第26話 イジメ編

 あー最悪だ、キラユイのやつが僕の弁当を無断で食べていなければ、昼休みにこんなところまで来る必要はなかったのに。相変わらずメニューの値段が高すぎるんだよなあ。


 マタオは心の中で嘆きながらも、仕方なく食堂に来ていた。食券を買うために券売機に映し出されているメニューを見ると、一番安いカレーライスでさえ五千バカーと表示されている。


 確かにトーリエ学園に僕みたいな庶民の生徒はほとんど居ないし、最高級の食材で作っているから仕方がないんだろうけど、もうちょっと安いメニューも用意しといてくれよなあ。


 すいませんマタオ様。キラユイ様がご迷惑をおかけしたせいで。


 マタオの右手と合体している封印の神具は、保護者のような責任を感じているらしく、心の中で申し訳なさそうに言った。


 いやいや、君が謝る必要はないさ、悪いのは休憩時間に僕の弁当を盗み食いしたキラユイなんだから。見つけ次第叱りつけてやらないとな。


 マタオは封印の神具に答えながらしぶしぶ食券を買った。そしてそれをカウンターのおばさんに渡すと、すぐにトレーに載せられたカレーライスが運ばれてきた。


 うわっ、すごい本格的だな。ご飯別盛りでサラダまで付いてるし、専用の入れ物にカレーのルーが入ってるよ。


 彼はトレーを受け取ると、ソースポットという銀色の魔法のランプみたいなやつを確認して驚いた。柔らかそうな肉の塊はルーの表面からゴロゴロと顔を出し、香辛料の匂いがたまらなく食欲をそそる。


 うーむ、さすがは五千バカーのカレーライス、絶対にうまい以外の感想が出ないであろうビジュアルだ。さて、どこで食べようかなー、食堂の中は混んでいるし、テラス席の方に行ってみようか? 


 マタオはテンションが上がってき、心の中で封印の神具に提案した。


 ええ、天気もいいですし、そうしましょう。


 そして彼らは食堂を出た。しかし向かった先では、ちょうど弁当を盗み食いしたキラユイが白州カオルとテラス席に陣取り、優雅にランチタイムを過ごしていた。


「どうですか? 最高ランクの牛フィレ肉をミディアムレアで焼き上げたステーキと、新鮮なネタで作ったお寿司のお味は?」


「うむ、ようやっとる。これがほんまの焼肉と寿司っちゅうもんやで、マタオの作るしょうもない弁当とは大違いや」


 キラユイは贅沢な昼食をバクバク食べながら言った。口の周りには食べカスが付いている。


「おいっ! そのしょうもない弁当を勝手に食べたのは誰だよっ!」


 ボロカスに言われたマタオは、カンカンに怒りながら声をかけると、彼女たちのテーブルについた。


「あら、マタオさ……いえアナタ、ごきげんよう。お弁当がどうかなさいましたの?」


 状況を知らないカオルは隣に座ったマタオの左腕に、自分の腕を絡めて不思議そうに言った。


「白州さん、僕をアナタと呼ぶのはやめてくれ。君とそういう関係になった覚えはない」


 マタオは毅然きぜんとした態度で言って、カオルの絡ませた腕を振り解いた。


「えっ!? マタオさん、それはもしかしてヤリ捨てってことですの? 酷いっ、あんまりですわ」


 カオルは悲しそうな顔をして、ポケットから出したハンカチで顔を覆った。


「最低やでマタオッ! しっかり気持ちええことはやっておいて、カオルがはらんだら知らんぷりとは! これはもう強姦ごうかんやでっ! 性加害せいかがいっ! 犯罪者はんざいしゃっ!」


 キラユイは捲し立てるように彼を非難した。内心は面白がっているだけである。


「おいバカッ! 事実を捻じ曲げて騒ぐんじゃないっ! 大体僕はその話をしに来たんじゃないんだよっ! キラユイが僕の弁当を盗み食いしたから怒っているんだ! お前の分の弁当はちゃんと渡しているだろうがっ!」


 マタオはカオルの件もハッキリさせたかったが、他の生徒がたくさん居る中でこれ以上騒がれると、非常に都合が悪いので、とりあえず弁当の件でこの場は押し切ろうと思った。


「マタオの弁当やと? 何の話や? ワシは知らんが」


 キラユイは全く身に覚えがないような顔をして言った。


「いや、知らないもなにも、休憩時間にトイレから教室に戻ろうとしたら、お前僕の席で堂々と弁当食ってたよな? しかも目が合った瞬間ダッシュで女子トイレに逃げ込んだだろ」


 マタオはリアルタイムでキラユイの犯行を目撃していたらしく、確固たる自信を持って言った。


「ああなるほど、分かったで、それはきっと妖精さんの仕業や。おそらくワシの姿に化けとったんやろう、どうりで話が噛み合わんとおもうたで、今度会ったらワシからキツく言うとくさか、それで許したってくれ」


 キラユイは拳を手の平にポンと乗せながら理解したような表情を浮かべると、そう言ってマタオを軽くあしらった。絶対に自分の罪は認めないようである。


「ふざけるなよ、妖精さんはこの世界に存在しないだろ?」


「妖精さんは心の清らかな者にしか見えんのや」


「だとしたらお前にも見えないだろ。それに妖精さんが存在したとしても、キラユイに化けて僕の弁当を無断で食べたりはしない。食べたかったら本来の姿で可愛くおねだりをするばずだ」


「妖精さんはお前らが思っとるより性格が悪いんや。おっ、うまそうなもんあるやないか」


 キラユイは平然と言うと、マタオの前に置かれていたソースポットに人差し指を突っ込んで、素早くカレーのルーを味見した。


「この野郎っ!」


 マタオは反省の色が見えないキラユイに激怒した。そして彼女の食べかけのステーキと寿司を取り上げ、強引に全部口の中に入れた。


「あー!! ワシの昼飯がぁー!! 泥棒っ!!」


 キラユイは大声で叫んで、親でも殺されたかのような顔でマタオを睨んだ。


「ぐぬぬぅ、絶対に許さんぞマタオ!」


「ふうー、これで盗み食いされた人の気持ちが理解できただろ、ちゃんと反省しないと明日から弁当も作ってやらないからな」


 マタオはキラユイにそう言って、今度はカオルに視線を向けた。


「白州さんもキラユイを甘やかすのはよしてくれ、幼馴染とはいえ、こんな高額なメニューを奢ってもらう筋合いなんてないんだから」


「えー、でもキラユイさんにはエッチなお願いとかするので、これくらいは投資しておきませんと」


「いや、だからエッチなお願いは禁止だって言ったよねっ!? はぁー、ダメだ、頭が痛くなってきた。もうキラユイのことは白州さんじゃなくて別の人に面倒見てもらおうかなあ、一年二組の委員長は誰だい?」


「一年二組の委員長は私ですわ」


「……嘘だろ? どうなったら君が選ばれるんだい? クラスメイトをカネで買収したんじゃないだろうね」


「酷いですわマタオさん、確かに私はキラユイさんのことになると少し解放的になってしまう時もありますが、普段は至って真面目ですのよ」


「解放的というか、発情期のチンパンジーぐらい病的なレベルなんだが。じゃあ副委員長は誰だい?」


 マタオはドン引きしながら言った。


「副委員長はあそこにいる五財ございスナズさんですわ」


 マタオはカオルの指差した方向を見た。五財スナズらしき男は、テラス席の先にある踊り場のようなスペースでうずくまり、男子生徒四人から暴行を受けていた。


「おい、なんだあれは!? 酷いイジメじゃないか、早く止めにいかないと」


 マタオはそう言って席を立とうとしたが、カオルに腕を掴まれる。


「いえ、あれはイジメではありません。格闘技の練習ですわ」


「は? 何を言っているんだい白州さん!? 四人がかりでスナズ君一人に暴行を加えているのにかい?」


「ええ、止めにいってもスナズさん本人がそう言うのです。ですから私たちはおろか、先生たちでも対処の仕様がありません」


 カオルは複雑な表情をして言った。


「うむ、ようやっとる。名門校や言うても所詮はこんなもんやで、人間らしいてええやないか」


 キラユイは暴行を受けているスナズに対して、スポーツでも観戦しているかのような眼差しを向けて言った。彼女の口のまわりにはカレーのルーがついており、いつの間にかマタオのカレーライスが完食されている。


「……おい、ようやっとるじゃねーよ、誰がカレーを食っていいと言った?」


「何を言うとるっ! おあいこやろ? これでステーキと寿司を食われたワシの気持ちが分かったはずや」


 キラユイは先ほどのマタオの発言を真似して、皮肉っぽく言った。


「はあ!? 全然おあいこじゃないだろっ! こっちは弁当とカレーライスをやられているんだぞ!」


「被害総額ではワシの方が上回っとるわ。しょぼい弁当とカレーライスでステーキと寿司を手打ちにしたるんやさか、感謝せえよっ!」


「お前はカネ払ってないんだから被害ゼロだろ! いや、というかこんな言い争いをしてる場合じゃない! 僕はスナズ君を助けに行く! 事情はどうあれ、こんなものを見せられちゃ胸糞悪いからな」


 マタオはキラユイとの口論を終わらせて、カオルに掴まれていた腕をそっと振り解くと、急いで彼の元に走った。


「まったく、これやさかクソ真面目な奴は困るでぇ。おいカオル、ワシらも行くで、面白くなってきおったわ」

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