第41話

勇士は形振りかまわずに全力で住宅街を山の方向へ疾走していた。この行動が原因で隠してきた彼の実力がバレるようなことはないだろう。何故なら、彼が疾走することにより発生した突風を感じることはできるが、彼の姿を捉えることができる者は居なかったからだ。


「頼むから早まらないでくれよ、ジャンヌ」


そんな願いを口にしつつ、勇士は山の中へ向けて跳躍した。

彼は木々の間を縫いながら斜面だと言うのに速度を落とした様子はなかった。

そのまま進んでいると、彼の目の前に魔物が躍り出た。


「邪魔だ、退け!」


その魔物は勇士の手刀によって両断され、無惨に屍をさらす。さらに、手加減なしの手刀は勢いのあまり、その後ろの斜面まで削っている。それを素の力のみで行う勇士の身体能力が恐ろしい。常人がこの光景を見れば、前世より身体能力が落ちている事を言っても信じることが出来ないだろう。


「こいつら邪魔くさいな」


出現する魔物たちを鬱陶しい羽虫を叩き潰すような感覚で瞬殺していく。だが、圧倒的な力で順調に進んでいる勇士の表情には濃い焦りの色が見えた。


「早く助けに行かないとな・・・・」


その理由は町の方角から聞こえてくる、破壊音と戦闘音が原因だった。それはジャンヌが既に魔物と接敵して、勝利が絶望的な戦闘を始めていることを示していた。


「・・・やっと着いたか」


勇士は辺りに結界による霧が出現したことを確認するとそう呟いたが、ここに来るまでの所要時間は精々一分位しか経っていない。

更に、道中の斜面が戦闘や異常な速度を出していた勇士のせいで、大変なことになっているのだが、勇士が気にした様子はない。


『主殿よ、こんな時間に何のようじゃ?』


どうやら、あの刀は勇士が結界の中に入って来たことに気付いていたらしい。勇士が口を開く前に先んじて話し掛けてきた。


「お前も気付いているだろ?緊急事態だ。力を貸してくれ」

『主殿よ、良いのか?それは再び戦場に立ち、英雄となることを意味しているのじゃぞ?』

「バレなければ問題ないな。それに手柄を押し付ける相手もいるしな」


刀の問いに勇士はニヤリと笑ってそう答えた。


『ふむ、その手柄を押し付ける相手はジャンヌとか言う女の英雄かの?』

「ああ、そうだぞ。それに、あいつは俺よりも英雄にふさわしい」


刀からの声のトーンが下がり、不機嫌そうな声になっていることに勇士は気付かなかった。


『・・・主殿』

「ん?なんだ?」

『そう言って自分をするのは止めるのじゃ。それは儂も含め、主殿に倒されたものへの愚弄じゃぞ!しかも前世の仲間さえも貶める言葉にもなるのじゃ、分かっているじゃろう?主殿は立派な英雄じゃった。主殿を超える英雄なぞ存在せん』


急に叱られた勇士は驚き、豆鉄砲を喰らったような顔した。

勇士は驚きから回復すると、刀に向かって謝罪してから笑った。


「・・・すまん。それと、ありがとな」

『な、何じゃ、いきなり!?か、感謝されるようなことをした覚えはないのじゃ!』


素直に感謝された刀は慌てたようにそう言った。もし、この刀が人間だったのなら、顔を真っ赤にしていたことだろう。


「まあ、また縛られた英雄なんて御免蒙る。だが、として、後輩の英雄を助ける位はしても良いだろう?」

『そうじゃな、主殿の好きにすれば良いのじゃ。それに、主殿はあれだけ苦労したからの、女の一人や二人位は当然の褒美じゃろうて・・・』

「何の話だ?」

『・・・・・そうじゃったの、主殿はこう言うことには鈍感なんじゃった。敵意とかには鋭いのじゃがのう』


勇士は刀の最後の方の言葉が理解できずに聞き返すが、刀からは呆れの言葉が返ってくるだけだった。そのことに勇士は頭を傾げる。


『そんな事より、時間がないのじゃろう?早く封印を解いてくれんかの?』

「おっと、そうだった。それじゃ、始めるぞ」

『・・・・自分で緊急事態だと言っておったのに、主殿は緊張感がないのう』


刀に指摘され、漸く緊急事態の事を思い出した勇士は急いで封印を解除するための呪文を口にする。


「我、龍の魂宿りし神魔を切り裂く刃を、再び戦場にて振るおう、今宵その真名を呼び、封印から解き放たん!神刀『常夜』!!」


勇士がその真名を叫んだ時、刀を固定していた鎖は弾け飛び、封印用の札は炎に包まれて燃え尽きる。刀は岩の窪みから消え、勇士の前に現れた。


「常夜、準備は良いか?」

『愚問じゃな。久しぶりの戦いじゃ、血が騒ぐわ』


勇士が刀、常夜にそう問いかけると、力強い言葉が返ってくる。それに満足な表情で頷いて勇士は常夜を手に取る。

すると、勇士を光が包み、収まった時には勇士の服装は変わっていた。

勇士は長袖の服と長ズボンの上に胸当てと籠手、すね当てを着けているだけで、その上から更にローブを着ている姿だった。そして、それら身に付けているもの全てが黒かった。


「さて、行きますかね」


勇士は来るときよりも速い速度で今も戦場音がしている戦場へと向かうのだった。

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