第8話 獄中糞男共煽地獄


 暴れに暴れたあげく腕に噛みついたり「脱糞すんぞ!」と叫んでみたりしたが後頭部をガッとやられて意識を刈り取られた。頭はやめろ。将棋弱くなったらどうすんだ。


 パチ公。


 殺す。


 スヤァ……。


***


 目が覚めたら牢屋っぽいところにいた。すこぶる頭の悪そうな形容になってしまっているが、そうとしか言いようがねぇ。石造りで鉄格子で壁からなんか手枷とかぶら下がっててジメジメして暗いんだぜ? これが牢屋じゃなきゃ西成もビバリーヒルズだわ。


 おまけに格子の前には見張りっぽいガチムチハゲが二人もいる。クソが。うまそうな肉とか食いやがって。


「オウコラオドレらナンしてくれとんじゃッラァン! 出せや! グルァ! 聞こえとんか!」

「――が起きた――。――報告――私――見張り」

「わかった――食事を――」

「きぃとンかッルァ! ジャラッシャ! ア゛ア゛!?」


 だめだ。全然通じてねぇ。


 ……が、なんだろうな。


 前よりも、連中の言葉の文法がほんのりわかる気がする。


 前まで単語しか聞き取れなかったが、助詞や副詞もなんとなくつなげ方がわかるような。


 頭ぁゴッとやられたからか?


「ボケコラカッスゥ! ハゲェ! 出せオラァッ!」

「静かに――食事――――今すぐ――」

「……『私』『は』『要求』『する』『外』」

「!?」

「わーったかコラツルピカ。はよ出せやウンコ漏らすぞ」

「……貴方、は、言葉、しゃべれる、か?」

「『少し』」


 一か月片言とはいえそれしか通じねぇ場所で生きてきたんだ。単語はそれなりに覚えてる。


  いい加減、本腰を入れるときってことみてぇだ。


「我々、要求、きけない。少し、待て」

「……『理解』『した』」


……ふむ。


「『私』『は』『貴方』『達』『に』『要求』『する』」


 もとより、将棋指しってのは記憶力がウリよな。


「『言葉』『を』『教え』『なさい』」


***


 三日で覚えた。


「っでよぉ。俺ぁそん時言ったわけよ。「お前それ絶対見間違いじゃねぇか。五メートルの熊ってもうモビルスーツじゃねぇか」って。おまえそんな化け物かよ。五メートル。五メートルっておまえなぁ。あれはあれだ、山ん中で悪さしてっからお前熊公遠目に見てでかく見えたんよ。お前もしあれだよホントに五メートルの熊がいたらお前、それぁ人の触れちゃいかんやつだろ。生贄とか欲するやつだよ。しゃべってもおかしくねぇ」

「やめろ……。もうやめろ……」

「俺、喋れてるか?」

「十分だ。もう十分だから……」


 三日間二交代制つきっきりでレッスンしてくれたガチムチハゲコンビ先生には頭が上がりませんね。


「……おい、交代だ」

「早く、早くこいつをどうにかしてくれ! 頭がおかしくなる! 聞いてもいないのに知りもしない国のどうでもいい話を延々延々……!」

「耐えろ! 十人長ももうじき判断を下される!」


 ちょっとお疲れのようですね。


「そうだ。熊といえば知り合いにドン熊ってあだ名のやつがいてよ。それこそ熊みてぇなナリして、いや、さすがに五メートルはねぇけどよ。なにしかでけぇナリでその割に動きっから頭ン巡りまでドンくさくてよぉ……」

「黙れ! その男の話はもう聞いた!」

「ァア゛!? ホントかテメェ絶対か!? オメェこれで聞いてもねぇとこン着地したらどうすんだテメェ人が気持ちよくべしゃってるときにべちゃくちゃべちゃくちゃ黙って話くらい聞けやタコハゲ! ドタマッから湯通しして皮剥いで殺ッぞォラッ!」

「教えてもいない罵詈雑言をどこで……」


 酒場暮らしで覚えてた単語。


「貴様、いい加減にしろよ。食事もなにも世話されている分際で……」

「あっ、そういう。フーン。へぇ。まぁいいけどー? それをねぇ。お二人のプライドが許すのならぁー? もちろん罰を受けますがぁ?」

「……」

「『真剣』で向こう一週間の三食巻き上げられてお情けで勘弁してもらっておいてる癖にぃ? この上俺のメシまで抜きますか? どうぞ? クソ雑魚風情にできるのはちゃぶ台返しだけですね?」

「……やめろ」

「それとも? もう一勝負? しますか? 今度は何枚落としてあげましょうか? そしたら勝てまちゅかー?」

「やめてくださいっ!」

「ううっ……。こんな人間の屑に……」

「ショーギが上手いだけでこんなにつけあがれるのか……」

「文句があったら勝ってみろやラリパッパハッゲェ! ヒャッハー!」


 二人の着ていた服と靴に身を包み、仮眠に使っていたと思しき毛布ざっと五枚を敷物に、初日の二倍ほどの量の飯をかっ食らいながら俺は中指を立ててハゲツインズを煽った。


 最ッ高だなァ! ひゃひゃひゃひゃぁっひぃー!


「よぉし、気分がイイ! 二面差しでこいや! 一人でも勝てたら金輪際黙っててやるよォ!」

「ホントか!? ほんとに黙るのか!?」

「おいバカやめろ! 何を賭けさせられるかわからん! 一生人語をしゃべるなとか言われるぞ!」

「あっれれー? 怖いのぉー? クソザコ骨なしチキンのパラリラハゲパッパは二人がかりでも勝てねぇのォーン?」

「……ブッコロ!」


 ヒャーハーッ!


***


「リョマくんさん様。私どもの上司が来ております、ザコハゲですいません」

「どうかお目覚めを願います、クソタコでごめんなさい」

「おう。くるしゅうない」


 さらに四日後。


「……一体何があったんだ!」


 なんか偉そうな人が来たとき、牢屋は使用人(二名)付きロイヤルスウィートと化していた。


 おせぇよ。


 

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