第28話

「うぅ……よ、よさぬか、ミミズは食べ物ではないでごさるよ……ハッ、ここはどこ? 小生しょうせいは誰?」


 ベッドに寝ていた五財スナズは、悪夢から目を覚ました。


「ここは保健室で、あなたは五財スナズさんですわよ」


 パイプ椅子に座っていたカオルはニコリと笑って答えた。


「か、カオル殿どの!? それに先ほどの先輩とキラユイ殿まで!」


「やっと起きおったか、お前のせいでワシの貴重な昼休みがけずられてしもうたわ。分かっとるな、イジメの仲裁までして保健室まで運んでやったんや、払うもんはきっちり払ってもらうで、ほれ、早うカネを出さんかっ!」


 壁にもたれかかっていたキラユイは、スナズの目の前まで近づいて右手を差し出した。


「百万バカーで許したるわ、トーリエ学園の生徒やったらそれぐらい持っとるやろ」


「お前は自分の手を汚さずにとどめを刺そうとしていただけだろ、それに保健室まで運んだのは僕だ」


 カオルと同じくパイプ椅子に座っていたマタオは、キラユイの右手を払って嘘を訂正した。


「スナズ君、ビタ一文いちもん払わなくていいからね。僕はキラユイの兄で吉良マタオと言うんだ、よろしく」


「はあ、よろしくお願いします。なるほど、キラユイ殿どのの兄上でしたか、どうりで正義感が強くて優しい方だと思いました」


 彼はベットから上半身を起こして、マタオと握手しながら答えた。


「アホォ! 優しい顔に騙されるんやないっ! マタオは自分のケツの穴を人に見せて快感を得る変態やで! 助けた見返りにスナズもケツの穴認証あなにんしょうクラブに入会させられるでっ!!」


 キラユイは自分の邪魔をするマタオを陥れようとして言った。


「ひぃぃっ!! 小生にそっち系の趣味はないでござるよ!」


 スナズはマタオと握手していた手をスッと離しながら言った。


「キラユイ、マジで怒るぞ。スナズ君、デタラメだからね。僕は人にケツの穴を見せて快感を得るような人間ではないし、ケツの穴認証クラブなんてものは存在しない」


 マタオはキレそうだったが、ここで感情をあらわにすると余計に怪しまれそうだったので、心を落ち着かせて言った。


「ほ、本当でござるか?」


「当たり前じゃないか? 高校生の僕がそんな境地にたどりつけるわけがないだろう?」


「そ、それもそうでござるな」


 スナズは安心したように言った。


「なに納得しとるんや! マタオは大嘘つきやでっ! ワシの手柄まで横取りしおって! ええさか早う二百万バカーよこさんかい!」


 キラユイは諦めずにそう言って、スナズの胸ぐらを掴んで激しく揺らした。いつのまにか請求額も百万バカーから上乗せされている。


「いい加減にしろっ! 怪我人に何をしているんだ! そもそも困っている人を助けるのは吉良家きらけの人間なら当たり前だぞ! 金を要求するやつがあるか!」


 マタオはキラユイをスナズから引き離して言った。


「ワシは吉良家の一員やない! ユイと入れ替わっとるだけや!」


「バカッ! スナズ君の前で変なことを言うな!」


 マタオは焦って自分でも余計なことを言った。引き続きキラユイの事情については出来る限り秘密にする方向である。


「え? 入れ替わっているとは? キラユイ殿どのはどなたかと入れ替わっているのでござるか?


 案の定スナズは疑問に思って尋ねた。


「キラユイさんは事故の後遺症でたまに変なことを言ってしまうんですよ。ほら、昨日先生も説明していたでしょう?」


 事情を知っているカオルはニコリと笑って、余計なことが彼に知られないようにフォローした。


「ああ、そういえばそんな話もしていたでござるなぁ。小生はキラユイ殿が教卓の上でY字バランスを決めた姿に頭を支配されておりましたゆえ、全く先生の話が入ってこなかったでござるよ。あの時丸見えになった純白のおパンツは非常にけしからんアングルでしたなあ、初めて一番前の席だったことに感謝しましたぞ。死ぬまで小生の記憶を司る器官に保存されていることでしょうな」


 スナズは腕を組みながら頷いて、ニヤニヤしながら回想した。


「はあ!? なんだその話は? 僕は聞いていないぞ」


 マタオは驚愕すると、キラユイに鋭い視線を向けた。


「き、昨日の挨拶の時やで、クラスの奴らが心配しとったさか、ちょこっと元気なとこ見せたったんや。マタオが悪いんやで、ユイはY字バランスが特技やって言うさか」


「そのせいでクラスの全員にキラユイさんのおパンツが丸見えになってしまったんですわ。ちなみに私の脳内のお気に入りフォルダにも保存されておりますわよ」


 カオルは微笑みながら言った。


「……マジでやめろよ。キャラ崩壊し過ぎてユイが元通りになっても学校に通えなくなるだろうが」


 マタオは青ざめた表情で言った。


「元通りとはどういうことでござるか?」


「えっ!? あ、ああ! き、記憶がってことだよ! 元に戻ったら大変だろうなって!」


 マタオは再び墓穴を掘るような発言をして、かなり焦った。


「そ、そんなことよりだ! なぜスナズ君は彼らから暴行を受けているのに、格闘技の練習だとか言って庇うんだい? 君は嫌なことは全部引き受けるとか言っていたけれど、僕はやっぱりそういうのは良くないと思うんだよ」


「そうですわよスナズさん、きちんと事情を説明してもらわないと何も変わりませんわよ」


 カオルもマタオに同調して言った。


「うむ、ワシはあんまり興味ないが、お前みたいな不幸な人間は嫌いやない、暇つぶしに付きおうたるさか言うてみい」


 珍しくキラユイも彼を促した。


「……ふう、そうですなあ、三人になら話してもいいかもしれませぬ。あれはちょうど小生が中学に入学した時の話しでござるーー」


 スナズは脳内で当時のことを回想しつつ、口を開いた。


「当時の小生は今と変わらず、ヒョロガリ、オカッパハゲ、丸メガネといったビジュアルに加え、このような口調ですゆえ、小さい頃からずっと壮絶なイジメを受けてきたでござるよ。ですが今と当時で決定的に違うことがありまして、それはたった一人だけ、こんな小生にも友達と呼べる存在が居たのです」


「ほーん、ホンマかぁ? お前が一方的に友達やと思っとっただけやのうて?」


「おいやめろキラユイ、失礼だろ、ごめんねスナズ君、話を続けてくれたまえ」


 マタオはキラユイに厳重注意をし、彼を促した。


「いえいえ、キラユイ殿がそうおっしゃるのも至極当然でしょう。小生のようなイジメられっ子と友達になろうものなら、たちまちその方まで巻き添えをくってしまいますからな。しかし本当に居たのでござるよ、なぜならヤツも小生と同じく、根っからのイジメられっ子だったのですから」


「ああ、なるほどですわ。すでにイジメられている同士であれば、巻き添えもなにも関係ないというわけですわね」


「ええ、その通りでござるよ」


 スナズは理解の早いカオルに笑顔で答えた。


「ヤツとの出会いは忘れもしませぬ。あれは中学の入学式が終わってすぐの出来事でござった。小生は何もしていないのにも関わらず、早速不良グループに校舎裏へ連行され、無抵抗のままボコボコにされたでござる。ああ、またいつもの日常が始まったと思いながらも、その後トイレで血だらけの口内と顔を洗おうとしたのです。そしたら小便器に顔を突っ込んで気絶しているヤツを発見したのです。それがウリュバ・プットととの出会いでした」


「最悪の出会いだ」


「奇跡ですわ」


「ようやっとる」


 マタオたちは三者三様の反応を見せて彼に答えた。


「ええ、これも数奇な運命だと思い、すでに大体の状況は推察できたのですが、一応ウリュバを起こして事情を聞いたのでござる。するとやはり彼も小生と同じような境遇でここまで生きてきたらしく、風貌もハゲてはいないものの、チビ、デブ、丸メガネと三拍子揃っていたでござるよ。それもあって奇妙な親近感を覚えた小生らは、その後もずっと同じクラスに所属し、学校のカースト最下位を争いながら地獄のような日々を耐えていたでござる」


「そうか、それは辛かったね」


「ウリュバさんもかわいそうですわ」


「ようやっとる」


 三人は各々反応して、スナズの話しに引き続き耳をかたむける。


「ええ、今思い出してもゾッとするでござる。不良グループから理不尽な暴力を受けても、先生や一般の生徒たちからは見て見ぬフリをされ、女子からは気持ち悪いから視界に入るなと言われる始末でした。しかしどんなに苦しい思いをしようとも、小生らは強い連帯感に結ばれ、学校だけは休まずに通いました。それが彼らには屈さないという無言の意思表示だったのでござる」


 スナズは徐々に表情をこわばらせながら言った。


「しかし中学三年生になったばかりの頃、異変が起きたのです。今まで小生とイジメられていたはずのウリュバが、なぜか不良グループたちの一員となり、彼らと一緒になって小生をイジメ始めたのです」


「な、なんだって!?」


 急展開なスナズの回想に、マタオは思わず声をあげて愕然とした。

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