第4話 煽る阿呆に乗る阿呆
「俺だ! 俺! 次俺! 俺がやるー! オレオレオレ!」
言葉が通じないときは大声が基本。たとえ相手が外国人観光客だろうが「そこ右いってバーッと突き当ったら左曲がってまっすぐや! ライト! バーッとストレート! レフト! オーケー!?」で道案内できてしまうのが大阪人だ。出来ていないことも多いが。とにかく右手を振り上げてがなり立てる俺をみて、小男は意図を察したらしい。一瞬ぎょっとしたものの、とりあえず籠を差し出してくる。あー? どうせ勝てるんだから銭コ要らねぇやろが。そうもいかんか。
財布から取り出したる十円玉を見せるが、一瞥するなり首を振られた。なんでや! アカンやん。あと五円と一円しかあらへんぞ。
一応他にも色々見せるが、ことごとくダメ。これは? 王将の餃子タダ券。ダメ? ヨドバシのカードも? せやろな。むしろ財布が一番欲しそうやな。ええやろ。鰐革やぞ。
「じゃあこれは?」
ジッポを取り出してちらつかせてやる。アーマー彫刻の表ビリケンさん裏登り竜素材はもちろん十八金!(中古保証書なし)
知り合いからはことごとくけなされる俺のオキニを見て、小男は一目で態度を変えた。
「――――――!」
「せやろせやろ。やっぱ現物資産やな。ほれ」
籠に放り込んでやるとそれはそれは嬉しそうに駒を並べ始める小男。周りの客もほぉ……って感じに見る目が変わる。いやぁ。いい気分ですねぇ。やっぱ金ってのは見せびらかしてる時が一番いい気分だわ。それにしてもこの小男ジッポ気に入りすぎやろ。駒を並べながらでも、思わず視線が籠の中のそれを向いている。おい、よく見ろ。駒落としたぞ。
「お前とは趣味が合いそうやな……」
「――?」
「わからん。大阪弁でたのむ」
「――? ――――? ――――……」
さっぱりわからん。
「まぁええわ……。ちょっと、ごめんごめん、そこのオッサン。それ、足元の、木の枝。それとって、それ。わかる? キノエダ、トル。ワタス。オーケー?」
ありがとさん。
今度からバイリンガルって名乗ろう。
適当な木の枝を持ち、準備が整うのを待つ。
「――――――!」
「おう、ええか? ほんなら……」
って。
おい。
「五手詰めやんけ」
なんで問題かえたし。
首をかしげて小男を見るが、すでに勝ちを確信したいい笑顔で頷くだけだ。どうやら『客に合わせた』つもりらしい。
なるほどね。
確かに、わからなくもない。今でも周りには少なくないギャラリーがいる。言葉も通じない明らかによそ者の男。ルールが通じてるかも妖しいもんだ。いくら乞われたからって本気で当たるのは
こいつからしてみれば、俺がトチってお手上げ降参。ギャラリーから腕に覚えのあるやつが再挑戦って流れで、もう一稼ぎを狙ってるわけだ。
いや、御見それした。
「お前さんほんと商売うめぇわ」
「――?」
「わからんいうとるやろ」
まぁ、ええか。
木の枝片手に肩を鳴らし、右手を回して、盤を見る。
さて。
かっぱぐぞ。
***
「それ! そこ! おく! 成る! 成るって言ってんだろ! リターン! わかる!?」
「――? ――――!」
「そう! そこ! そんでお前はそう! 知ってる! そんだら俺はこう!」
場は盛り上がっていた。
一目でわかる五手詰めなんてあっという間だった。ジッポをとりかえした俺だったが、見返りに小男から渡されたのはボロボロにすり減った銅貨が五枚。おう。ナメとんか。
もちろん理屈はわかる。問題の難易度に合わせて賞金が変わってるんだ。とはいえこちとら無一文。ここで稼げなきゃ明日も危うい。そのまま銅貨を籠の中にシュゥウウト!
そこからは、俺も小男も、超! エキサイティン!
九手詰めに難易度が跳ね上がったがこれまたノータイムで撃破。今度は銅貨二十枚。そいつを突っ込んで十三手。これまたノータイム。十五手詰めを二回解いて、今三回目の十五手詰め、を。
「詰んだ! はい終わり!」
「―――――――――――――――――――!」
地団太を踏む小男と、いつしか増えていたギャラリーから拍手が起こる。いえーい。ちょろいですわ。
で、銀貨っぽいのを一枚もらう。
うーん。
拍手が起こるくらいなんだから、これもなかなか高価なんだろうが、物価がわかんねぇから不安だな。
というか、この小男が惜しみながらも素直に渡してくる時点でそこそこの小遣い銭って気がする。
俺にはわかる。こいつは守銭奴だ。
言葉も人種も違うが、間違いねぇ。絶対そうだ。
なんせ俺とおんなじ匂いがする。
つまり、だ。
こいつがガチで悔しがるくらいかっぱげたら、割としばらく安泰なんじゃねぇ?
「おう。その籠の金さ。全部賭けろよ」
「……――?」
「わかんだろ? 全賭け。オールベット。オーケー? ファイナルゲーム」
身振り手振りを繰り返す。……いまいちピンときてねぇみたいだな。
「ヨコセ。カネ。オレカツ。オマエヨワイ。カネオレノモノ……。ああ! めんどくせぇな! オラ!」
らちが明かねぇ!
ジッポはもちろん、財布からなにから、ポケットの中身を残らず籠にぶち込み、ひっくり返して裏地まで見せてやる。そのまま手を男に向けて、クイ、クイ、と引いて見せた。
「こいよ」
「――」
ギャラリーが湧き上がり、指笛が鳴る。
「こいよやァ! オラァ!」
挑発ってのはどこでも通じるもんだな。
「――――――! ――! ――――!?」
「上等だゴラ! まずそこ! そこ! そこに金! ゴールド! カネ!」
やんややんやの大喝采。俺とコイツの一世一代の勝負が始まった。
結果だけ言おう。
出された問題は三十七手詰め。
俺の勝ち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます