第46話
勇士はマンションが完全に倒壊したのを合図に地面を蹴り、加速する。音速を越え、ソニックウェーブを引き起こし、瓦礫と炎を巻き上げながら跳躍した。
「オオォォッ!?」
魔物には勇士が突然目の前に現れたように感じられた事だろう。力をほぼ開放した勇士と魔物の間には、それほどの隔絶した差が存在していた。
「ハァッ!!」
「グゥォオオオオ!?」
目の前で空中を薙いだ腕の風圧によって魔物の体が宙に浮き、轟音とともに地面に叩き付けられる。
「よっと、こんなもんだったか?SSランクって・・・・?」
勇士は地面に着地し、あまりの手応えの無さに首を傾げる。感じる気配の大きさはSSで相違ないのだが、手応えはSランク上位に毛が生えた程度なのだ。勇士が疑問に思うのも無理はない。
『そんな事より主殿が気にしないといけないのは、この周囲の惨状だと思うがのう・・・・』
常夜は魔物の強さ以前に気にしなければいけない事を指摘すると、勇士の目が明後日の方向に泳ぐ。どうやら、少しばかりやり過ぎようだ。
「・・・・・常夜、手柄を押し付けるのはジャンヌだが、被害の原因としての役割は魔物に押し付けるべきだと思わないか?」
『・・・・主殿、儂はあの魔物が憐れに見えてきたんじゃが、どうしたら良いかのう?』
とりあえず、周囲の惨状については魔物に押し付ける事したらしい。その発言に常夜は魔物が憐れな存在に見えてきてしまった。
「眼科に行った方が良いぞ。お前に医療が通用するかは分からないけどな」
『失礼なやつじゃな!第一、儂は刀じゃろうが!!』
かなり深刻そうな顔をして助言する勇士に常夜が正論で返す。最早戦場の緊張感などなく、緩慢とした空気が漂っていた。もし常夜が人の姿をしていれば、頭に手を当てて頭痛を堪えていた事だろう。
「グオオオオオォォォ!!」
「やっと起き上がったのか、遅すぎるな」
『さっさと殺ってしまうぞ、主殿!』
起き上がり、棘を放ってきた魔物を見て勇士は緊張感のない事を口にする。そんな主を刀が叱咤したのを合図に勇士は常夜を振るう。
音速に迫る速度で飛来する棘は勇士の目の前まで到達し、次の瞬間には打ち落とされる。
音速すら超えないものなど打ち落とせて当然とばかりに、力を取り戻した元英雄は襲いかかる全ての棘を切り刻み、打ち落としていく。
「少しは考えたみたいだが、遅い――ッ!」
正面に大量に展開された棘の弾幕を隠れ蓑にして、背後から勇士の体を突き刺さんと回り込んだ棘を勇士は振り向かずに迎撃する。魔物が地面から棘を生やし、串刺しにしようとすれば、地面に刀を叩き付け道路のアスファルトごと消し去る。その際に放たれた斬撃はついでに魔物の腕を切り裂く。
「グガアアアアア!!」
「馬鹿の一つ覚えだな」
腕を切られた事に激怒した魔物が放つ棘の数を増やすが、それを勇士は鼻で笑うと魔力を練り上げる。
「『
棘と同数の光の弾が勇士の目の前に出現し、放たれる。空中で棘を的確に捉え、相殺していく。
『ええいッ!!主殿、何をしておるか!?このような雑魚に何時まで時間をかける気じゃ!?本気を出せば一瞬じゃろうが!!』
「落ち着け、常夜。久しぶりに力を開放したんだ。リハビリをしないと力加減がしづらくなる。それに、こいつは初見の相手だ。出来るだけ、情報を手に入れたい」
勇士が魔物を倒すのに時間をかけている事が遊んでいるように見えたのか、常夜が噛み付く。
『ぬう、ならば仕方がないかのう・・・・遊んでいる訳ではないのじゃな?』
「当たり前だろ」
ぐうの音も出ない正論で返され、渋々といった様子で納得する。しばらく黙ったと思うと、自分の懸念を口にしたが、それには勇士が間髪を入れずに答えた。
「グオオォォオオオオオォォォ!」
「何だ?」
棘を全て相殺しきった所で、魔物が突然咆哮を上げる。勇士が大音量の咆哮に眉間に皺を寄せて不快感を表情に出しながら、勇士は魔物の謎の行動への疑問を口にする。その疑問は直ぐに解消された。
「グゲェッ!?」
背後に気配を感じ、背後に向かって刀を振り後ろを見ると、そこには胴体を両断されたリザードマンの死体が転がっていた。
「他の魔物を呼び寄せたのか」
『ふむ、上位の魔物にはありきたりな能力じゃのう。持っていて当然か』
しかし、先程切り殺したリザードマン以外の魔物がここにやって来る気配がない。それには呼び寄せた本人も動揺しているらしく、仕掛けてくる様子はない。
「あの戦闘狂張り切ってるな・・・・」
『そうじゃの・・・・・』
その原因を知っている勇士たちはあの魔王のごとき店長が嬉々として魔物を狩っている姿を思い浮かべ、苦笑した。
「グオオオオオォォォ!!」
「へぇ、腕を増やせるのか。面白いな」
しばらくして、援軍はないと悟った魔物は敗北への恐怖を誤魔化すように雄叫びを発した。すると、魔物の体積膨張し、肩の辺りから夥しい数の腕が生えた。その夥しい数の腕を勇士に叩き付ける。だが、勇士に当たる前に切り刻まれ、霧散していく。
「だいたい感覚は思い出したし、そろそろ終わりにするか」
『やっとか。長かったの』
全ての腕を霧散させ、勇士はゆっくりと刀を上段に構える。凄まじい量の魔力を刀に注ぎ込み、降り下ろす。ただそれだけの単純なもの、されども単純だからこそ強力な一撃だった。
「じゃあな」
「―――――――――――――――ッ!!」
降り下ろされた刀の切っ先より前が白い光に染まり、魔物は叫び声すら上げる事が出来ずに消滅した。
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