第16話

「先ほど裸の戦士たちが報告してきた屋上の件ですが、本当に放っておいて大丈夫なのですか? ものすごい速さで逃げられたということでしたが」


 岩井トラオは体育館の壇上だんじょうに設置している革張りのソファーに寝そべりながら、自分の股間に付いている恥の神具に尋ねた。


「放っておくと言うより、追っても無駄だ。状況から察するに、その女子生徒の一人が所有しているのは加速の神具だろうからな」


 恥の神具は冷静にトラオの問いに答えた。


「あれは所有者を意のままに加速させる。この体育館に待機させている裸の戦士を全員使ったとしても、捕まえるのは不可能だ」


「ほう、そういうタイプの神具でしたか、では私たちの敵ではありませんね」


「うむ、加速の神具がどれだけ速くとも、われの能力の有効範囲に入れば、たちまち裸の戦士になってしまうからな。それに今は他に優先すべきことがある」


「ええ、分かっています。あなたの必殺技を発動するんですよね? そうすれば裸の戦士たちの股間にもイチジクの葉が出現し、恥の神具の能力も反映されると」


「そうだ。つまり爆発的に人間から恥を回収できるようになる。だが我の必殺技を発動するにはトラオのセクス存在エネルギーを膨大に消費するだけでなく、裸の戦士を一定数従えている必要がある」


 恥の神具は確認するように言った。


「それについてなんですが、あと何人ぐらいから恥を奪えば必殺技の発動条件が満たされるのです? すでにほとんどの学校関係者は裸の戦士になっていますけど」


 トラオは壇上の下で綺麗に列をつくって待機している裸の戦士たちを眺めながら、恥の神具に尋ねた。


「そう心配するな、裸の戦士があと数人ほど捕まえてくれば問題ないだろう」


「そうですか、それなら良かったです」


 トラオはニヤリと笑いながら言った。


「やはりトーリエ学園の方々を最初の標的にしたのは正解だったようですね。教師として勤務している私が自由に出入りでき、優秀な人間を大量に裸の戦士として確保できる。さらに外に情報も漏れにくい。まさに恥の神具を使うのにはうってつけの場所でしたね」


「うむ、我もそれについては驚いている。まさかこれほどの人間の恥をいとも簡単に回収できるとは思ってもいなかった。場所を間違えていればもっと手こずっただろう」


 恥の神具はトラオに共感しながら、満足そうに言った。


「さてさて、それはそうと、取り逃したかたたちを裸の戦士に任せているうちに、こっちもやることをやりましょう」


「うむ、しかしトラオも心配性だな。本当に恥が回収できているかの確認など、必要ないと言っておるのに」


「念の為ですよ。なにせ服だけ脱いでいる裏切り者が居ないとも限りませんからね。それに試したいこともあります」


 トラオはそう言ってソファーから立ち上がると、壇上の前まで歩いて、自分の担当クラスである一年一組が座っている方に視線を向けた。


「委員長! ちょっとこちらに来てください!」


「はい、喜んで」


 彼女はトラオに呼ばれると、すぐに立ち上がって壇上までの階段を上がってき、トラオの前までやって来る。スタイルの良い、若くて健康的な裸である。


「では恥の確認からいきましょうか。委員長、ブタの真似をして下さい」


 トラオはそう言って、淡々と彼女に命令した。


「はい、分かりました。ブヒィィィー! ブヒブヒィー!!

ブヒャブブゥヒィィー!!!」


 委員長は四つん這いになって、トラオの周りをウロウロしながらブタのように鳴いた。


「はい、いいでしょう。どうやら問題なく恥の方は回収できているようですね。普段の委員長は品行方正の鬼ですから、天地がひっくり返ってもこんな真似まねはしません」


「だから言っただろう? 我の能力をあなどってもらっては困る。そんな上品じょうひんな人間でさえこのザマなのだからな、もう試す意味はない。ここに待機している人間は間違いなく有効範囲内で我を見ているのだからな」


「ですからあくまでも確認作業みたいなものですよ、むしろ次が本命です。委員長、一旦人間に戻って下さい」


「はい、分かりました」


 ブタになっていた委員長はトラオに即答し、四つん這いの姿勢からスッと立ち上がった。


「それでは食堂に行ってお茶を買って来て下さい、もちろんあなたのお金で」


 トラオは委員長をジッと観察しながら命令した。しかし彼女はキッパリとこう言った。


「申し訳ないですが、それはできません」


「……そうですか、分かりました。では再度ブタになりなさい」


「はい、分かりました。ブヒィィィー!! ブヒブヒィィィー!!」


 委員長は再び四つん這いになって、トラオの足元をぐるぐる歩き始めた。


「ふう、やはり裸の戦士になっているとはいえ、従う命令には限度があるようですね」


「ああ、そういう実験か。当たり前だ、我々の目的に関係のある命令でないと、裸の戦士は従わん」


 恥の神具はトラオの実験の真意に気付いて言った。


「そのへんが曖昧なんですよねぇ」


 トラオは納得いかない顔でそう言うと、唯一身に付けている自分の革靴のニオイを嗅いでいる委員長を見た。


「豚の真似も私たちの目的にあまり関係がないような気もしますし」


「いや、関係ある。これは裸の戦士として恥がないことを証明している。ケツの穴認証と同じだ」


 恥の神具はキッパリと言った。

 

「まあそう言われれば理解できなくもないですが……痛っ! ちょっと委員長! 足を噛まないで下さいっ! 豚の真似は終わりです! 早く人間に戻りなさい!」


「はい、分かりました」


 委員長は噛んでいたトラオの足を離して、四つん這いの姿勢からまたスッと立ち上がった。ブタの役に没頭しすぎたようである。


「フフッ、パシリにしようとしたから恨まれているんじゃないか?」


 恥の神具は笑いながら言った。


「仕方がないでしょう? そういう実験なんですから、ああ痛い痛い」


 トラオは噛まれたふくらはぎをさすりながら嘆いた。


「まったく、歯形まで付いているじゃないですか、委員長、罰としてその場で腕立て伏せを十回して下さい」


「申し訳ありませんが、それはできません」


 彼女は真顔になって淡々と答えた。


「やはりこの命令もダメですか」


「当たり前だ、我々の目的に関係がないからな。それに委員長はトラオの命令通りに豚の真似をしただけだ」


 恥の神具は呆れたように言った。


「大体、我ですらどこまでの命令に裸の戦士が従うかなんて、明確に把握しているわけではない。どちらにせよ世界の恥を回収するために動いてくれれば問題はないのだから」


「まあそれはそうなんですが、何か新たな発見があるかもしれません」


 トラオはメガネを人差し指でクイっと押し上げて言った。なんとなく楽しそうである。


「フッ、貪欲な奴め。この世界で人間が繁栄した理由はそういうところかもしれんな」


「それはそうかもしれませんね」


  トラオは心底共感して微笑した。


「はい、では仕切り直しです。委員長、私の乳首をつねって下さい」


「はい、分かりました」


 彼女は唐突な命令にも関わらず即答して、トラオの乳首を両手で同時につねった。


「いだっ! いだだだっ!! どこにそんな力がっ!? もういいですっ! 離して下さい委員長っ!! ちょっと聞いてます!? 早く離しなさい! おてをパー!!」


「……はい、分かりました」


 委員長は謎のタイムラグを生じさせた後、ようやく彼の乳首を解放した。案の定それは赤く染まり、爪の跡がくっきり残っている。


「ふうー、なにか反抗的ながあったような気もしますが、とりあえずこれは従うと」


 トラオは頭の中の項目にチェックを入れながら言った。とても真剣である。


「しかし力加減が強すぎです。今日帰宅して妻に説明を求められたらどうするんですか?」


「教え子に命令して乳首をつねらせたと言うしかあるまい、トラオの妻もすでに裸の戦士の一員なのだから、それぐらいは許容してくれるだろう」


 恥の神具は正直に報告することを推奨した。


「いえ、その言い方だと、まるで私が性的なサービスを教え子に強要したかのような誤解を招く可能性があります。かと言って服を着るわけにもいきませんし、妻に叱られたくもありません。委員長、その時は説明してもらえますね? なんなら晩御飯も一緒に食べていきなさい」


「申し訳ごさいませんが、それはできません」


 彼女はトラオの提案をキッパリと断った。


「え? ダメなのですか? はあ、分かりました、ではブタの真似をして下さい」


「分かりました。ブヒィィ!! ブヒブヒィィー!!」


 委員長は素早く四つん這いになり、またブタになった。三回目ともなれば慣れたものである。


「裸の戦士は豚の真似しかできないんですか?」


 トラオは嫌味ったらしく恥の神具に言った。


「取り逃した人間を探すためにパトロールと出入り口の警備もやっているだろうが、しょうもない命令をしなければいいのだ」


 恥の神具は呆れながら反論した。


「あっ、そうだ。ではこういうのはどうでしょう」


 トラオはなにかを閃いたらしく、笑みを浮かべながら再び委員長に命令した。


「そのまま豚の真似をしながら、食堂の自動販売機でお茶を買ってきて下さい、もちろんあなたのお金で」


「ブヒッ!?」


 委員長は四つん這いのままピタリと動きを止めた。かなり困惑しているようである。


「ブヒッ! ブブヒブヒッ! ブブゥー!」


「何を言っているのか分かりませんよ委員長、人間に戻ってから言って下さい」


「はい、私はトラオ様のブタにはなれますが、パシリにはなれません」


 委員長は人間に戻って、毅然とした態度で言った。


「裸の戦士としての誇りがありますので」


「そうですか、ふう、なんだか頭が痛くなってきました」


「委員長は悪くないだろ、そろそろ解放してやれ」


 恥の神具は見かねて言った。


「分かりました。では最後の実験です。恥の神具、一度委員長に恥を戻せますか?」


「うん? 恥を戻す? ああ、できないことはないが……」


「ではやって下さい、反応が見たいので」


「分かった。だが、委員長が可哀想だから一瞬だけだぞ。えいっ!」


 恥の神具はそう言って、委員長に恥を与えた。


「えっ? なんで体育館? キャアァァー!! 岩井先生なんで裸なんですか!? って私も裸ぁ!? みんなも裸ぁ!? どういこと!? 夢よね!? これはユメよぉー!! らららららぁーー!!」


「えいっ!」


 正気を取り戻して発狂した委員長を確認すると、恥の神具は再び彼女の恥を回収した。


「これで満足かトラオ?」


「ええ、よく分かりました。もう下がっていいですよ委員長」


「はい、分かりました」


 そして委員長は何事もなかったかのように壇上から下りて、自分のクラスの列に戻って行く。


「じゃあ次は……そこの君でいいです、壇上まで来て下さい!」


「まだやるのか?」


 恥の神具は呆れながら言った。


「男女で何か違いがあるかもしれません」


 トラオの実験はまだ続くのだった。

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