第29話
「どういうことだい? ウリュバ君はスナズ君の唯一の友達だったんだろう? なぜそんな彼が不良グループたちの仲間になってしまったんだい? まさか彼は裏切ったのかい!?」
マタオはパイプ椅子から立ち上がって、感情を
「マタオ
「ああ……すまない。一番辛いのはスナズ君なのに、僕としたことが」
マタオはパイプ椅子に座り直して言った。
「当時の小生もちょうど今のマタオ殿と同じ気持ちでした。なぜ不良たちに身体を拘束され、ウリュバに顔面を殴りつけられているのか、全く理解ができなかったのです。しかし同時にウリュバが小生を裏切るとも思えないし、これは何か事情があるのだと思いました。事実ウリュバは小生を殴る時、無理に笑ってはいましたが、どこか浮かない顔をしていたでござるよ」
スナズは当時を思い出しながら言った。
「そりゃそうだろ、絶対に何かあったに違いないよ。その後ウリュバ君から事情は聞けたのかい?」
マタオはスナズに同調しながら尋ねた。
「いえ、小生もウリュバが一人の時を見計らって話しかけみたのですが、ことごとく無視されてしまい、結局何も分からなかったでござる。そしてそれから数日して事件は起きました。ウリュバは学校の屋上から飛び降りて自殺したのです」
「えっ? 自殺だって!?」
「ど、どういうことですの?」
「うむ、ようやっとる」
マタオたちは一人を残して驚きを隠せない様子だった。
「小生も意味が分からなかったでござる。悲しいのはもちろんでしたが、それよりも驚きの方が強く、何とか真相を知りたいという気持ちでいっぱいでした。しかし事情を知っているであろう不良グループに聞いても、小生などに教えてくれるはずもなく、引き続き壮絶なイジメを受けるだけでした」
「そらそうやろ、クサイものにはフタをするんが人間のやり口やで」
「こらっ、口が悪いぞキラユイ。しかし最低な奴らだな、僕が居たら絶対にそんな事件は起こさせないのに」
マタオは悔しそうに言って拳を強く握った。
「そうなりますと、やはりウリュバさんが急に不良グループの一員になったことが関係していたのでしょうか?」
カオルは冷静な口調でスナズに尋ねた。
「ええ、小生もそう思いましたゆえ、事情を知っていそうなウリュバの妹に会いに行くことにしたでござる」
「えっ? ウリュバ君には妹が居たのかい?」
マタオは複雑な親近感を覚えながら言った。
「ええ、小生らが中学三年生になったと同時に、ウリュバの妹も同じ中学に入学してきたでござるよ。だから一年生の教室に行って、自殺する前のウリュバに変わったことがなかったか聞いたでござる。ですが妹は元々兄を毛嫌いしておりましたので、何も知らないし二度と関わらないでと言われました」
スナズは苦笑いをマタオたちに向けて言った。
「そして最後に、ウリュバに貸していた一冊の小説を妹から返却されると、小生はとうとう追い詰められたでござる」
「唯一の友達に裏切られたかと思ったら、訳のわからないうちに自殺されて、理由も分からないんだもんなあ。僕がスナズ君と同じ立場でもそうなるよ」
マタオはそう言いながら彼の気持ちを肯定した。
「正直これからのことを考えると、小生も自殺を考えたでござる。ですがその日帰宅して、何となくウリュバに貸していた小説を開いてみたのです。すると手紙のようなものが挟まっており、よく見るとそれはウリュバが小生に宛てた遺書だったのです」
「おおっ! ほんでほんで? 何て書いとったんや?」
キラユイはスナズの不幸話にテンションが上がってきたらしく、興奮気味に言った。マタオはデリカシーのない彼女の発言に少しイラッとしたが、不覚にも少し共感してしまったので黙認した。
「そこにはこう書かれていました」
スナズはそう言って遺書の全文を話し始めた。
「拝啓、親愛なるスナズへ。君がこれを読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないだろう。まずはそれをお詫びしたい。加えて不良グループの一員となり、君を殴ったこと、ミミズや変な虫を食べさせたこと、盗撮犯の噂を学校中に広めたこと、その他全ての下劣な行為についても謝罪させて頂きたい。本当にすまなかった。長い間二人でヤツらのイジメに耐えてきたというのに、結局最後はこのザマだ。しかし君にだけは本当の理由を伝えておかなければ死んでも死にきれないと思い、今こうやって僕はこの遺書を書いている。
あれは中学三年生になってすぐのことだった。不良グループのヤツらはいつものように僕を血ダルマにした後、鬼のような顔で脅迫してきたんだ。仲間になってスナズをイジメないと、お前の妹も同じ目に遭わせると。姑息にもヤツらは入学したばかりの妹に目をつけていやがったんだ。君も知っている通り、僕らは施設育ちの
スナズ、君はこう思っているだろうね、だったらなぜあの時、事情を話してくれなかったんだい? と。分かっている、君なら協力してくれただろう。そして粛々と一人でイジメられるんだ。君がそういう奴だと僕は知っている。だからこちらの事情は絶対に言えなかった。妹を助けるために仕方なく君をイジメなければならない、だから耐えてくれだなんて、そんな卑怯なことを言えるわけがないだろう? どんな理由があろうと、僕は君を犠牲にして妹を守るという選択をした。だからその罪と向き合わなければならなかった。今思えば最初から自殺すれば良かったんだ。そうすれば妹に目をつけられる心配はなかっただろうし、何より君を殴る必要もなかった。初めて出会ったあの日、便器に顔を突っ込んで気絶していたのを君は見ただろう? 僕にはイジメの才能がないんだ。悪いがこれ以上は僕の心が持たない。最後になるが君は絶対に自殺しないでくれ。勝手なお願いなのは分かっている。でもそれだけは絶対にやめてほしい。頼む。ps このことは誰にも口外しないでくれ。表沙汰になれば妹が危ない。遺書も読んだら燃やしてくれ。さらば友よ……と、以上がウリュバの遺書でござる。何度も読み返しておりますゆえ、全て暗記しております」
「……はあ? なんやそれ? 全然おもんないわ! スナズお前脚色しとるやろっ! ウリュバの奴は自分が助かりとうてお前を犠牲にしたんやっ! そうに違いないでっ! やり直さんかっ!」
キラユイは理不尽に怒りながら、再びスナズの胸ぐらを掴んで激しく揺らした。
「や、やり直すも何も、小生は本当のことを言っただけでござるよ」
「やめろキラユイ! 偏見が過ぎるぞ、スナズ君は原文をそのまま話しているだけだ。脚色は一切ない」
マタオはキラユイをスナズから引き剥がすと、ウリュバの名誉を守るために言い切った。
「ううっ、そういう理由だったんですね。きっとウリュバさんはとても苦しんでおられたんですわ」
カオルはハンカチで涙を拭きながら言った。
「はい、ウリュバは優しいヤツでござるよ。きっと小生を殴った時もヤツの方が苦しかったに違いないはずです。だからその時誓ったでござるよ。二度とこんな悲劇が起きないように、嫌なことは小生が全て引き受けようと。そうすれば他の誰かがイジメられることはないでござるよ」
キラユイから解放されたスナズは笑顔をつくって答えた。
「なるほど、そういう経緯だったんだね。事情は分かったよスナズ君。でもやっぱりそれじゃあダメだ。僕は君にも嫌な思いはしてほしくない」
「大丈夫でござるよマタオ殿、小生ほどイジメ慣れをしている人間はこの世におりませぬぞ。これまでの経験で
「うむ、最後はおもんなかったが、本人もこう言うとることやし、これにて一件落着や。よし、早う解散して午後の授業に備えるで」
キラユイは面倒な事になりそうな気配を察知すると、もっともらしい嘘をつきながら、そそくさと保健室から立ち去ろうとした。
「おい、なにが一件落着だ。当たり前のように見てみぬフリをするんじゃない、これは大問題だぞ。学校が終わったらまたみんなで保健室に集合しよう。それまでに各自スナズ君がイジメられない方法を考えておくように」
「ええ、そうですわね。委員長としても見過ごせませんわ」
カオルはマタオに同意して言った。
「嫌や嫌や! 今日は学校終わったらショッピングセンターで遊ぶ約束やろがっ! 嘘つきは泥棒の始まりやでマタオ!」
キラユイは自分のことを棚に上げて、子供のように駄々をこねた。
「約束は大事ですぞマタオ殿、小生のことはお気になさらず、どうぞキラユイ殿と楽しんできて下さい。カオル殿も委員長としての仕事があるでしょうし、小生は本当に大丈夫ですので」
「それなら私だけでも学校が終わったら保健室に寄りますわ。委員長が副委員長を助けるのも大事な仕事ですわよ」
気を遣うスナズにカオルは優しく微笑んで言った。
「キラユイ、お前はこの状況でショッピングセンターに行って心の底から楽しむことができるのか?」
マタオは
「クラスメイトが大変な時に、衣類コーナーの試着室でプチファッションショー開催したり、フードコートでハンバーガーとか食べた後、ゲームコーナーでもうちょい右とか言いながらUFOキャッチャーやって、最後にピースしながらプリクラ撮って帰れるのか?」
「おう、全然できるが。できれば午後の授業サボって行きたいわ。初めてやさかメチャクチャ楽しみやで」
「……分かった、じゃあショッピングセンターに行くのは中止だ。困っている人を見て見ぬフリする人は連れて行きません。晩飯も野菜中心の健康的なメニューにして、おやつもジュースも抜きにしますからね」
マタオはお母さんのように敬語で言い放った。
「ひ、卑怯やでっ、ワシを殺す気かぁー! そんな生活したら精神崩壊して血便出るわっ! うわーん! マタオは
キラユイはよっぽどショッピングセンターに行きたかったのか、不満を爆発させ、しゃがみ込んで顔を両手で隠しながら得意の嘘泣きを披露した。
「マタオ殿、キラユイ殿を大事にしてくだされ。それこそ生きているうちに」
見かねたスナズはマタオに強い眼差しを向けて言った。親しい友を失った彼のその言葉には説得力があった。
「スナズ君……しかし事情を知っておきながら君をこのままにはできないからなあ」
「はい、分かりましたわ」
状況を確認したカオルは、パンと手を叩いて言った。
「何が分かったんだい白州さん?」
「ショッピングセンターにはこの四人で行きましょう。そして遊びながらこれからの対応を考えればいいのです。それなら皆さんハッピーでしょう?」
「ああ、なるほど、それは名案だね。でもスナズ君の体調は大丈夫なのかい? メガネもヒビが入っているみたいだけど」
マタオはカオルの提案に賛同しながら彼に問いかけた。
「えっ? 小生も行っていいのですか? 行きます行きます! こんなに嬉しいことはないでござるよっ! なあに、夕方まで保健室で休めば余裕ですぞ。メガネもこの通りスペアがあるでござるよ」
スナズはいつどこで壊されてもいいように、新しいメガネは常に持っているらしく、ポケットから出して言った。ベストコンディションで遊べそうである。
「まったくしゃあないなあ、今回だけやでスナズ」
いつの間にか嘘泣きから平常運転に復帰していたキラユイは、腕を組みながらやれやれといった態度で言った。
「ほな授業終わったら保健室に集合や! ええなお前ら!」
「まったく、調子のいいヤツだな」
「まあいいじゃないですかマタオさん、みんなで行った方が楽しいでしょうし」
「ええ、待っているでござるよ」
紆余曲折の中、こうして放課のショッピングセンター行きが決まったのである。
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