第38話

「なっ!? なんでここに居るでござるか!?」


 スナズは青ざめた顔をしながら、トイレで鉢合わせた不良四人組に尋ねた。


「なんでって、放課後にお前を迎えに保健室に行ったら先客がいたんでなあ、しょうがねえから尾行してきたんだよ」


 不良たちのリーダーである一財いちざいは淡々と彼に答えた。


「なんですとっ!? じゃ、じゃあ小生らをずっと見ていたでござるか?」


「ああ、衣類コーナーからフードコートまでの様子は見させてもらった。ダメだろうスナズ? あの偽善者のマタオって先輩はともかく、キラユイさんや白州さんに迷惑かけちゃ? もう十分夢は見させてもらったんだからよ、そろそろ俺たちと一緒に帰ろうや。お前の好きなミミズとよく分からん虫も昼休みに捕まえてきたからよお」


 一財いちざいはそう言って手下の二財にざいがポケットから出したペットボトルを受け取ると、それをスナズに見せた。そこにはミミズと変な虫がパンパンに入ってうごめいている。


「ひぃぃっ! その量だと晩飯が食べられないでござるよっ!! それに小生はこれからゲームコーナーでキラユイ殿らとUFOキャッチャーを……」


「うるせえこのゴキブリのクソ以下が!」


「ぐはっ!!」


 スナズは勇気を持って断ろうとしたが、言い終わる前に一財に腹を殴られてその場にストンと膝を落とした。


「おい、四財しざいはトイレに人が入ってこないように見張っておけ。三財みざい二財にざいはスナズを立たせろ」


「うっす一財(いちざい》さん」


 三人の手下は彼の言う通りにテキパキ動いた。そしてスナズは二財と三財によって立たされると、そのまま壁に押し付けられる。


「なあスナズ、一財いちざいグループの末席である五財家ございけのお前が、俺に逆らうってことがどういうことか分かっているのか? お前みたいなもんがトーリエ学園に入学できたのも、お前の家族が裕福な生活を送れているのも、全部俺の親父のおかげだろうが」


 一財はスナズに顔を近づけて言った。どうやら家の問題があるようだった。


「そ、それは分かっていますが……しかしこのままでは帰れないでござるよっ! 後生です一財殿っ! ミミズとよく分からない虫は火を通してから全部食べますのでっ! 今日だけはそれで見逃して下さい! マタオ殿はこんな小生でも友達だって言ってくれたのですっ! それを裏切ることはできませぬぞっ!」


 スナズは思い切って一財に自分の意見を言った。いつも言われるがままに従っていた彼にとって、こんなことは初めてである。


「ほう、まさかお前が俺に逆らうようになるとはな。よし、ならお前が素直になれるようにいいことを教えてやろう」


 一財は薄笑いを浮かべながら言った。


「いいことですと?」


「ああ、中学の時にお前をイジメていた不良グループがあったろ? あれな、実は俺の手下なんだよ。ウリュバ・プットだったか? あのチビデブ丸メガネが自殺したのはしらけたが、まああんな施設育ちのブタは生きていても悲惨な人生を送っていただろうからな、お前らを可愛がってやれと不良たちに命令した俺に感謝してもらいたいぐらいだ。なかなか面白かったぜ」


「な、なんですとっ!? あの不良たちが一財殿の手下!? なぜそんな酷いことをしたでござるかっ!? 小生らは一財殿になにもしていないでござるよ!」


 スナズは新たな事実に驚愕しながら彼に尋ねた。


「ああそうだな、お前らは俺になにもしていない。だがなスナズ、お前は五財家の人間だ。知っての通り五財家は一財グループの中で不祥事が起こった時、身代わりになることを前提にグループでの存在が認められている。そんなお前に外部の友達ができて、変な気を起こされないように見張ってやるのが一財家の人間である俺の責務だ。今まさにマタオってやつの影響でお前が俺に反抗しているだろ? こういう状況にならないようにコントロールする必要があったわけだ。まあ元々お前は人に嫌がられる才能を持っていたから心配はしていなかったんだが、そこにウリュバのやつが現れて似た者同士仲良くなっちまったからなあ。不良たちに引き裂いてもらう必要があったわけだ」


 一財はまるでスナズのためにやっているような雰囲気で言った。


「ああ、それと言い忘れたが、あの中学にはまだ俺の命令で動く不良がたくさん在籍していてなあ、お前がこれ以上逆らうつもりなら大変なことになってしまうぞ」


「ど、どういう意味でござるかっ!?」


「言わせんなよ、薄々分かっているクセに。中学二年生になったばかりのウリュバの妹な、なんでも情報によると今は弁護士を目指して勉強を頑張っているらしいが、お前が意地を張り続けるのなら不良たちに強姦させて動画をネットにアップしなきゃならん。裸の写真も校内の掲示板に飾らなきゃいけないしなあ、俺も頑張っている女の子に手は出したくないんだが、どうするスナズ?」


 一財はギョロッとした目をスナズに向けながら言った。


「ひ、卑怯ですぞっ!! ウリュバの妹は関係ないでござる!」


「うるせえこの昆虫食こんちゅうしょく野郎!!」


「ぐはあっ!!」


 一財は再度スナズの腹を殴った。


「しょ、小生を昆虫食にしたのは一財殿たちでござるよぉ……」


「うるせえ! お前は黙ってどっちか選べばいいんだよ! ウリュバの妹を助けるか、ゲームコーナーで自分の楽しみを優先するか」


「ううぅ……そんなの選べないでござるよぉ」


 スナズはこれまでに想像を絶するイジメに耐えてきたが、今回ばかりは苦渋の選択だった。


「なら不良に連絡するぞ、あいつら元気いいからなあ、ウリュバの妹ちゃんも屋上から身投みなげしなきゃいいが」


 一財は携帯電話をポケットからスッと出すと、ポチポチ操作しながらスナズを脅した。


「ちょ、ちょっと待ってくだされっ!」


「早くしろよ! ウリュバの妹を助けられるのはお前だけなんだからな! お兄ちゃんはあの世に直行して身内はもう誰も居ないんだぞ! かわいそうだろうがっ!」


 一財はミミズとよくわからない虫が入っているペットボトルをスナズの頬にペシペシ当てながら言った。


「ブハハッ、一財さんまるで他人事みたいに言っちゃダメっすよ」


「そうっすよ、まったく人が悪い」


 二財と三財はそれぞれスナズの肩をガッチリ掴んだまま笑いながら言った。完全におちょくっているようである。


「ああ、そういやそうだったな、悪い悪い、全部俺が不良にさせたことだった。で? どうするスナズ? いいぜ別に、ゲームコーナーに行きたきゃ行ってこいよ、キラユイさんたちとUFOキャッチャー楽しいだろうな、俺はどっちでも構わねえ」


「……わ、分かったでござる」


「えっ? なんか言った? もう不良に送るメールの文面作成したんだが」


「しょ、小生は一財殿たちと一緒に帰りますっ! だからウリュバの妹には手を出さないと約束してほしいでござる!」


 スナズは友達だと認めてくれたマタオたちと遊びたかったが、だからといってウリュバの妹を犠牲には出来なかった。


「よしっ! よく言ったスナズ! お前はえらいぞ! 自分を犠牲にして他人を守るその心意気! 俺は感動した! 新鮮なミミズとよく分からん虫は火を通さずに生で食べさせてやるからな! じゃあゲームコーナー行って、キラユイさんたちにちゃんと言うんだぞ? お前らと居ても一ミリも楽しくないから友達にはなれないって、二度と学校でも話しかけんなって、そしたらダッシュで戻ってこい、俺らも近くでちゃんと見守っていてやるからな!」


 一財はスナズを抱きしめながら仏のような顔をして言った。


「……分かったでござるよ」


 結局スナズはマタオたちと会う前のテンションにすっかり戻った様子で言った。


「悲しい顔をするなスナズ、どうせあのマタオってやつもお前のことを本当の友達だとは思っていない。あの手の人間は可哀想な他人になにかをしてやって自分が嬉しい気持ちになりたいだけの変態野郎だ。快楽の報酬をしっかり受け取っていながら無償で奉仕したような気でいやがる。そんな偽善者に騙されるんじゃないぞスナズ! さあ行ってこい!」


 そしてスナズは一財たちに解放されると、青ざめた顔でゲームコーナーに居るマタオたちの元に向かうのだった。

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