第24話 作者とフロイグの憂鬱
「ふうー、まったく、相変わらずキラユイさんは無茶苦茶ですねえ。なんとか恥の神具を封印できたものの、これでは先が思いやられます」
作者の自宅に来ていたフロイグは、ソファーに座りながら映像の神具に映るキラユイたちを見て言った。
「しかもマタオさんに事情を説明して謝罪をするどころか、自分の犯した罪については全力で隠し通していますし」
フロイグは反対側のソファーに座っている作者に厳しい視線を向けた。
「……ああ、さすがの俺でもフォローする言葉が一つも見当たらん」
作者は両手で顔を隠しながら言った。
「私はフォローする言葉を探そうとしている作者の発想が恐ろしいですよ。マタオさんの立場になって考えてみて下さい。キラユイさんに遊び半分で両親を殺されて、妹さんもこのザマなんですよ」
フロイグは大きなぬいぐるみを抱っこするように、自分の股の間に座らせているキラユイと入れ替わったユイの頬を指でつつきながら言った。彼女は相変わらず
「そのうえマタオさんが何も知らないのをいいことに、本来キラユイさんが所有すべき封印の神具を押しつけたあげく、極めて一方的な誓約書まで書かせる始末です。ワープの神具で送った加速の神具でさえ、保身のために汚い交渉でカオルさんに所有させていましたし、まったくもって正気の沙汰ではありません」
「うーむ、正論過ぎてぐうの音も出んな……さて、どうしたものか、キラユイの名誉挽回のために、映像の神具を各所に配置してもらったのが裏目に出てしまったようだ。フロイグよ、一応聞くが、なかったことにはできんだろうか?」
作者は諦めたような顔で言った。
「無理ですよ、見ての通りキラユイさんたちの様子は映像の神具を通して生中継しているんですから、他のアシスタントはもちろん、こちらの世界のほぼ全員が見ています。先ほどチラッと外の様子も確認しましたが、皆さん鬼のような顔で非難しながら、キラユイさんに見立てた人形に石を投げつけている者までいましたよ」
フロイグは淡々と言って、入れ替わっているユイの髪の毛を器用に編み始めた。三つ編みにするようである。
「……まあ、キラユイのやつ全く反省の色が見えなかったし、それはそうなるよな。そもそも俺が今回の件を説明しに行った時点で、殆どのアシスタントがキレていたし」
「当たり前です、宝物庫に保管していた自分の所有神具が、キラユイさんのせいで解放されてしまったんですからね。地上に出た時点で神具の所有権も一時的に失いますし、私も含めて、全員この
フロイグは自分の頭の上に浮いている黒い球体を指差して言った。
「くそっ、だからこそ神具の回収に励むキラユイの姿を見てもらって、少しでもみんなの怒りを鎮める計画だったのだが……」
作者は嘆きながら映像の神具を見た。ちょうどマタオのケツの穴認証の件を冷やかしたキラユイが、ゲラゲラ笑いながら交差点を渡っているところである。しかも当然のように赤信号を無視していた。
「この様子では火に油を注ぐだけで、全く話にならん。今後の対応を考えると、しばらく引きこもりたい気分だ」
「絶対にやめて下さいよ、カオスな状況になってきたからといって、キラユイさんみたいなことを言わないで下さい。だから私は映像の神具で生中継をするのは反対だったんです。身体を人質に取っているとはいえ、キラユイさんが反省して真面目になるとは思えません」
フロイグはキラユイと入れ替わっているユイの髪を、綺麗な三つ編みに仕上げて言った。
「これで恥の神具を封印できていなかったらと思うと、ゾッとします」
「ああ、良い所がその一点しかない、本当に色んな意味で苦しい展開だった。キラユイのやつが自分のしでかした宝物庫の件を、不幸な事故とか言ってマタオに説明していたシーンを見た時は、さすがの俺もフロイグに映像の神具を解除させようかと思ったよ」
「まあ言われたとしても生中継なんで解除できませんけどね、そんなことをしたら他のアシスタントたちから隠蔽だと言われて、状況がさらに悪化します」
「それはそうなんだが、キラユイのやつ、まるで自分は関係ないみたいな顔で言ってたからなあ。それどころか全力を尽くしたが止められんかったとかなんとか」
「私はそこまで驚きませんよ、作者が見て見ぬフリをしていただけで、昔からキラユイさんはそういう方ですから。恥の神具をすぐに封印しなかったのも、マタオさんの経験のためではなく、ギリギリまで人間の苦しむ姿が見たかっただけでしょうしね。吉良一家の事故の真相を恥の神具にバラされそうになった途端、急いで封印していたのが良い証拠です。その後もマタオさんに対して最低の嘘で誤魔化していましたし、非難されるのは当然の結果です」
「うむ、世界の神具を盗んだのは私利私欲のためではなく、世界の平和のためだとか無茶苦茶な嘘を言っていたな。可能ならキラユイにみんながリアルタイムで見ていることを伝えてやりたいが、そうもいかん」
作者は呆れながら言った。
「映像の神具を見ている皆さんにバレますからね、キラユイさんが全ての神具を回収するまで、ずっと生中継をするなんて言わなければよかったんです。現状こちらの世界であれば、どこに居ようが常に映像の神具を通してキラユイさんたちの様子は見れる状態ですから、地獄はまだ始まったばかりですよ」
「……うう、どうしよう、なんとかキラユイにこっちの状況を伝えて、真面目なフリだけでもしてもらわんと。あれだ、映像の神具にお花畑みたいなイメージ映像を流してもらって、その間にこっそりワープの神具経由でキラユイに手紙でも渡せばいいんじゃないか? 生中継でみんな見てるから真面目なフリをしてくれって」
作者は悪い顔でフロイグに提案した。
「……ダメに決まっているでしょ、大体そんな弱みをキラユイさんに見せれば、わざと告発して私たちを陥れようとする可能性もあります。それにあの子が挽回できるようなものなど何もありませんよ。元々こちらの世界のほぼ全員から嫌われていますし、今回の件がなかったとしても、ゴミが宝石に変わることはありませんからね。諦めて下さい」
フロイグは入れ替わっているユイの肩に顎を乗せて、キッパリと言った。
「……打つ手なしか。加えてキラユイに世界の神具の保管場所を教えた裏切り者も探さんといかんし、問題は山積みだぞ。生中継が成功していれば他のアシスタントたちにも協力を要請しやすかったんだが」
作者は両手で頭を抱えながら言った。
「あー、世界の神具さえ手元にあればなあ……」
「ないものを言っても仕方がありませんよ、こういう時のために私が居るんですから、もっと頼って下さい」
フロイグはキラユイと入れ替わっているユイの手を掴んでフリフリ揺らしながら、ニコリと笑みを浮かべて言った。
「なんだかお前、楽しそうだな」
「いえいえ、追い詰められている作者を見て楽しんでいるわけではありませんよ。私もやることはやっています。キラユイさんに世界の神具の保管場所を教えた裏切り者については、現在私の配下である『見習い』《みならい》たちに調査させていますし、プンプン怒っているアシスタントたちについては、これから協力を取り付けてきますよ」
フロイグは引き続き笑顔のままそう言うと、ソファーにユイを寝かして立ち上がった。
「作者はこの子と一緒に居てあげて下さい、ここより安全な場所は他にありませんので」
「お、おう、バカに機嫌がいいな、しかしどうやってアシスタントたちから協力を得るつもりだ? みんな説得に応じるような雰囲気ではなかったが」
「えっ? 説得? なんですかそれ? 普通に暴力ですよ暴力、作者から頼まれては仕方がないですからね、無理矢理に
フロイグは肩を回しながら言った。
「……俺はそんな無茶苦茶な命令はしていないからな、ちゃんと話し合いで協力してもらわなきゃダメだぞ」
作者はフロイグに拡大解釈を改めるように求めた。
「えー、言ったじゃないですか、アシスタントたちの協力を取り付けてきたらベロキス百秒してやるって」
「いやいや、白州カオルじゃあるまいし、俺はそんなゲスい約束はしていない、何を言っているんだお前は」
「まー私は作者のベロキスなんて興味はないですが、そこまでしたいのであれば仕方がないですね、約束は守ります。では行ってきますから、あっ、歯磨きとかしなくていいですよ、そっちの方が作者を感じられますので」
「……いやだから、言ってない! 俺は言ってないぞ!! 事実をねじ曲げるんじゃない!」
フロイグは必死に否定する作者の言葉に反応することなく、素早くワープの神具で切り取った空間にスッと消えていった。
「……ふうぅー」
作者は大きなため息をつくと、ソファーで意識を失っているユイの頭を撫でた。
「何か強烈に臭いものでも食べるか」
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