第25話 暗躍していたヨイチ・ザクヤと闇の神具

 授業中、ヨイチ・ザクヤは隣の席で爆睡しているキラユイを眺めながら、昨日の恥の神具の件について考えていた。


 なあ、本当にこいつはユイさんじゃないんだよな?


 ヨイチは自分の影と合体しているやみの神具に、心の中で問いかけた。


 もう、何回聞けば気が済むのよ。昨日一緒にいろんな影に隠れて情報収集したでしょ? 体育館でキラユイ様が恥の神具に言っていた通り、入れ替わっているのよ、多分チェンジの神具の力で。


 闇の神具はうんざりした様子で言った。


 俺はユイさんの顔と身体で、下品な態度をとっているキラユイが許せないんだよ!


 ヨイチは目を閉じながら眉間に皺を寄せ、心の中で怒鳴った。そして改めてキラユイを見る。彼女は机の上に伸ばした左腕に、頬をペタリと乗せて眠っている。白紙のノートにはヨダレが染みており、何やら寝言まで呟いている。


「……うぅ、ウインナーは焼肉ちゃうし、カッパ巻きも寿司やない……むにゃむにゃ、黒毛和牛と中トロ持ってこんかいアホタレ……ワシは世界の王やぞ……グガッ!」


 おいっ! ユイさんは授業中に居眠りなんてしないんだよ! 訳の分からん寝言も言わねーし! 大体なんで一人称がワシなんだっ!?


 いや、だから中身がキラユイ様だからでしょ。あの方はアシスタントの中で一番品がないのよ。


 闇の神具は、心の中で激怒しているヨイチをなだめるように言った。


 ……くっ、何とかユイさんを元に戻す方法はないのか?


 ヨイチは心の底からそう思って、闇の神具に尋ねた。


 うーん、チェンジの神具がないとどうにもならないわね。でもあれは確かフロイグ様の手持ちの神具だし、私をすでに所有しているヨイチじゃ使えないわ。それにこれまでの情報から推測するに、フロイグ様はキラユイ様に神具の回収をさせるためにチェンジの神具を使ったはずだから、多分地上に逃げた神具を全部回収するまではこのままなんじゃない? なぜ吉良ユイと入れ替わる必要があったのかは知らないけど。


 闇の神具は現状を整理しながら、心の中でヨイチに言った。


 恥の神具が吉良一家の事故が関係していると言っていたのは聞こえたけど、肝心なところで封印されちゃったから、真相は私と同じで闇の中だし。


 ……まあ分からないことを考えてもしょうがない、とりあえずユイさんを取り戻す一番現実的な方法としては、キラユイたちに協力して、神具を全て回収するしかないというわけだ。引き続き俺のセクス存在エネルギーは普通の人間と同じ微弱なものに保ちつつ、キラユイと封印の神具はもちろん、ほかの所有者にも悟られないように監視を続けよう。あっ、でもそれだと最後には闇の神具もキラユイたちに差し出さなきゃダメなのか。


 ヨイチはハッとなって心の中で問いかけた。


 ええ、私はそれで構わないわよ。別に宝物庫を出たのも暇潰しだしね。でもヨイチは私をとっても必要としてくれるから、できるだけ長く一緒に居たいわ。


 ああ、それはもちろん約束する。封印されるのは俺たちが最後の神具になった時だ。


 ヨイチは心の中で闇の神具に答えて、視線を前に向けた。ちょうど担任の倉吉くらよしが黒板に難しい数式を書いているところである。スーツ姿の彼女からは、昨日恥の神具のせいで全裸スクワットをしていた面影はない。


「えー、ではこの問題はキラユイさんにやって頂きましょうか、どうやら余裕があるみたいですし」


 居眠りを発見した倉吉は嫌味っぽく言って、彼女に難題をぶつけた。昨日のオバハン発言も根に持っているようである。


「白州さん、キラユイさんを起こしてあげて下さい」


「はいですわ」


 一応委員長であるカオルは先生に言われて、斜め後ろの席で眠るキラユイの肩を揺らした。ヨイチもそれを黙って見ている。


「キラユイさーん、起きて下さーい、お昼は焼肉と寿司ですよー」


「ハッ! どこや、ワシの黒毛和牛と中トロは!?」


 キラユイは素早く飛び起きて周りを見た。しかしどこにもそれらしきものはない。


「あの問題に答えられたら、私が昼休みに用意しますわ」


「カオル? ああ学校か、忘れとったわ、なんやなんや? ワシに問題やと? 人間ごときが生意気やで」


 キラユイは威勢よく言って、先生に視線を向けた。


「ではキラユイさん、口頭でいいですので答えて下さい」


 先生は黒板に書かれている問題をチョークで叩いて淡々と言った。するとキラユイは目を細めて黒板の数式を見る。


「はっはー簡単やでっ! 答えはいっぱいやっ! 大体合っとるやろ?」


 キラユイは得意げに言った。なぜか自信満々である。


「数学に大体とかないですから、ハッキリと明確な数字で答えて下さい」


 倉吉はキラユイのふざけた答えにイラつきながら言った。


「うーむ」


 キラユイは腕を組んで何やら考え始めたが、全く答えにたどりつく気配はない。


「うう……あかん、事故の後遺症で頭が痛むでなぁ、万全であれば余裕で分かるんやが」


 キラユイはさらりと嘘を言って、ふらつきながら頭を手で押さえた。教室の生徒たちは一気に心配モードになる。


「大丈夫ですかキラユイさん? 保健室まで付き添いましょうか?」


 見かねたカオルは彼女の身体を支えながら言った。


「いや、ええんや、いつまでもワシだけ特別扱いしてもらうわけにはいかん。もうちょっと考えてみるで……ぐっ、いかん、頭が……」


 キラユイは困難に立ち向かう健気な生徒を演じながら、再び頭に手をやった。その効果は絶大であり、すぐに他の生徒たちが反応する。


「先生! 僕がキラユイさんの代わりに答えます!」


「そうはいきませんわよ、私が答えるわ! 先生! お願い! 私に答えさせて!」


 大半のクラスメイトはキラユイを助けようとして、挙手しながら担任の倉吉に懇願した。


「……わかりました。分かりましたから、皆さんお静かにっ!」


 結局、倉吉はキラユイに答えさせることを諦め、代わりに別の生徒を指名して問題を解かせた。


 こ、こいつ、とんでもないな。


 ヨイチはカオルから離れて席に着いたキラユイが、密かに笑みを浮かべ、また何事もなくスヤスヤ眠ろうとしているのを発見して愕然とした。


 ユイさんはそんな汚い嘘つかないんだよっ!!


 だからキラユイ様だからでしょ、あの方はいつもああなのよ。いちいち反応してたら疲れるわよ。


 闇の神具は再び心の中で激怒しているヨイチに言った。呆れ気味である。


 くっ、一刻も早く地上に散らばった神具をなんとかしないと……しかし具体的に俺は何をやればいいんだ? 封印の神具を所有する吉良マタオのように神具を封印できるわけでもないし、かと言って白州カオルみたいにユイさんと幼馴染って間柄でもないしなぁ。協力すると言っても信用されるどころか、こっちの闇の神具が封印される危険もあるし。どうする?


 ヨイチはあれこれ思考しながら、闇の神具に相談した。


 ああ、それは大丈夫、普通に神具の所有者を殺せばいいのよ。そしたら所有者はこの世界から存在しなかったことになるし、神具も地上から消えて、元の所有者であるアシスタントや作者に戻るから、実質神具を回収したことになるわ。しかも神具の所有者を殺すと、その所有者のセクス存在エネルギーが全部殺した側の所有者に加算されるから一石二鳥よ。分かりやすく言うとセクス存在エネルギーの総量が増えてパワーアップできるって話。


 闇の神具はサラリと重要なことを説明をした。


 ほーん、そんな仕組みになっているのか。しかし存在が消えるとはいえ、人を殺すのは気が引けるなあ。


 ヨイチは心の中で困ったように言った。


 そうなの? でもヨイチは裏社会を牛耳るザクヤ一族いちぞくの血縁者じゃない、これまでにたくさんの人を殺しているわよね? 


 ……ああ、それは否定しない、だけど俺も仕事でやらされていただけで、好きでやっていたわけじゃない。たまたまそういう特殊な環境に居ただけだ。今は一族と縁を切った一般人だよ。


 ヨイチ・ザクヤは過去の出来事を思い出しながら返答した。そして同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「キーンコーンカーンコーン」


「はい、ではこれで授業を終わりま……」


「よっしゃー!! 昼メシの時間やー! カオル早う行くでっ! 焼肉と寿司やー!」


 授業の終わりを告げようとした先生を遮るように飛び起きたキラユイは、カオルの腕を引っ張って、元気いっぱいで教室を出て行った。


「……えー、ど、どうやら事故の後遺症も順調に回復しているみたいですね。こ、これもみなさんのおかげですねー」


 先生はなぜ自分がキラユイをフォローしなければならないのか分からなかったが、苦笑いをしてそう言うと、そそくさと教室から退室した。


 よしっ、やっぱり神具の所有者は見つけ次第殺そう。早くユイさんを取り戻さないとな。


 ヨイチはやりたい放題のキラユイを見て、吹っ切れたように決断するのだった。

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