第37話
マタオたちは衣類コーナーから移動してフードコートに来ていた。
「うむ、寿司や焼肉もええが、このハンバーガーっちゅうもんもなかなかうまいやないか。ピクルスの酸味がよう効いとる」
テーブルにかけていたキラユイは、なにやらうんうん頷きながら食レポのように言った。先ほどのファッション審査のキャラを引きずっているようである。
「……キラユイ、味わって食べているところ申し訳ないんだが、それ僕のハンバーガーな。お前が頼んだのは目の前にあるチャーシュー麺だろうが」
マタオは苛立ちながら言った。
「あっ、そうやったそうやった、ワシとしたことが忘れとったわ。ほな返すで」
キラユイはそう言ってマタオに顔を近づけると、あーんと口を開けた。ハンバーガーだったものは咀嚼されてぐちゃぐちゃになっている。
「バカッ! そんなもの見せるな! 返さなくていいから口を閉じろ!」
マタオは下品すぎる行動をとった彼女に注意した。
「なんや、せっかくワシが気ぃ
キラユイはそう言って口を閉じた。
「キラユイさん! その咀嚼した唾液まみれのハンバーガー売ってください!」
彼女の隣でペペロンチーノをフォークに巻き付けていたカオルは興奮しながら言った。
「ペペロンチーノの上に吐き出してくれれば二百万バカー、口移しなら五百万バカー支払います!」
「うむ、口移しでええやろ」
「ありがとうございます! じゃあいただきまーす!」
キラユイの了承を得たカオルは、下品な顔を彼女に近づけた。しかしその口移しは向かいの席から伸ばしたマタオの手によって阻止される。
「だからいいわけないだろ? 白州さん、ただでさえ食事の席なんだからさ、汚い交渉はやめてくれ。キラユイもさっさと咀嚼したハンバーガーを飲み込むんだ」
彼は彼女たちにお決まりの厳重注意をした。
「わかっとるがな、さすがのワシもそんなことやらんわ。ジョークやがなジョーク、のうカオル?」
「ええ、そうですわ。マタオさんとの掛け合いが楽しくてやっているだけですわよ。冷静に考えて、友人が咀嚼したハンバーガーを私が買い取るわけないじゃないですか。いやですわ」
二人はマタオを軽くあしらいながら否定すると、何事もなかったかのようにそれぞれの食事に戻った。
「いや、僕が止めてなかったら交渉は成立していたはずだ。冷静に考えて、キラユイは金次第でなんでもやるし、白州さんは欲望のためなら友人の咀嚼したハンバーガーを大金で買う人だからね。僕を油断させるつもりなんだろうけど騙されないからな」
マタオはこれまで見てきた彼女たちの行いから、確信を持って言った。引き続き警戒は怠らないつもりである。
「すまないねスナズ君、一日に二回も見苦しいところを見せてしまって。薄々気付いているかもしれないが、この子たちバカなんだ」
「いえ、お気になさらず。むしろこんなに楽しい放課後は初めてでござるよ。いつもなら不良たちに血だるまにされているか、ミミズやら名前の分からない虫を食べさせられているところですから」
「……そ、そう、よっぽど酷い目に遭っていたんだね」
マタオは彼の悲惨な過去を想像しながら言った。
「いえ、慣れればなんてことはないでござるよ。毎日欠かさず暴行を受けていると打たれ強くなりますし、昆虫食も最近流行っておりますからなあ。むしろ不良たちが忙しくて相手にされない時の方が辛いぐらいですよ」
スナズは笑いながら言ったが、マタオには強がっているように見えた。
「スナズ君、いい加減素直になったらどうだい? 結局僕らが君を助けようとしても、君自身が今の状況をどうにかしたいと思わなきゃ、なんにも変わらないよ」
「……それはそうかもしれませんが、しかし皆さんに迷惑はかけられないでござるよ」
「迷惑かけてもいいんだよ、僕らは友達なんだから。むしろスナズ君がいじめられている方が僕にとってはいい迷惑だ」
「……マタオ殿! うわーん!! 本当は小生も皆さんと友達になりたいでござるよー!」
スナズは今まで我慢していたものがすべて吐き出されたような勢いでマタオに抱きつくと、彼の胸に顔を押し付けて号泣した。
「あはは、よしよし、それでいいんだ。いっぱい泣くといいよ」
マタオはスナズのハゲている頭頂部を優しく撫でながら言った。
「良かったですわね。具体的な方法はまだこれからですが、ようやくスナズさんの本音が知れたようで」
カオルはホッコリした様子で言った。
「ふんっ、男同士で気色悪い奴らやで、ほれ、食い終わったさか次はゲームコーナー行ってUFOキャッチャーやるで! スナズもいつまで泣いとるんや! チンポコついとるやったらシャキッとせんかっ!」
キラユイは椅子から立ち上がって言った。
「ううぅ、分かったでござる」
スナズはマタオから離れながら答えると、メガネを取ってハンカチで涙と鼻水を拭いた。
「……うぐっ、では小生はトイレで顔を洗ってから向かいますので、皆さんは先にゲームコーナーに行ってて下さい」
「おう、ほんならついでに飲み物も頼むわ、ワシ炭酸の甘いやつで」
「こら、スナズ君をパシリに使うんじゃない、買ってこなくていいからね。僕たちはUFOキャッチャーのところに居るから」
「分かったでござるよ」
そしてスナズは一人でトイレに向かった。
ふう、こんな展開になるとは思っていなかったでござるよ。しかしマタオ殿は本当にお人好しですなあ。小生なんかを助けてもなんのメリットもないですのに。
「いたっ!」
マタオのことを考えていたスナズは、トイレの入り口で人にぶつかった。
「す、すまないでござるよ」
「おう構わないさ、俺らは友達だろスナズ?」
「ひぃぃ!」
スナズが顔を上げると、男子トイレの中では昼休みの不良四人組が待ち受けていた。
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