第17話

 体育館を出たマタオは、封印の神具と屋上まで来ていた。


 どうだ? キラユイたちのセクス存在エネルギーは感知できそうか?


 マタオはケツの穴認証など、まるで無かったかのような様子で、封印の神具に心の中で問いかけた。


 いえ、近くにそれらしき気配は感じませんね。おそらく神具の能力を解除しているのでしょう。次に同じセクス存在エネルギーを感知できるまでは地道に探すしかありません。


 そうか。よし、じゃあ予定通り屋上からワンフロアずつ丁寧に捜索しよう。


 マタオは裸の戦士によって壊されていた扉が気がかりだったが、気持ちを切り替えて封印の神具と共に階段を下りて行った。


 しかしあれだなぁ、いよいよ裸に対しての違和感がなくなってきたような気がするよ。パトロールに出ている裸の戦士たちとすれ違っても、なんだか普通に感じてしまう自分がいる。


 集団心理というものですね。百人居る中で九九人が裸であれば、服を着ている一人が異常な気がしてしまう。人間特有のマインドです。


 ああ、それもあるだろうし、認めたくはないけど、僕が適応してきたんだろうな。


 ケツの穴認証も立派にやり遂げましたし……


 おいっ!! ケツの穴認証のことは言うなって約束したよな? もう僕の中では決着がついているんだからよしてくれ。そのワードはもう聞きたくない。


 マタオは封印の神具にキレ気味で釘を刺した。


 し、失礼しました……ケツが、いえ、つい口が滑りました。


 頼むぞ、僕はとてもデリケートなんだ。こんなことが他の人にバレたら脳が破壊されてしまう。


 い、以後気をつけます。


 そしてしばらく捜索を続けていると、封印の神具が反応する。

 

 あっ、マタオ様。


 どうした?


 たった今、近くで先ほどと同じセクス存在エネルギーを感じました。おそらくキラユイ様たちの神具です。


 なに!? どこからだ?


 あの部屋です。


 封印の神具は合体しているマタオの右手を使って指を差した。


 音楽室か、結構目立つところに居るんだな。裸の戦士たちが押し寄せてきたらどうするんだ。


 おそらく、それに対処できる神具を持っているのでないかと思われます。


 なるほど。


 マタオは一応周りに裸の戦士が居ないのを確認すると、股間を左手で隠しながら音楽室の引き戸を開けた。


「迎えに来たぞー、この通り裸だけど正気だから安心してくれー」


 しかし入室すると、目の前ではキラユイとカオルが濃厚なベロキスをしている真っ最中だった。


「ゔー! ゔゔぅーん!!」


 壁に押し付けられて呻き声をあげているキラユイは、マタオとガッツリ目が合った。


「き、君たちなにをしてるの?」


「ぷはぁー、あれ? マタオさんじゃないですか? なにって、ぐへへっ、ベロキスですよベロキス」


 カオルはキラユイから唇を離して後ろを振り返ると、下品な顔でマタオに答えた。


「キラユイさんが神具の回収に協力したらベロキス十秒してくれるって言うので、先払いで五秒だけしてもらってましたの」


「何が先払いやっ!! このスケベ女、我慢できんと無理矢理ワシにベロキスしおったんや!」


 キラユイは急いでマタオの後ろに避難しながら言った。


「しかもベロキスのために加速の神具まで使いおって! お前にとって今の五秒はもっと長かったはずやっ!」


「イヤですわキラユイさん、私そんなズルいことしてないですわよ」


「ベロの動きが思いっきり加速しとったやろが! 大体神具は使用する時にセクス存在エネルギーが大きくなるさか、ワシには分かるんやっ! 今の何倍速や!?」


「まあまあ、いいじゃないですか十倍速ぐらい、神具を使っちゃいけないなんて言われてないですし」


 カオルはキラユイにあっさり嘘を見抜かれると、しれっとした態度で答えた。


「じゅ、十倍速やとっ!? ほな実質五十秒やないかっ! ベロ擦り切れるわっ!!」 


 マタオはこの二人のやり取りについていけなかったが、とりあえず無事を確認できたので少し安心した。


「と、とにかくベロキスの件は終わりだ。白州さん、事情はどうあれ危険なことに巻き込んでしまって申し訳ない。今の状況はキラユイから聞いている感じかい?」


「はい、事情は全てキラユイさんから聞きました。私のことはお構いなく、むしろ力になれて嬉しいですわ。これから三人で恥の神具を封印する方法を考えましょう」


 カオルはそう言ってマタオに笑顔を向けた。


「よう言うで、ワシとベロキスしたいだけのくせに」


「もうやめろキラユイ、ベロキスはお前から提案したことなんだろ?」


「まあそれはそうやが」


「じゃあ約束は守れ、ユイも昔から約束を破る奴が嫌いだったからな。だけど次からは妹の身体でエッチな約束はするなよ、それは兄として許容できない」


 マタオは真剣な面持ちでキラユイに言った。


「はいはい、分かった分かった、これやさかクソ真面目は困るで」


 キラユイはやれやれといった様子で答えた。


「えー、エッチなこと次からダメなんですのぉー? マタオさん、それ金でどうにかなりません? 入れ替わっている今がチャンスなんですよ、普段のユイさんに戻ったらガードが固くってなんにもできませんの」


 カオルは自分勝手な主張をしながら、マタオにポケットから出した札束を見せた。


「……白州さん、あなたそんな人だったっけ? と、とにかくダメなものはダメ、お金をいくら出そうが本人の意思を無視してエッチな約束をするなんて最低だぞ」


 マタオはカオルに厳しく注意した。


「そこをなんとかお願いしますわ、マタオさんだって裸を私たちに見せつけて興奮してるじゃないですか」


 カオルはマタオの筋肉質な身体をジッと見て言った。


「これは恥の神具の目を欺くために仕方なくやっているんだ! 断じてエッチな目的のためではないっ! いいから早く札束をポケットに戻したまえ、白州さんはお金の使い方をもっと考えた方がいい」


「はあ、分かりました」


 カオルは残念そうに札束をスカートのポケットに戻した。


「では今度からエッチな相談をする時はマタオさんに内緒でしましょうねー、キラユイさん」


「まあ条件次第やが」


「おいっ!」


 そして三人は揉めながらも、しばらくしてようやく本題に入る。


「えー、それではキラユイ様とカオル様は席について下さい。これから作戦会議を始めます」


 封印の神具はそう言うと、マタオを黒板の前に立たせて、彼と合体している右手でチョークを持った。どうやら司会進行を務めるようである。


「あら? マタオさんの右手が喋りましたわ、もしかしてあなたが封印の神具さん?」


 カオルはキラユイと前列の席につきながら尋ねた。


「はいそうです。カオル様は初対面でしたね、この通りマタオ様の右手と合体しておりますので、以後お見知りおきを」


 封印の神具はそう言って、礼をするようにペコリと右手首を曲げた。


「まあ、可愛いらしい挨拶ですわね。こちらこそ、よろしくお願いします。あとでさわらせてもらってもいいですか?」


「アホッ、ええわけないやろ。カオルが封印の神具なんぞさわったら、所有しとる加速の神具が封印されるわ」


 キラユイはイラつきながら言った。


「あらそうですの? 残念ですわ。なでなでしたかったのに」


「犬や猫とちゃうんやぞっ! ええさか早う進行せい封印の神具!」


「は、はいキラユイ様。ではまず現状ですが、恥の神具を所有しているのは一年一組の担任を受け持っている岩井トラオという男になります。彼はトーリエ学園のほぼ全ての人間の恥を奪い、裸の戦士にした後、共に体育館に待機しております。そして取り逃した少数の学校関係者については、校内をパトロールさせている裸の戦士たちに任せ、出入り口も見張らせております」


 封印の神具は説明しながらマタオの右手を器用に操作して、簡単な位置関係の絵を黒板に描いた。とても分かりやすい絵である。


「問題はこの敵だらけの中で、どうやって恥の神具の所有者である岩井トラオに、マタオ様の右手と化した私を触れさせるかですが」


「それについてなんやが」


 キラユイは挙手して言った。


「はい、どうぞキラユイ様」


「いくら封印の神具といえど、マタオのセクス存在エネルギーを感知されずに岩井トラオに触れられるんか?」


 キラユイは懸念していた点を言った。


「ええ、それなんですが、ハッキリ言って無理ですね。あの能力の性質上、私の能力でマタオ様をお守りしながら岩井トラオに近づく必要がありますので、いくら恥の神具の感知能力が低いとはいえ、途中でこちらのセクス存在エネルギーを感知されてしまいます」


 封印の神具はあっさりキラユイの指摘を認めて言った。


「そうなった場合、僕は岩井先生に触れる前に裸の戦士たちに取り押さえられるんだろう?」


 マタオは不安そうな表情で言った。


「はい、さらに感知範囲内で恥の神具に私と合体している右手を見られた場合、マタオ様が私の所有者であると判別されますので、やはり命の保証はできません」


「うーむ、しかしこのまま逃げるわけにもいかん。放っておいたら恥の神具の能力でどんどん裸の戦士の数も増えるさか、封印するのが今より難しくなるでなぁ」


 キラユイは腕を組みながら言った。


「すいませんマタオ様、私が不甲斐ないばかりに、本来であれば恥の神具程度、簡単に封印できるのですが……」


 封印の神具は申し訳なさそうに言った。


「本来であれば?」


「そうや、そいつは封印した神具によって所有者のセクス存在エネルギーを増大させるさか、宝物庫が空っぽになっとる今が最弱なんや。人間でいうと赤ちゃんみたいなもんやで。マタオのセクスそんなエネルギーが少ないと神具を封印する方法も限られてしまうさか」


 キラユイはマタオの右手と合体している封印の神具に視線を向けながら言った。


「……マジか、封印の神具はそんな状態で恥の神具から僕を守ってくれていたのか……」


「いえ、私のことはいいんです」


「そうや、封印の神具の心配なんかしとる暇があったら作戦を考えんか、気合いでどうこうなる相手ちゃうで」


「それでしたら私にいい考えがございますわ」


 マタオたちのやり取りを聞いていたカオルは、微笑しながら口を開いた。


「先ほど言っていたように、マタオさんは恥の神具の目を欺くために裸の戦士のフリをしておりますわよね? それはまだバレていないのでしょう?」


「えっ? ああ、教室で恥を奪われた時も大人数だったから、まさか僕の恥だけ奪えていないとは分からないだろうし、ここに来るのもトイレに行くってことで、出入り口の裸の戦士に言ってきたからバレていないと思うけど」


「では私とキラユイさんを、マタオさんが裸の戦士として捕まえたという設定で体育館に戻れば、怪しまれずに三人で岩井先生に近づけますわね」


「ああ、なるほど、確かにそれは可能だろうけど、どうだ封印の神具? 僕たち三人を恥の神具の能力から守れそうかい?」


「はい、それは問題ないですが、しかしどちらにしても途中でマタオ様のセクス存在エネルギーを感知されてしまいます」


 封印の神具は淡々と言ってカオルの提案を否定した。


「まあそうやろ、結局ある程度は近づけても岩井トラオにさわれんかったら意味ないんやさか。隙をくってレベルでもないやろうし、どうあがいてもマタオのセクス存在エネルギーが感知されてからトラオに触れなあかんさか、どんだけマタオがダッシュしても触れる前に逃げられるか、護衛の裸の戦士に取り押さえられるで」


「そうだよなあ、しかも体育館の壇上に居るから、短い階段もあるし、僕のセクス存在エネルギーを感知されずに触れるとなると、途端にハードルが高くなるよな」


「岩井トラオが心臓発作で死ぬとか、それぐらいの奇跡でも起こらん限りはノーチャンスや」


「フフッ、奇跡は自らで起こすものですわよ、キラユイさん」


 カオルは重い空気の中、再び微笑して言った。


「あ?」


「奇跡は自らで……」


「聞こえとるわ、二回も言わんでええ、スケベ女が何を偉そうに言うとるんや、気持ち悪い」


「白州さん何かいい考えがあるのかい?」


「いい考えもなにも、普通に岩井先生に触れればいいじゃないですか」


「何を言うとるんや、話聞いとったか? それができれば苦労せんわ」


 キラユイは呆れたように言った。


「それこそ時間でも止められるんやったら話は別やが」


「ふふっ」


「だから何がおかしいんや?」


 キラユイはイラっとして言った。


「時間が止められないなら加速すればいいんですよ」


 白州カオルはそう言って、スッと足を上げながら二人に加速の神具を見せた。

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