「うわ、気持ち悪っ」


 マタオはみるみるゴキブリ化していくカオルの身体を見て思わず顔を背けた。


「よし今やっ! 今度はまたカオルを封印の神具の能力で守るんや!」


「は? また? なんで?」


「ええから早うせんかっ! 手遅れになるでっ!」


「お、おう、なんかよく分からんが頼む封印の神具!」


「はい、マタオ様」


 そして再び封印の神具は能力を発動し、カオルの身体を封印の力で覆った。その結果、彼女のゴキブリ化はそこで止まって、身体はゴキブリであるが顔はカオルのままとなった。スナズと同じ状態である。


「よし成功やっ! おいカオル! 気分はどうや? 動けるか?」


 キラユイはカオルのゴキブリ化した身体を足で突きながら尋ねた。


「……う、ううーん、なんですの? あれ? 脇腹の傷が治っていないのに動けますわ!? っていやぁぁー!! なんで私ゴキブリになってますのー!?」


 カオルは長い前足をウネウネさせながら叫んだ。


「ごめん白州さん、キラユイに言われて封印の力をちょっとだけ解除したんだ。だから嫌悪の神具の能力で顔以外はゴキブリ化してしまったんだよ。しかしなぜ元気になったんだ?」


 マタオはカオルに説明しながらキラユイに尋ねた。


「やはりワシは天才やでっ! ゴキブリさんは生命力も凄まじいさか、カオルもゴキブリになったら助かると思ったんや! しかも完全にゴキブリ化したら嫌悪の神具の手下になってしまうさか、途中で封印の神具の能力で食い止めたでっ!」


「な、なるほど! だから顔はそのままなのか!? 血迷ったかと思ったがそういう作戦だったんだな、とはいえ恐ろしい人体実験だ」


 マタオはキラユイの説明に納得しながら言った。


「……まあ確かに死ぬよりはマシですわね。ありがとうございますキラユイさん。身体はゴキブリで最低の気分ですが、なんとか加速の能力も使えそうですし」


 カオルはそう言ってその場で軽く加速して見せた。むしろ人間の時よりも壁や天井を自由自在に走り回れるようである。


「うげぇー、ゴキブリの姿で加速するとキモさ百倍だな。しかも顔だけは美人だから破壊力がヤバい」


 マタオはドン引きしながらカサカサい回っているカオルに言った。


「酷いですわよ! こんなにも頑張っていますのに!」


「そうやぞマタオ、カオルはようやっとるやないか! キモいとはなんやっ! むしろこっちの姿の方がカッコええでっ!」


 カオルとキラユイは興奮しながら訴えた。


「ああすまんすまん、つい条件反射で言ってしまった。カッコいいとは思わないけど、キモいと言ったの悪かったよ」


 マタオは思いのほか怒っている二人に謝罪した。


「とにかく準備は整ったんやさか! カオルの背中に乗って嫌悪の神具を封印するで!」


「え? ゴキブリ化した白州さんに乗るのか?」


 マタオはキラユイの提案に驚いて、思わず聞き返した。


「そらそうやで、マタオが近くにおらんかったら封印の神具の効力もなくなるし、そもそもカオルに触れてなかったらいざという時一緒に加速できんやろ? ゴキブリ化しとんのに手ぇなんか繋げんし、そもそも手ぇやなくて前足になっとるがな」


 キラユイはカオルのうねうねしている長い前足を指差して言った。


「……た、確かに、理論的すぎて反論できねえ。うわぁー、乗りたくないなあ、菌とか大丈夫?」


 マタオはあからさまに嫌な顔をして言った。


「じゃあマタオさんはここで嫌悪の神具さんに殺されるつもりですか?」


「そうやそうや! カオルの言う通りやでっ! しかもゴキブリさんの背中に乗れるチャンスなんて滅多にないんやし、早うマタオも乗るんや!」


 キラユイはそう言うと、目を輝かせながら人気アトラクションにでも乗るようにカオルの背中にまたがった。しかし彼女は背中にゴキブリのぬいぐるみを背負ったまま、ゴキブリ化しているカオルに乗っているので、マタオから見ると二匹のゴキブリが交尾しているような格好になり、絵面が大変なことになっていた。


「うわぁマジで乗りたくねえー。それでなくても能力発動中の右手で白州さんに誤って触れたら加速の神具を封印しちゃうから、乗るのも難易度高いっていうのに」


 マタオはゴキブリ化したカオルとキラユイをガン見しながら言った。親ゴキブリが背中に子ゴキブリを背負っているようにも見える。


「じゃあ置いていくぞ、ほれ発進やカオル!!」


「待て待てっ!! 分かった乗るっ! ていうか僕を置いていったら白州さんが完全にゴキブリ化して嫌悪の神具の手下になっちゃうし、封印もできないだろうがっ!!」


 そしてマタオは渋々キラユイの手を取って、彼女の前に乗った。意外にカオルの背中の乗り心地は悪くないようである。


「ぶっ、ブハハッ! お前ら正気かっ!? そんな状態で俺様を封印するつもりとは! ダメだ、間抜けすぎてが腹が痛い! いやはや、随分と舐められたものだな!」


 マタオたちの様子を興味深く観察していた嫌悪の神具は、バカにしたように笑った。


「おい、嫌悪の神具にめちゃくちゃ笑われてるぞ。本当に大丈夫なんだろうなキラユイ?」


 マタオは心配しながらキラユイに尋ねた。


「おうっ! 笑っておられるんは今のうちだけやっ! カオル、三人で加速するで、マタオとお前だけ加速したらワシだけ状況分からんくなるさかな」


「はい、それはいいのですが、大丈夫ですかね? 加速の神具さん?」


 カオルは心配そうに尋ねた。


「大丈夫と言いたいところだけど、カオルの残りセクス存在エネルギーを考えると無理だと思うよ。三人で十倍速なんて発動したら、その瞬間セクス存在エネルギー切れになってもおかしくない」


 加速の神具は不安そうに答えた。すでにカオルは相当のセクス存在エネルギーを消費していたようである。


「なにを言うとる、ワシかてそれぐらい分かっとるがな、誰が十倍速や言うた? 二倍速で十分や、それなら三人でも加速できるやろ??」


 キラユイは意外とカオルのセクス存在エネルギー残量について配慮していたらしく、加速の神具に妥協案を示した。


「うん、二倍速ならキラユイ様の言う通り三人で加速してもまだ大丈夫だと思う。でもそれじゃあ嫌悪の神具に通用しないんじゃないの?」


 加速の神具はキラユイの問いに答えながら、純粋な疑問をぶつけた。


「そうだぞキラユイ! 二倍速じゃ無理だろ! さっきは基本十倍速で緩急つけても嫌悪の神具に触れられなかったんだぞ!? それじゃあ触れるどころか嫌悪の神具の攻撃すら避けられないぞ!」


 マタオは加速の神具に同調して、キラユイの無謀な提案に反論した。


「大丈夫やて、どっちにしろ十倍速は使えんねさかしゃーないやろ」


「大丈夫だと!? お前またなにか隠しているんじゃないだろうな? 作戦があるならちゃんと説明しろ!」


 マタオは変に余裕のあるキラユイを不審に思って言った。


「実践しながら説明した方が早い、ほれカオル、ワシを信じろ、嫌悪の神具を封印できたらベロキス十秒検討してやってもええぞ」


 キラユイはニヤニヤしながら、跨っているカオルに言った。


「べ、ベロキス十秒検討してもらえますのぉー!? フォォーー!! やりゅやりゅやりゅー!! なんでもやりゅー!! 行きますわよっ! シング・シング! ベロキシュブーストォー!」


 カオルはキラユイの提案に錯乱しながら、必殺技を叫んだ。


「……そこは三人超加速トリプルブーストだろうが。もう僕は知らないぞ」


 マタオは説明不足のキラユイと豹変したカオルに怒る気も失せて、とりあえずいつでも嫌悪の神具に触れられるように右手を突き出して準備するのだった。

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