第7話 情けは人のためならず
件の酒場の二階部分は、ベッドと私物入れだけしつらえたちいせぇ部屋が五つほどある宿泊スペースになっている。最初は『ドラクエとかでよくある宿屋なんかな』と思ってたが、暮らしてみて察するに、どうも『たまたま恋愛関係になった男女』が『ご休憩』とかするためのスペースみてぇだ。――実に残念なことに――酒場で客をとってるねーちゃんがいるわけじゃねぇが、その手の連中が時たまやってきてギシギシキャンキャンとよろしくやってやがる。この国の連中は声がでかい。
そのうちの一つ、階段を上がって廊下の一番奥の角部屋が、今の俺のねぐらだ。
お世辞にも清潔快適ってわけじゃあねぇが、なら悪いかっていうとそうじゃねぇ。むしろ俺は最高の環境だと思ってる。
私物入れの木箱が床に据え付けで、しっかり鍵がかかるってのも絶好だ。
昼。太陽が真っすぐてっぺんまで登り切って、パチ公がドアを叩いて初めて、俺は部屋からでる。
「リョマー。リョォーマー。――。――仕事――――。リョマー」
「んぉー……。今出る、今出っからー……」
「仕事ー」
パチ公の仕事――あの日の広場でやってたような『大道詰将棋』のテキの手伝いが、今の俺の職ってことになるのかね。
適当に身づくろいして部屋を出ると、いつも変わらずひっつめ髪のパチ公が準備万端なツラして待ち構えてやがる。
「リョマ! ――! 仕事――!」
「あいあい。あんまゆすんな。頭いてぇんだオレ。いてぇっつってんだろ」
「仕事!」
「昼メシ食ってからな。わかる? 『私』『昼間』『食事』『する』」
「……ハァ。リョマ『メシ』『ハヨクエ』――――酒――食事――。『カナイマヘンナァ』」
お互いチグハグに覚えた単語で片言に意思疎通しながら、とことこと階段を下り、昼飯。日に日にゴミを見る目になっていく酒場のねーちゃんに唯一憶えた注文――『私』『あなた』『任せる』――で出てきたものを腹に収めて、ちぃと茶でものんだならでっぱつだ。
パチ公は幾つかの広場を日替わりでローテンションする。宿の前に止めてある大八車を俺が引いて、パチ公の指示に従って前進だ。
良くできたもんで、あの大盤も駒も綺麗にばらして詰めるようになってやがる。舞台に至っては、ひっくり返して車軸と車輪を通せば、こうして引いてる大八車に早変わりって寸法だ。商売道具がすっきりまとまってるってのは実に合理的だぁな。
「前進、右。『マッスグ』『ミギ』」
「へぇへぇ」
「『ヘェヘェ』――――。『ツギ』『ヒダリ』」
「『次を』『左』ね。はいはいどうどうはいどうど……」
最初の数日なんかは上下ジャージで車を引く俺を見て、街の皆様にひそひそ噂をされたりしたもんだが……。パチ公がどっからか手に入れてきた服やら靴やらを身に着けている今は、ちょいと顔立ちが平らで背の低い外国人って程度の物珍しさだ。子供に追いかけられて棒でつつかれることも無くなった。
デザインもまぁ悪くねぇ。服がゴワゴワして木靴がかってぇのを除けば気に入ってる。
「まぁナイロンには勝てねぇわな」
「――? 『ナイロン』? 『サケ』? 『メシ』? 『カネ』?」
「どれでもねぇ。『全部』『違う』」
「『エロイネーチャン』?」
「おまえろくでもねぇ言葉ばっかり覚えとんな。俺のせいやな」
色気づいてんじゃねぇぞ。毎日おんなじフード付きのポンチョの癖に。
その日の仕事場についたら、舞台設営、問題の選定。そしてパチ公の口上で商売の始まりだ。
まぁここからは俺が客だった時とおんなじ。適度に負けつつ適度に買って、客に恨まれねぇ程度に小銭を稼ぐ。
違うのはここからだ。
特に腕に自慢のありそうな客が出てきて続けざまに問題を解くと、パチ公が『特別問題』を出す。
その『特別問題』を客が解いたなら、俺の出番だ。
「……――! ――! ――強い――! ――外国人――――! リョマ! ――!!!!」
パチ公の口上を合図に、大盤の裏から俺が出る。
舞台の横、もう一つしつらえた一組の机と椅子に、小さな盤と駒を並べて、仕事の始まりってわけよ。
***
『特別問題』には一つからくりがある。
普通、大道詰将棋の問題は『詰みそうに見えて詰まない』ものが用意される。
が、こいつは別。『詰まなさそうに見えて詰む』将棋だ。
難問を続けて解いていい気分の客に、さらにもう何問か解かせて有頂天にしてやる。そのうちギャラリーも集まって歓声を上げ、まるで自分が将棋の大天才になったような気分だろう。そんなときに「強い奴を用意しました!」と言われてその気にならないわけがねぇ。
ま、なんだ。後は良すぎず悪すぎない程度に接戦して、結局僅差で勝ってやりゃあいい。たまに快勝したり、逆にスカッと負けてやるのもコツだ。
おいしいのは、俺への挑戦には詰将棋のそれ十倍の額の挑戦料を積まなきゃならねぇっとことだわな。
「やー、今日も稼いだ稼いだ」
「――! ――――! 『カネ』『ハライッパイ』『カナイマヘンナァ』!」
「『俺』『儲けた』『嬉しい』」
「リョマ強い! 一番!」
「あったりまぇよぉ!」
日が沈む前には舞台をたたんで、宿屋に帰る。
その後は仕事帰りの酔客相手に、酒場の指定席で『真剣』だ。
「やー、なんかこう。軌道に乗ってきたって感じするなぁ」
「――? ――『メシ』――酒――」
「酒はもう自分で頼む気ねぇな……」
最近『リョマに負けたら掛け金とは別に酒を一杯奢る』という謎ルールが追加され、勝てば勝つほど酔っぱらうというハンデを課せられている。
「今日は肉が喰いてぇな。『私』『お肉』『食べたい』」
「――――リョマ――――ショーギ。『シンケン』!」
と。
パチ公が大八車によじ登り、俺が使った小さいほうの盤を広げる。
「あぁ? メニューをかけて真剣将棋、ってか?」
「『シンケン』――『サカナクイテェ』『オレ』『センテ』」
「おーおー、いいぜ。――『よろしくお願いします』」
「お願いします――7六歩」
「はいはい。3四歩――」
夕暮れの帰り道、パチ公の乗った車を引きながら目隠し将棋。
パチ公は本当に将棋が好きだ。
こうして、少しでも機会があればなんだかんだと口実を作って差したがる。
これが、俺のここ一か月の毎日。
日本で真剣師をやってた時と比べると、まるで稼ぎは足りねぇが……。穏やかで、緩やかで、平和な毎日。
「こういうのも、悪かねぇかもな……」
「――? ――2六歩――」
「お。今日は居飛車で来るか。3二銀――」
一つになった二人の影が、夕日に伸びて俺たちの行先でゆらゆらと揺れていた。
***
酒場。
「うわぁ!? 何だおめぇら!?」
「――――――! ――!! ―――!」
「離せ! こっちくんな! おめぇらくせぇんだよ! 風呂入らねぇから!」
「――――! ――――! ――!!!! ――!」
「イヤァア人さらいッ! 助けてッ! パチ公ォオー! 助けてくれぇー!」
なんかガタイのいい男二人に両脇つかまれて俺はさらわれた。
「リョマ!」
「パチ公!」
テヘペロッ!
「『スマンヤデ』!」
「パチ公ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
売 り や が っ た な !
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