第3話

 フロイグと作者がハートマークの穴から出ると、そこはすでに宝物庫の扉の前だった。


「どうですかこの精度、バッチリでしょ? ここまでワープの神具を使いこなすのに私がどれだけ苦労したことか、今すぐ褒めて下さいっ!」


「お、おう、よくやった」


「頭も撫でて下さいっ!」


「……そこまでする必要ある?」


「早く早く」


 作者は嫌だったが、詰め寄るフロイグの勢いに押されて、仕方なく彼女の頭に手を伸ばした。しかしなぜかその手はフロイグ自身によって拒否される。


「きゃっ! 馴れ馴れしい」


「いや、馴れ馴れしいもなにも……」


「彼氏でもないのにやめて下さい」


「やらせたのお前な」


 困惑する作者の発言に答えることなく、フロイグは被害者のような冷ややかな視線を向けた後、宝物庫の扉を開けた。


「さて、何か変だとは思いませんか?」


「お前の頭だろ」


 フロイグは彼の鮮やかな即答に微笑しながらも、ゆっくりと宝物庫の中に足を踏み入れ、作者もそれに続いた。


「残念、違います」


「えー!? 絶対正解だと思ったんだけどなぁー、じゃあお前の性格?」


「それ一緒じゃないですか、作者は好きな対象にイジワルするタイプですね」


「ははっ、好きも何も、俺にとってお前なんか子供みたいなもんだよ」


 作者は笑いながら答えた。


「ええ、立場上そう言わざるを得ないのは理解しています。でも知っているんですよ、本当は私のことを意識してるって」


「だからしてないって、地上にいる人間を見てみろよ、自分の子供に恋愛感情を抱く親なんていないだろ?」


「えっ? たまに居ますよ、ちなみに兄弟でも居ますし、同性でも居ます」


「あーそうだったー、人間ってそういう生物だったー、完全に忘れてたー」


 作者は人類の歴史を思い出しながら、呆れた顔で言った。


「あまり干渉せず自由にやらせてきた結果ですよ。そもそも作者に似せて創造されたのが我々アシスタントと人間ですから、その理論で言えば作者だって私のことを好きになる可能性があるのです。というか好きなんでしょ本当は? 正直に言ったらどうです?」


「俺はアシスタントでも人間でもないから、そんな感情はないよ」


「嘘つき」

 

 フロイグは立ち止まってポツリと呟き、後ろを振り返って作者の胸ぐらを片手で持ち上げた。


「私のことを好きと言いなさい」


「……えっ!?」


「今すぐ言うのです」


 なぜ自分がこんな目に遭わされているのか、作者は到底理解できなかったが、フロイグが鬼のような顔をして、もう一方のおてをグーにしているのが見えたので、逆らうと顔が大変なことになりそうだった。


「……す、スゥーキ」


 作者は力無く言って、サッとフロイグから目をそらした。


「何ですかその態度はっ!! そんな諦めたような棒読みで言っても私は手に入りませんよっ! 欲しくないのですかっ!? ちゃんと言って下さいっ!」


「わ、わかった、わかった、ちゃんと言うから、とりあえず離してくれ」


 フロイグは仕方なく片手で持ち上げていた作者を解放して、彼の目を見つめた。次の言葉を期待して待っているようである。


「……えー、なんて言えばいいのか、とりあえずあれだ、俺はフロイグのこと別に嫌いじゃないぞ」


「はあ? なめてるんですか? 愛してるって言いなさい」


「ハードルが上がってるんだが」


「いいから言うのです、ついでに抱きしめて下さい」


 作者はめちゃくちゃ嫌だったが、このまま断ったら長期的な嫌がらせを受けるのは間違いないので、フロイグの注文に全力で答えるしかなかった。


「分かったよ、クソッ……愛してる! あいしてるっ!! ア・イ・シ・テ・ルゥー!!!」


 作者は必死に無をイメージしながら、彼女を抱きしめて叫んだ。しかし数秒後、その抱擁はやはりフロイグ自身によって解かれてしまう。


「やめて下さい彼氏でもないのに」


 彼女は全力で応えた作者にピシャリと言い放った。そしてクルリと前を向いて、また何事もなかったかのように歩き始める。


「……うーむ」


 一体どうすればよかったのか、作者をもってしても全く分からなかったが、これ以上巻き込まれて余計なストレスを溜めたくなかったので、彼は反論したい気持ちをグッと抑えながら、黙ってフロイグの後を歩いた。


「さて、私のことが好きで好きでしょうがない作者にもう一度聞きます、何か変じゃないですか?」


 フロイグの問いに作者は、再度お前の頭だろと口を滑らせそうになったが、すんでのところで我慢した。


「宝物庫の扉に貼っていた封印ふういんの神具が剥がされていたことだろ」


「正解です。そのせいか、保管されているはずの神具が先ほどから一つも見当たりません」


 フロイグは左右の壁を沿うように設置されている、ガラス張りの棚を確認して言った。


「知っての通り、神具は必要としてくれるところに引き寄せられる性質を持っていますので、宝物庫の外に出てしまったとしたら大問題です。間違いなく地上を目指し、欲望にまみれた人間の手に渡るでしょう」


「確かに何も無いなー、めっちゃ棚の掃除しやすそう」


「呑気なことを言っている場合じゃないですよ、どういう状況か分かってます? 扉に貼られていた封印の神具を解除して宝物庫の中に入れるのは、作者と我々アシスタントだけなんですよ。つまりこれは身内の仕業です」


 フロイグはすっからかんになった棚を凝視している作者に言った。


「すぐに裏切り者の捜索と、神具の回収方法を考えないと」


「まあまあそう慌てるな、何かの手違いかもしれないし、まだ誰かが裏切ったと決まったわけじゃない。お前はもうちょっと仲間を信じる心を持った方がいいぞ」


 作者はフロイグをなだめるように言った。


「それにどちらにせよ、世界の神具さえあれば問題はないのだよ。要するに宝物庫から神具が流出したという事象を、なかったことに変えてしまえばいいだけだからな。俺が世界の神具を使えばそれぐらいは造作もない」


「はあ、それならいいんですが……で、肝心の世界の神具はどこに保管しているんですか?」


「この下だよ」


 作者は凝視していたガラス張りの棚を移動させながら言った。


「隠し階段ですか、宝物庫に地下が存在するなんて知りませんでした」


「今回のようなイレギュラーを想定して誰にも言ってないからな、当然お前の記憶も後で世界の神具を使って消すぞ」


「さすがは作者、仲間を信じろとか言っておきながら、自分は全然信用していないところがとってもクールです」


「備えあれば憂いなしと言えっ! それだけ世界の神具はヤバいものなのっ!」


 フロイグの的確な指摘に作者は声を荒げると、足早に階段を下りていった。フロイグはそんな彼に改めて愛しさ見出したらしく、クスクス笑いながらその後をついて行くのだった。

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