第36話

「魔王や化け物、怪物と言われた事はあるが人間じゃないと言われたのは初めてだな。失礼な奴だ。俺は純度百パーセント人間だってのに・・・」


この独り言をジャンヌは辛うじて聞き取る事が出来た。そして、思い出したのは昨夜の夢で狂信者の軍隊が叫んできた言葉だった。


『邪悪なる魔王を討ち果たすのだ!!』

(あの夢は勇士さんの記憶?勇士さんの正体は神敵、魔王と呼ばれた堕ちし英雄なのでしょうか?)


ジャンヌの推測は正しかった。しかし、ジャかンヌは自分の推測が信じられなかった。いや、信じたくなかったのである。彼女は短い間だが勇士と過ごした中で感じた彼と言う人間は少なくとも、夢で見たような軍隊を皆殺しなどはしないはずだ。・・・指揮官などは殺すかもしれないが。


(でも、あれほどの人がこの地球上にいるなら、何か教えられていても良いはずなんですが・・・あっ、ミカエル様から言われていた事を思い出しました)

「確か・・・・」


ジャンヌは漸く昨夜思い出せなかったミカエルの言葉を思い出した。

あれはジャンヌがミカエルの部屋を出る少し前だった。部屋を出ようとするジャンヌをミカエルが思い出したかのように呼び止めた。


『そうだ、貴女が転生するのは日本と言う極東の島国なのだが、日本に転生する前に教えておくべき事がある』

『一体どの様な事ですか?』


ミカエルがわざわざ自分を呼び止めた事に、ジャンヌは重要な話だろうと思い聞き返す。


『ああ、日本に転生した英雄には怪物たちの他にも人探しをしてもらっている。何故かと言えば、その日本に神々に匹敵する者が転生しているからだ』

『それは本当なのですか!?神に匹敵するなんて・・・その方は人間なのでしょうか?』


ジャンヌは思わず驚きの声を上げる。彼女が知っている常識では、半神の英雄でもない限り神々に匹敵する事は出来ない。純粋な人間などもっての他だった。


『あの者は純粋な人間だ。だが、貴女が知らないのも無理はない。彼は貴女の世界の英雄ではないからな。二つ名は「神域の英雄」と言う。・・・そして、ここからが問題なのだが、彼が日本の何処に住んでいるのか分からないのだ。それに彼は我々、神の使徒や神々の言葉に耳を貸さないだろう』

『それは例え世界や人類の危機であったとしてもですか?』


ジャンヌはどうしてもその事を確認せずにはいられなかった。英雄と呼ばれた存在が世界や人類が滅ぶ事を容認するとは、つまり、他者のために戦う事を止めたという事だ。


『ああ、我々が彼にその事を言ったとして、彼は自分の周りの者たちは守るだろうが、世界や他の人類を守る事はないな。断言出来る』

『何故!何故、そのような人にそこまでの力があるのですか!?力がなくて理不尽な事柄に抗えず死ぬ方は大勢いるというのに!!理不尽です!』


ミカエルの言葉にジャンヌの怒りが爆発する。ジャンヌは無駄だと分かっていても、声を荒げてミカエルに戦うつもりもない『神域の英雄』に何故、そこまでの力があるのかと質問した。


『何故、その人は力があるにも関わらず、己と己の周囲にいる人しか守ろうとしないのですか!?大きな力には責任が伴うはずです!どうして!?・・・・すみません、見苦しい所をお見せしました』

『いや、貴女の怒りはもっともだ。だから気にする必要はない』


ジャンヌは怒りを言葉にした事で少し冷静になれたようで、ミカエルに怒りを表に出してしまった事を謝罪した。

ミカエルは気にしていないと言った後、だが、と言葉を続けた。


『そこまで彼に怒りを覚えないでほしい、彼にも事情と言うものがある。そして、今は英雄とは名乗れない言動をしていたとしても、彼は英雄だった。決して怖じ気付いて戦いから逃げたのではない事は我々が保証しよう。もしかしたら、同じ英雄ならば彼を説得して協力を得る事が出来るかもしれない。頼んだぞ、聖女ジャンヌよ』

『分かりました。任せてください』


ジャンヌはミカエルの頼みを引き受けると、今度こそ部屋を出ていった。


(そうでした。私のもう一つの目的は『神域の英雄』を探しだして説得し、世界と人類を守る事に協力を得る事・・・おそらく、昨夜の夢に出てきたあのローブの男で間違いですね。もし、勇士さんが『神域の英雄』ならば話し合わないといけませんね。どうして、あの様な事をしたのかを・・・・・)


ジャンヌは夢に出てきたローブの男は『神域の英雄』だと確信していた。また、ジャンヌは、ほぼ確実に勇士がローブの男だろう、と思っている。

そんな事を考えていると、急に勇士が十字路の手前で止まりそれに反応出来なかったジャンヌは勇士の背中に顔をぶつけた。


「・・・お前、ぶつかって来るなよ。不注意じゃないか?」

「~~~っ!す、すみません、考え事をしてました。でも、何で急に止まったんですか?」


勇士の背中にぶつかった事で赤くなってしまった鼻を擦りながら、ジャンヌは勇士が急に止まった理由を尋ねる。


「いや、自転車が来るからだけど・・・?」

「どうやったら、塀で死角になってる所の先が分かるん・・・・」


ジャンヌが呆れながら自転車が来ると分かったのか聞こうとした時、自転車が前の道路を凄い勢いで通り過ぎていった。


「ほらな」

「本当に自転車が来るなんて・・・・」

(やはり、勇士は『神域の英雄』ですね)


勇士は勝ち誇った表情をしていたが、自分が気付かなかった事に勇士が気付いている事で

、ジャンヌは彼が『神域の英雄』だと改めて確信した。

その後は何のトラブルもなく家に到着し、玄関の鍵を勇士が開けた所で、ジャンヌは意を決して勇士に話しかけた。


「 ―――― 勇士さん、少し話があります」

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