第2話 作者とアシスタント編
「はあ」と自宅のソファーの上で、部屋着のまま寝転んでいた
「つまらん」
テーブルを挟んだ対面のソファーに座っていたフロイグは、膨大な報告書を読み上げていたが、作者の不満の声を聞いて仕方なくそれを中断した。
「どうしました?」
「世界が停滞していてつまらん」
作者は黒髪のショートヘアーを、左手でクシャクシャ触りながら言った。
「そう言われましてもねえ、いつものことですが、どんな世界もやがて限界を迎えますので、作者がそう感じるのであれば、おそらくその時が近いのでしょう。しかし逆に言えば安定しているとも言えます」
フロイグは胸に垂れている銀髪のおさげを触りながら答えた。
「俺が求めているものは安定ではない」
「では私たちや人間にばかり任せていないで、ご自身で直接干渉すればよろしいかと、この世界の作者はあなたなんですから」
「それは
作者は頭の後ろで手を組んで言った。
「そうですか、では新たな世界を創造するしかありませんね。今回の世界も長い時間を費やしましたが、これ以上見込みがないのなら仕方がないです」
フロイグはそう言うと、腰に手を当てて背筋を伸ばした。皮膚のようにピッタリと身体にフィットする服を着ていたので、胸の形が強調された。彼女の頭の上には、黒い球体のようなオブジェクトがフワフワと浮いている。
「うーむ、しかしなあ……今回の世界は自信があったんだがなあ」
「気のせいじゃないですか? 前回の世界の時も散々そのセリフ言っていましたよ」
「えっ? 言ってたっけ? お前よくそんな昔のことを覚えているな」
「私たちは作者のアシスタントですからね、当然です」
「私たちっていうかフロイグだけだろそれ、頼んでもないのに報告、連絡、相談、とか言って毎日俺の近くに居るし、正直ちょっと怖いんだが」
「えっ? そうですか? 普通ですよ普通」
「異常者はみんなそう言うんだよ」
作者はフロイグをジッと見て言った。
「まあいいじゃないですか、アシスタントの中でも所有している
フロイグは作者に好意を抱いているのを必死にごまかしながら尋ねると、彼はソファーからむくりと身を起こして答えた。
「まあ、その可能性はあるな」
「ではカウントダウンは私にやらせて下さい」
フロイグはウキウキした様子で言った。
「……遊びじゃないんだからな」
「分かってますって、ちょっとテンションが上がってしまっただけです。ではでは、十、九、八……」
「お、おい落ち着け、気が早すぎるんだよ。膨大な犠牲の上に成り立ってきた世界を、そんなサクッと十秒で終わらせられるわけないだろ。お前どれだけ嫌いなんだよ今の世界。普通に考えて新しい世界にする前に、他のアシスタントの意見も聞かなきゃダメだからな」
「えっ? なぜですか?」
フロイグは不思議そうな顔で作者に尋ねた。
「な、なぜですかって、一応みんなで管理してきた世界だろう? 俺の独断で決めるわけにはいかん」
作者はそう言って、テーブルに置いていたティーカップを持って、フロイグが入れてくれたコーヒーを一口啜った。
「何を言っているのですか、あなたはこの世界の作者なんですよ? あなたが黒と言えば我々はこの世界をすべて黒にしますし、やっぱり白だと言われれば白にする。作者の決定に従うのがアシスタントの使命ですので、いちいち意見など聞く必要はありません」
「それはフロイグの解釈だろ、実際反対する奴もいると思うぞ」
「居ませんよ、いたとしても私が始末するので、強制的に全員賛成になります」
「無茶苦茶なんだよお前は。大体アシスタント同士の揉め事は禁止にしたはずだ」
「作者に反対するような裏切り者はアシスタントとは呼べませんので、では十、九、八……」
「カウントダウンやめろ、あといつの間にか俺の隣に座ってるけど、自分の席に戻ってもらっていい? すこぶる怖いから」
作者はそう言うと、フロイグを対面のソファーに追いやった。
「ふう、とにかくだ、そもそも世界の神具は宝物庫に保管しているから、ここにはないし、まずはアシスタントを全員召集して話し合おう。フロイグの言うことも理解できなくはないが、新しい世界にするとしても、やっぱり俺はみんなで決めたいからな」
「ええそうですね、では宝物庫に向かいましょう」
「俺の話聞いてた?」
フロイグは作者の発言を無視して、座ったまま空中に人差し指で大きいハートマークを描いた。すると空間がその形に切り取られていく。
「どうです? やっぱり私がいると役に立つでしょう?」
フロイグはドン引きしている作者に言った。
「そんな顔しなくても分かってますって、だから先に世界の神具を取りに行くだけですから、取りに行くだけ。それにたまにはお散歩させてあげないと」
「いや、そんな犬みたいな理由で気軽に出していい代物じゃないんだが……でもまあ、確かに一理あるか、あいつも宝物庫の中でストレスが溜まっているだろうしな。てかワープの神具を使うのはいいんだけど、入口をハートマークにする意味ある?」
作者は切り取られた空間を見て言った。
「いいじゃないですか、可愛らしくて」
「念のために聞くけど、ちゃんと宝物庫の前に繋げているんだろうな? この前みたいにお前の家の寝室だったりしたら怒るぞ」
「大丈夫ですって、あの時はまだワープの神具を所有したばかりでしたので、扱いきれてなかったんですよ。それにオシャレな神具で浮かれていたんでしょう、かわいいネイルにしか見えませんしこれ」
フロイグは人差し指の爪に塗られているワープの神具を見つめて言った。
「嘘くせえ」
「行かないなら私が先に入りますよ」
「ちょっと待て、それはそれでなんか待ち伏せして変なことされそうで嫌だ」
「私をなんだと思っているんですか、そんな子供みたいなイタズラはしませんよ」
「わかったから、行くよ、行けばいいんだろ。ええいっ! ままよ!」
「絶対言いたいだけでしょそれ」
そして飛び込んだ作者を追うように、フロイグも切り取られたハートマークの空間に消えていった。
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