シング・シング(人間の存在理由) この世界を管理するために創造した『神具』が人間の住む地上に散らばって大変ですっ!! 明るいダークファンタジー!!

いつどこでなにをやっても地獄

第1話 プロローグ

 トーリエ学園高等部に通う吉良きらユイは、その日も安らかな眠りから目を覚ました。


「うぅーん、よく寝れたわ。おはよう、私」


 朝の六時、ユイは起床する。二度寝などしない。すぐにベッドから起き上がって、カーテンを開ける。晴れ、曇り、雨、どんな空模様でも、彼女はすべていい天気だと思うようにしている。


「今日もいい天気ね」


 窓の外は曇り空である。


 ユイはすぐにパジャマから制服に着替え、身支度を整えると、エプロンをして台所に立つ。吉良家はユイの他に両親と兄がいるので、四人分の朝食とお弁当を彼女が作っている。


「おはようユイ、相変わらず早いわね。寝てなさいよ、それは私の仕事よ」


 途中から眠たそうな様子の母が合流し、ユイと交代しようとするが、彼女は絶対にそれを許さない。


「お母さんこそ寝てて、仕事忙しくてあんまり寝てないんでしょ?」


「それは父さんも一緒よ」


「だからお父さんは今も寝てるじゃない、お母さんだけ不公平でしょ?」


「私の方が早く寝かせてもらっているのよ。じゃあせめて手伝わせて、今日は何を作るの?」


「和食」


「もうちょっと具体的に言って」


 そして朝食と弁当を作り終えると、兄と父も起きてきて、必ず家族全員でテーブルを囲む。家族仲は基本的に良好なので、会話もそこそこ多い。


「今日はみんなが帰宅次第すぐに車で出発するから、そのつもりでな」と父は新聞を読みながら言った。


「あと体調も崩さないように」


「僕らは大丈夫だよ、前回の旅行の時みたいに途中でガス欠とかにならない限りはね」


「お兄ちゃん、それお父さん気にしてるから言っちゃダメ」


「あっ、ごめん父さん、冗談だから」


 兄はまずいと思って、咄嗟にフォローした。


「いや、いいんだ、あの時は本当に悪かったと思ってる。でも今回は大丈夫、ちゃんと昨日業者さんに車の点検してもらったから、ねえ母さん」


「そうね、あとは安全運転で行くだけよ。ゴールデンウィークだから混みそうだけど、旅館に着いちゃえばゆっくりできるし、温泉も楽しみだわ。二人とも学校終わったら早く帰ってくるのよ」


「はーい」


 四人は家族旅行の話題で盛り上がりながら、食事を済ませると、各々仕事や学校に向かう。


「行ってきまーす、ってちょっと、お兄ちゃん靴箱の上にお弁当忘れてるー!」


「あー、ごめん、うっかりしてた」


 ユイは玄関を出て兄に駆け寄ったが、彼の差し出してきた右手を優しく払った。


「そんなに私の作ったお弁当が食べたくないの?」


「ち、違うって、うっかりミスだよ、僕がそんなこと思っているわけないだろ」


 兄はオロオロしながら言った。


「えー、本当かなぁ」


 ユイは微笑しながら言って、兄と並んで歩く。お弁当は、まだ渡さない。


「じゃあどれぐらい食べたい?」


「ええー、イジワル言わないでくれよ」


「ダメ、ちゃんと答えてくれないと、お弁当あげない」


「うーん、そうだなぁ……あと五分で死ぬって分かってたら、最優先でユイの弁当を完食するよ」

 

 ユイはそれを聞くと、無言で兄が肩に掛けていたスクールバックを開いて、弁当を入れた。めちゃくちゃ嬉しかったようである。


「いつもありがとうな、ユイ」


「わ、私は自分がやりたいからやってるだけ」


 彼女は黒髪を触りながら、兄から目を背けた。恥じらっているようである。


「僕はユイみたいな外見も内面も美しい妹を持って、兄として誇らしいよ」


「ちょっとお兄ちゃん、お弁当の仕返しでわざと変なこと言ってるでしょ?」


「僕は正直に思っていることを言っただけだよ。それはそうと、たまには手でも繋いで登校するか?」


 兄はスッと妹に手を伸ばして言った。


「繋ぎません、学校の人に見られたら勘違いされるでしょ、何を考えているんですか? お母さんに報告しますからね」


 ユイは冷たく敬語で兄を叱りつけて、少し彼と離れて歩いた。しかし内心はまんざらでもない。


「ごめんごめん、冗談だって、母さんに報告するのはやめて下さい」


 兄は自分の軽率な発言に後悔しながら、少し前を歩く妹の後ろ姿をストーカーのような眼差しで眺めた。


「しかしこれはこれで悪くないか」

 

 腰辺りまである綺麗な黒髪、ウエストとヒップの美しい曲線、スカートからスッと伸びる色白でしなやかな足。兄とはいえ、うっかり妹から性の匂いを感じ取ってしまいそうである。


「うむ、本当にユイが妹で良かった。これほど品行方正な美少女が他人だったら、僕の理性が破壊されてしまう」


「えっ? お兄ちゃん今なんか言った?」


 道端に落ちていた空き缶を拾って、近くのゴミ箱に入れていたユイは、後ろに視線を向けて言った。


「いや、今日はいい天気だなって」


「そうね、今日も明日も明後日も、私が死ぬまでずっといい天気よ」


 そしてその後もユイは、落とし物の財布を見つけて交番に届けたり、迷っているお婆さんに道を教えてあげたり、赤信号で交差点を渡ろうとしていた小学生を引き止めたり、当たり前のように善行を積み重ねながら通学した。


「じゃあねお兄ちゃん、また後で」


「ああ、また後で」


 学校に着くと、二年生の兄と別れ、ユイは一年生の校舎に向かう。昇降口で靴を履き替え、教室に入ると、一番後ろの窓際が彼女の席である。


「ごきげんようユイさん」


「ごきげんようカオルさん」


 ユイは自分の席に着くと、既に斜め前の席に着いていた白州はくしゅうカオルと挨拶を交わし、ニッコリ微笑んだ。彼女はユイの昔からの幼馴染である。


「ユイさん何かいいことでもございましたの? 身体から幸福が出ていますわ」


「えっ? カオルさんは幸福が見えるんですか?」


「ユイさんの幸福は見えますわよ、いつも注視していますもの」


 カオルはニコリと笑って答えた。


「それは迷惑な特殊能力ですね。あっ、でも今日は学校終わったら家族で温泉旅行だから、それは楽しみですが」


「あら、いいですわね、明日からゴールデンウィークですし、私もユイさんについていきたいぐらいですわ。ちなみにどこの旅館に泊まりますの? 住所を教えてもらってもよろしいですか?」


 カオルは胸ポケットから万年筆とメモ帳を取り出しながら言った。


「教えません、教えたら絶対イケナイことするでしょ? お金持ちはお金持ちらしく、大人しく海外旅行にでも行ってきて下さいね」


 カオルは昔からユイのことが好きなので、彼女のことになると財力を使って滅茶苦茶な行動を取ってしまうのである。ユイはそれを懸念していた。


「残念ですわ、ではその代わりにいっぱい写真を撮ってきて下さいね。ユイさんの浴衣姿とか見たいですし」


「まあ、それくらいならいいですけど」


「ちなみに、五百万バカーぐらいで乳首丸出しの写真とか売ってもらうことって可能でしょうか?」


「……可能なわけないでしょ、朝からそんな汚らわしい交渉をしないで下さい。あとすぐに大金を出さない、早くしまいなさい」


 カオルは机に出した札束を残念そうにスクールバックに戻した。


「分かりました。では一時間後に二千万バカーほど振り込みますから、それでよろしいですわね、ユイさんの口座番号を教えてくださる?」


「カオルさん、もう長い付き合いだからはっきり言いますけど、イカれてますよ、頭」


「えっ? じゃあ左乳首だけならどうですの?」


「あのね、カオルさん、ここがどこだか分かってます?」


「学校ですわ」


「そうです、しかも校則で下品な言葉遣いはしないように決められていますよね?」


「ええもちろん、トーリエ学園はこのンポッニこくで一番の名門校ですもの、紳士淑女のための」


「それに加えてこのクラスの委員長は誰ですか?」


わたくし、白州カオルですわ」


「そんな立場の人が大金チラつかせて、友達の乳首丸出しの写真を要求しちゃダメですよね?」


「えっ? なぜです? ご学友と親睦を深めるのは良いことだと思いますが」


 カオルは心底不思議そうな顔をして言った。


「そんなはしたない親睦は深めませんっ! とにかくエッチな写真は撮りませんし売りませんし、もちろん口座番号も教えませんからね」


「そうですの、仕方がありませんわね、では普通の写真で我慢しますわ」


「はあ、朝から疲れました。ほら、先生が来る時間ですよ、早く前を向いて下さい」


 そしてこの日は、その後も学校が終わって自宅に帰る途中まで、ユイはカオルのセクハラに悩まされたが、ゴールデンウィーク中に会えないのを考慮して、別れ際のハグだけは許してあげた。


「カオルさん、そろそろいいかしら、お母さんに早く帰って来るように言われてるの」


「離したくないですわ、離したら二度会えない気がするんですもの」


「ゴールデンウィーク明けに会えるでしょ、早く離しなさい、十秒だけって約束したはずです」


「そんな約束守るわけないじゃないですか」


 カオルはユイの胸に顔を埋めて言った。


「ぐへへ、いい匂いですわ」


「カオルさん、私が約束を守らない人が嫌いって知ってますよね」


 ユイの言葉にカオルはハッとして、彼女の腰に回していた手を離す。


「冗談ですの、私ったらつい、ユイさんの優しさにつけ込んでしまいましたわ」


「いいのよ、分かってくれれば」


「では、お気をつけて行ってきて下さい」


 ユイはしおらしくなって見送るカオルに、最後は自分から抱きついて言った。


「ゴールデンウィーク明けに二人でケーキでも食べに行きましょう。約束します」


 そして二人は別れて、ユイは家族と温泉旅行に向かった。


 しかし翌日、カオルはテレビのニュースで知ることになる。吉良一家の乗る車が、崖から転落事故を起こしてしまったという訃報を。

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