第38話

「おや、腕を切られてしまったようだね」


男の愉快そうな声が暗い洞窟の中に響き渡る。


「グ、グオオ・・・・・」


男の目の前には昨日、勇士と激戦を繰り広げた魔物がいたが、彼がその魔物を恐れた様子は一切ない。それどころか、どこか楽しげな雰囲気をしている。

一方で魔物は勇士に切断された腕が治っておらず、弱々しいうめき声を上げていた。


「戦ったのは昨日だったのに、まだ治らないなんて相手はかなりの実力者だったみたいだね」


話の流れからして、この男は魔物の味方のようだ。しかし、何故か敵対するであろう相手に手練れがいるという予想を口にした割には、先程と変わらず愉快そうな声で喋り、楽しげな雰囲気をしていた。


「・・・グオォォ?」


何故男が楽しげな雰囲気をしているのか、理解出来ない魔物はその黒い頭を僅かにかしげる。


「いや何、君は余興のつもりだったのだけど、予想以上に面白い事になりそうだとおもってね。良かったよ。存外、楽しめそうだ」


もし、勇士がこの場にいて、男の発言を聞けば今回の事の黒幕として認識し、襲いかかるだろう。

男の声音はまるで新しい玩具を手に入れた子供のように弾んでいた。


「おっとすまない、君を回復させるのを忘れてたよ。うーん、でもただ回復させるのもつまらないな・・・」


男はそう言うと暫く悩む素振りをした後、思い付いたようにポンッ、と手を叩いた。


「そうだ!強化すれば良いんだ!君もその腕を切断した相手に復讐したいだろう?」


男の質問に魔物は頭部を縦に振って肯定を示した。


「じゃあ、決まりだね。ああ、そうだ。少し痛いかもしれないけど、我慢してくれよ?」

「グッ!?グオオオオオオオオオオ!!」


男が手をかかげると、その手から激しい光が放たれ、視界を白く染める。魔物は激しい痛みがあるのか、叫び声を上げて苦しむ。


「オオオオォォォォ・・・・・」

「終わったよ。さあ、もうすぐ日が沈む、行っておいで。僕を楽しませるためにね」


徐々に光と魔物の叫び声は収まり、落ち着いたところで男が魔物にそう言うと、魔物は影に溶けてその場を去った。


「楽しい余興を期待しているよ。僕の退屈を紛らわしてくれ、まだ見ぬ僕の玩具よ」


暗い洞窟の中で顔は見えないが、確かに男は笑った。

――― 厄災の影は既に放たれた。

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