第18話

「そ、そうやがなっ! 完全に忘れとった! こっちには加速の神具があるんや! それやったらマタオのセクス存在エネルギーに気付かれる前にトラオに触れられる!!」


 キラユイは立ち上がって言った。


「もっと早う言わんかい! ワシらがアホみたいやないか!」


「申し訳ないですわ、あまりに皆さんが真剣だったものですから、つい」


 カオルは両手を合わせて申し訳なさそうに答えた。


「えーと、盛り上がっているところ悪いんだけど、僕にも分かるように説明してくれないか」


 事情を知らないマタオは困惑して言った。


「そうやった、悪い悪い、カオルの履いとる靴は加速の神具と言ってやな、さっきワシの部下にワープの神具で送ってもらったんやが、所有者を加速させることができるんや」


「お、おうそうか、ツッコミどころが多すぎて頭が痛いんだが、一つだけ聞かせてくれ、なんでその加速の神具を白州さんが所有しているんだ? 普通に考えればキラユイの方が神具の扱いに慣れていそうだが」


 マタオは不審に思って尋ねた。


「な!? なにがやっ! 別にええやろ! カオルがやりたいって言うさか、しょうがなく重要な役を譲ってやったんや!」


 キラユイは必要以上に焦りながら言った。


「なんだか怪しいな、本当かい白州さん?」


「ええ、だって断ったらベロキスしてくれないって言うんですもの」


「……どれだけベロキスしたいんだよ。まあいいや、とりあえず事情は分かったけどさ、本当に加速の神具を使えば、僕らのセクス存在エネルギーを感知される前に岩井先生に触れられるのか?」


 マタオは半信半疑で言った。


「今のカオルでも十倍速までは使いこなせるみたいやし、余裕やろ」


「ええ、問題ないでしょう」


 キラユイに続いて、封印の神具も自信を持って言った。


「恥の神具が気配を感知できる距離に入っても、こちらは加速していますから、気付かれて裸の戦士に取り押さえられる前に岩井トラオに触れて封印できます」


「それならいっそ体育館に入る前に、加速の神具の能力を発動させた方が確実なんじゃないか?」


「それは無理だよ」


 しばらく無言を貫いていた加速の神具は、カオルの足元からマタオの提案を否定した。


「うわ、びっくりした! そういえば君も話せるんだったね。無理ってどういうこと?」


 マタオは驚きながら、カオルが履いている加速の神具に視線を向けた。


「カオル一人だけなら体育館どころか、ここから加速して岩井トラオにれるのも可能だけど、それだと僕たちに封印の能力がないからカオルが恥を奪われて裸の戦士にされちゃうでしょ?」


「ああ、そうだね、僕も一緒に加速してもらわないと、恥の神具の能力も防げないし、封印もできないからね」


 マタオは確認するように加速の神具に言った。


「そうなると僕は奥の手を使わなきゃならないから、そんなに長い距離は加速できない」


「奥の手?」


 マタオは疑問に思いながら言った。


「神具の中には必殺技みたいなもんを使える奴がおるんや」


 キラユイは補足するようにマタオに言った。


「うん、僕の場合は所有者が触れた対象を加速させる能力なんだけど、セクス存在エネルギーの消費が激しいから、できるだけ岩井トラオに近づいてから発動しないと途中で解除されちゃう」


 加速の神具は必殺技の概要を説明した。


「へえ、セクス存在エネルギーってやつも有限なんだな。それならしょうがない、じゃあ白州さんの作戦通り、僕が二人を捕まえたという設定で体育館に入って、あとはこっちのセクス存在エネルギーがギリギリで感知されない距離まで近づいたうえで、加速の神具の必殺技を使えば問題ないだろう」


「うん、でもその場合、カオルと一緒に加速するのはマタオだけにしてくれ、キラユイ様まで加速させると余計に負担が大きくなってしまう」


 加速の神具は切実に訴えた。


「なるほど、じゃあキラユイはその場で待機ってことで」


「しかしそうなりますと、キラユイ様は私から離れてしまいますので、封印の能力でお守りできません」


 封印の神具は心配そうに言った。


「まあ大丈夫やろ、すぐに恥の神具は封印するんやさか、一瞬裸の戦士として洗脳されるだけや。ワシはマタオとカオルを信じとるよ」


 キラユイは珍しく殊勝なことを言って、優しく微笑んだ。


「ええ大丈夫ですわ、私とマタオさんで必ず封印してみせます」


「ああ、責任重大だけど、死んでも右手で触れてやるつもりさ」


 カオルとマタオはお互いの決意を確認して、キラユイに力強く答えた。


「ただちょっと確認なんだけどさ、加速って本当にできるものなの? 実際に見ていないから少し不安なんだが」


 マタオはカオルの履いている加速の神具をジッと見つめながら、半信半疑で言った。

 

「しゃあないなあ、準備運動がてら、ちょこっと見せたれカオル、加速の神具の凄さを」


 キラユイはカオルの肩をポンと叩いて得意げに言った。


「そうですわね。ではキラユイさん、マタオさんの横に立って頂いて、見える位置でチョークを持っていて下さい」


「あいよ」


 キラユイは椅子から立ち上がって、黒板の前に立っているマタオからチョークを受け取ると、彼の隣でそれを掲げた。


「一体何をするんだい?」


「まあ見ていて下さい」


 マタオの問いに答えたカオルはニヤリと笑みを浮かべて、わざわざ後ろの席に移動してから、座った状態で加速した。


「はい、終わりました」


「終わりました? 何がだい? てっきり加速してキラユイに持たせたチョークでも奪い取るのかと思ったけど、この通りチョークはキラユイが持ったままだし、白州さんも座ったままだし、残像みたいなのが見えた気もしたけど、何も変化はないんだが」


 マタオは状況を確認して困惑した。


「ふふ、最初からチョークは関係ありませんわ、これは何でしょうか?」


 カオルは手に持った純白のパンツをマタオに見せた。


「そ、その純白のリボン付きはっ!? き、キラユイのパンツじゃないかっ! いつの間に!!」


「あ? ホンマや、股がスースーする……って何をやっとるんやっ!! 返さんかバカタレッ!!」


 キラユイは怒鳴りながらカオルからパンツを奪い返し、その場で履き直した。


「ペンを取らんかいペンをっ! また冷えるわっ!」


「とってもいい匂いでしたわ」


「なに勝手に嗅いどるんやっ!?」


「う、嘘だろ、今の一瞬で僕の隣に立っていたキラユイのパンツを脱がして後ろの席に戻ったのか? とんでもないスピードじゃないか。確かにこれならイケる」


 マタオは岩井トラオに触れるイメージが湧いて、高揚した。


「しかしマタオ様もキラユイ様のパンツだとよく分かりましたね。カオル様が自分でパンツを脱いだ可能性もありましたのに、さすがはお兄様です」


 封印の神具は所有者であるマタオを賞賛するつもりで言ったが、キラユイとカオルは僅かな疑問を浮かべた。


「いや、兄弟やからって関係あるか? ワシのパンツの色とデザインをなんでマタオが把握しとるんや?」


「確かに言われてみればおかしな話ですわね、兄が妹のパンツを正確に把握しているなんて、普通のご家庭ではありえませんわ。マタオさん、どういうことですの? 私にはエッチなことを禁止しておいて、自分だけ妹のパンツでたわむれていたんじゃないでしょうね?」


 二人の厳しい追求がマタオを襲った。


「……い、いやいやっ!? 違うよっ! 兄として何も後ろめたいことなんかないさっ! あれだよあれ! 母さんの手伝いで洗濯物を干していたから、多分その時の記憶じゃないかなぁー?」


 マタオはオロオロしながら釈明したが、キラユイとカオルは疑いの目を向けたままである。


「すいませんマタオ様、私が余計なことを言ったばかりに」


 封印の神具は追い詰められているマタオを確認すると、責任を感じたらしく急に謝罪した。


「謝ると余計にややこしくなるからやめようね!! と、とにかく今はそんな話をしている場合じゃないだろっ!! 状況は一刻を争うんだ!! 恥の神具を封印する段取りは決まったんだから、早く体育館に向かうぞっ!! ほら行くよみんなっ!! 白州さんも立って!」


 マタオは強引に話を終わらせて彼女たちの手を掴むと、音楽室を出た。焦っているのは誰の目にも明白である。


「よおーし!! さあ二人とも、もっと下を向いて! 悲しそうに捕まった顔をしてっ!! ここからはパトロールに出ている裸の戦士たちとすれ違ったりするんだから!! 気をつけないとダメだぞぉー!!」


「分かった分かった、もう聞かんかったことにしといたるさか、でかい声で誤魔化さんでもええ、それこそ裸の戦士に怪しまれるわ」


「そうですわよマタオさん、言ってくれれば私の使用済みパンツを差し上げますから、次からキラユイさんのは我慢しましょうね」


「……ふぅー」


 マタオはキラユイとカオルに言い返せる言葉が思いつかず、深いため息をつきながら自分の発言に後悔した。


「すいませんマタオ様……」


「だから謝るなよ。僕は妹のパンツで欲望を満たしたりはしていない」


 マタオは封印の神具に再度注意した。


「最低だな」


 加速の神具はカオルの足元でボソッと囁いて舌打ちをした。


「シィー、ダメですわよ加速の神具さん、声に出しちゃ、心の中で私だけに言いましょうね」


 カオルはピンと立たせた人差し指を鼻の先につけながら、母親が子供に注意するように言った。


「……ふぅー」


「すいませんマタオ様……」


「だから謝るなって言ってるだろっ!!」


 そして三人と二つの神具は最悪の雰囲気で体育館に到着した。


「トイレから帰る途中、取り逃していた生徒を確保しましたぁー!! これからトラオ様にこの服を着ているバカどもを差し出しまぁーす!!」


 マタオは半ばヤケクソのようなテンションで、例のごとく体育館の裏口に立っていた倉吉くらよしに報告した。彼女はいつでも裸の戦士としてパトロールに出れるよう、相変わらず胸を揺らしながらスクワットをして身体を温めている。


「ほう、よくやりました。迷える子羊を真の姿に解放するのは私たちの使命ですからね」


「はい!! では失礼しまぁーすっ!!」


 マタオはそう言って敬礼すると、予定通りキラユイとカオルを連れて体育館に入室しようとした。しかしスクワットを中断した彼女に肩を掴まれる。


「待ちなさい」


「はい? なんでしょう?」


「何か忘れていませんか?」


 マタオは優しく微笑む倉吉にそう問われると、とてつもなく嫌な予感がした。


「す、すいませんが、早くトラオ様にこの二人を献上しなければなりませんのでっ!! オラッ! お前たちも早く歩け!!」


 マタオが急に焦り始めたので、キラユイとカオルは不審に思ったが、黙って彼の指示に従って体育館の中に入ろうとする。


「勝手な入室は許しません!!」


 倉吉はそう言うと、マタオにしがみつくようにして体育館への入室を阻止した。この時になってキラユイとカオルはようやく彼女が自分たちのクラスの担任であることに気付く。


「離して下さい!! 早くトラオ様に二人をぉぉ!!」


「その前にケツの穴認証をしないとダメでしょう? そういう決まりになっているのですから」


「うぅ……」


 倉吉の無慈悲な宣告にマタオは絶望した。


「ケツの穴認証? なんやそれは?」


「生まれて初めて聞く言葉ですわね」


 状況が分からないキラユイとカオルは小声でやり取りをしながら、なにやらうなっているマタオに視線を集中した。


 頼む封印の神具!! ちょっと早いけどここで白州さんに加速してもらおう!! こんな馬鹿げたことに付き合っている暇はないっ!


 マタオは心の中で封印の神具に懇願した。必死である。


 マタオ様……大変申し上げにくいのですが、先ほどの説明通り、この距離からではカオル様のセクス存在エネルギーの消耗が激しく、岩井トラオに触れる前に加速の神具の必殺技が解除されてしまいます。


 ふ、ふざけんなっ!! そんなもん気合いでどうにかしろよ!! キラユイと白州さんが見ている前でケツの穴認証なんかしたら、僕という存在が崩壊してしまうっ!! 加速の神具を奪ってでもやってやるからな!!


 ……お察ししますが、人間が所有できる神具は一人につき一つまでと決まっておりますので、マタオ様が加速の神具を必要としていても、私を所有している以上は使用できません。どうか冷静になって下さい、この作戦が失敗すればキラユイ様とカオル様は裸の戦士にされ、マタオ様は殺されてしまいます。


 ああそうかい!! それなら死んだ方がマシだよ!! 僕は絶対にやらないからな! こんな馬鹿げたことを二回も!!


 マタオは自分でもびっくりするぐらいにブチ切れた。


 ……ではご両親と、キラユイ様が入れ替わっているユイ様はどうなさるのですか? 


 封印の神具はそう問いかけながら、マタオの説得を試みた。


 マタオ様はご家族を取り戻すために、キラユイ様と神具を回収する道を選んだのですよね?


 そ、それは……そうだけど。


 失礼を承知でハッキリ申し上げますと、神具の回収はそんなに甘いものではありません。ケツの穴認証ごときで音を上げるようでは、全ての神具を回収し、ご両親とユイ様を取り戻すのは到底無理でしょう。この先神具の回収を続けていけば、もっと過酷で辛い状況が出てきます。そんな時、マタオ様がそのような覚悟でどうするのですか?


 封印の神具の言葉が、怒りで我を失いそうになっていたマタオの心にスッと染み込んでいく。両親とユイの笑った顔が、彼の脳内で再生された。


「……ふうー、分かったよ。やる。やらせて下さい」


 マタオは大きくため息をつくと、封印の神具の説得に応じるらしく、自分にしがみついていた倉吉くらよしにそう言った。それを聞いて彼女もマタオを解放する。


 これは恥の神具や岩井先生との戦いではなかったんだ。僕は、僕自身の恥と闘っていたんだ。


 マタオは自分でも何を言っているのか分からなくなっていたが、心の中で封印の神具にそう告げた後、前屈するように上体を曲げ、自らの尻を倉吉に向けて突き出した。キラユイとカオルはあっけにとられていたが、彼はそんな二人を自分の股の間から発見すると、とても清々しい顔で笑った。

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