第37話
「分かった。家の中で話そう」
ジャンヌの表情から何かあると思ったのだろう。勇士は真面目な顔をしてそう提案した。
「そうですね。では、家に入りましょう」
ジャンヌも勇士の提案に賛成して、勇士と一緒に家の中に入っていく。彼女は緊張して自分の心臓の鼓動が早まっている事を感じたが、その緊張を表情に出さないように努力した。実を言うと、その雰囲気から緊張している事が勇士にバレているが、ジャンヌは気付いていない。
「で、話ってなんだ?」
「それは・・・・」
リビングのテーブルの椅子に座ってから勇士がジャンヌに話を促す。
しかし、ジャンヌはいざと言う所で言い淀んでなかなか本題を切り出せずにいた。
(もしかしたら、この話は勇士さんにとっては触れて欲しくない話題かもしれないと思うと、言い出しづらいです。でも、世界や人類を守るためです。例え勇士さんの思い出したくない過去で心を傷付けてしまっても、話さなければなりません)
再び覚悟を決めたジャンヌは、一度深呼吸した後に口を開いた。
「勇士さん、あなたは『神域の英雄』ではないですか?」
「・・・・・」
ジャンヌは単刀直入に勇士にそう質問した。
一方で勇士は予想外な話題に呆気にとられ、絶句していた。
(いつバレた・・・いや、俺の情報ぐらい知ってても可笑しくないか。後は武蔵との戦闘とあの柄の悪い奴らを蹂躙した所を見られてるからな。他にも細かいミスをしてる、どちらかって言うと今までバレなかったのが不思議なくらいか・・・)
自分の今までの行動を振り返ってそう結論をつけて、勇士は内心溜め息をつく。
「何の話か・・・・ここは正直に話すべきか。そうだ、俺の神々に付けられた二つ名は『神域の英雄』だ」
「やっぱり、そうなんですね」
最初はしらを切ろうとしたが、ジャンヌの目から覚悟を感じた勇士は、自分が『神域の英雄』である事を自白する。
それを聞いてジャンヌは間違っていなかった事にほっとした。
「では、本題に入りますが、この世界に潜伏している怪物たちの討伐と人類を守る事に協力してくれませんか?」
ジャンヌは椅子から立ち上がり、勇士に向かって頭を下げて頼む。
「・・・・断る」
「何でですか!?あなたはこの世界や多くの人々を守りたいとは思わないのですか!?」
勇士は硬い意思を持ってジャンヌの頼みを断った。だが、ゼウスと時とは違い即答しなかった事から、ミカエルの考えは間違いではなかったようだ。
ジャンヌはミカエルから話を聞いた時から思っていた事を声を荒げながら尋ねた。
「俺にとっては守る価値のない存在だからだ」
「なっ!?」
勇士の纏っている空気が変わるのをジャンヌは感じた。勇士の声音は冷たく、坦々と事実を述べるような声音だ。
勇士の回答に今度はジャンヌが呆気にとられ、絶句する番だった。
「で、では、あなたにとって守る価値のある存在とは何なのですか!?」
「家族、友人、知り合い、俺の周囲にいる人物だな。それ以外を守った所で何も得るものはない」
勇士の答えはミカエルが言っていた事と同じだった。ジャンヌは心の中に怒りがふつふつと沸き上がり始めていた。
「あなたは強大な力を!理不尽と戦う事が出来る力を持っているのでしょう!?その力を何故自分のためだけに使おうとするのですか!?力がなくて理不尽な事柄に抗えず死ぬ方は大勢いるというのに!」
その怒りはかつてミカエルの話を聞いた時、感じたものよりも大きく激しかった。
だが、勇士はジャンヌの怒りを真正面から受けても眉一つ動かさない。
「力がないから死ぬのは自然の摂理だ。弱いなら弱いなりにいつ来るかも分からない助けを待つのではなく、生き残るために考え、死力を尽くすべきだと俺は思っている。助けが来る事を前提に動くなんてただ死を待つ事と変わらないぞ。そんな奴らを助ける義理なんて俺にはないな」
勇士は冷静に自分の考えを口にする。その内容は酷く冷徹なものだった。
「義理はなくとも、力を持つ者としての責任と義務はあるはずです!!あなたも英雄だったなら分かるでしょう?」
ジャンヌはすぐさま反論したが、最後の『英雄だったなら分かるでしょう?』と言うこの言葉が不味かった。それは勇士の逆鱗の一つだった。
「『英雄だったなら分かるでしょう?』だって!?お前こそ分かるのか!?人類を守った結果、自分が一番失いたくなかった人たちを失うはめになった気持ちが!!守った奴らは今までの恩なんて忘れて、俺の死んでいった仲間たちを役立たずだと罵る始末だ!そして、俺が英雄を引退しようものなら家族、友人、知り合い、俺が親しかった人々を片っ端から処刑した!!だから俺は二度と英雄なんてやらない、他人を守って親しい奴らを守れないのはもう御免だ・・・・」
最初は怒りの形相をしていたが、徐々に苦々しい表情になり、最後には悲しそうな、悔しそうな表情になっていた。
『そこまで彼に怒りを覚えないでほしい、彼にも事情というものがある』
勇士の話を聞いてジャンヌはふと、ミカエルの言葉を思い出した。勇士は前世で同族であるはずの人類に親しかった人々を殺された。彼にとっては人類は憎い相手であっても、決して守る対象ではないのだ。むしろ、記憶が戻ってからこれまで人類を滅ぼすために行動しなかっただけでも、充分優しいと言って良い。
「・・・・お世話になりました」
ジャンヌは家に居られなくなり、そう言って勇士の家から出ていった。
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