第35話

「勇士さん、不味いです。私の後ろに下がって下さい」


ジャンヌは男の言葉を聞いて顔色を変えて勇士に自分の後ろに下がるように言うが、彼はその言葉を無視して動こうとしなかった。

それどころか、余裕の笑みを浮かべてジャンヌに落ち着かせようと話しかける始末である。


「いや、問題ないから心配するなよ。多分、お前が知ってる中級魔法とは全く違うだろうしな」

「それはどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味なんだが、まあ、見てれば分かるぞ」


ジャンヌが勇士に聞き返すが、勇士はそう言うと彼女の質問に答えないまま、男たちの方へ視線を向けてしまった。勇士が答えないと分かるとジャンヌも男たちの方へ視線を向ける。どうやら彼らは中級魔法を準備しているリーダーを守っているらしい。

今までの戦いから考えれば、勇士にとっては立ちはだかる素人同然の男たちなど、肉の壁にもならないはずだが、彼が動く様子はない。


「火よ、纏まりて、我が敵を焼け、『火球ファイヤーボール』!!」


男たちのリーダーは手を前に突き出すと、その手の前方にテニスボール程の火でできた玉が出現した。


「・・・・あれが中級魔法?あの大きさで『火球ファイヤーボール』?」


出現した魔法を見てジャンヌは驚きを隠せなかった。


「ああ、そうだな。あれが火球ファイヤーボール』だ」


ジャンヌの呟きを勇士が肯定するが、ジャンヌは信じられないものを見たように驚きながら、彼女の知ってる真実を口にする。


「そんなはずはありません!だって、『火球ファイヤーボール』は!?」


そう、本来の『火球ファイヤーボール』は下級魔法に分類されており、決して中級魔法などではない。その事を知っている者が男たちの言葉とこの光景を見れば、なんの冗談だ?と質問するだろう。または、男たちを滑稽に思い、笑い出す者もいるに違いない。

ジャンヌの主張に勇士は頷いて肯定する。


「お前の言う通り、『火球ファイヤーボール』は本来、下級魔法に分類されている。だが、今の時代では中級魔法として扱われてんだよ。それに見ろ、あいつの出した『火球ファイヤーボール』の大きさを。小さ過ぎるだろ?あんなに小さいのは魔法が未完成だからだ。つまり、今の人類はその程度だって事だよ。勿論、『火球ファイヤーボール』を完全に使える奴らはいるが、そいつらもあの魔法を中級魔法と思ってる。そこら辺の事情は家に帰ってからな」

「・・・・・分かりました」


下級魔法を中級魔法として扱っている人類の現状に、ジャンヌは様々な事を聞きたい気持ちはあったが何とか抑え込み、勇士にそう返事をした。


「おい、お前ら!準備ができたぞ!!道を開けろ!!」

「・・・・・」


火の玉が出現してから暫く時間をおいていたにも関わらず、全く大きさが変わらなかった事に呆れてものが言えない勇士を、リーダーは恐怖で声も出せないと勘違いしたのか、表情に余裕が生まれていた。


「びびって声も出せないのか?命乞いをしても、もう遅いぜ。行け、『火球ファイヤーボール』!!」

「やれやれ、呆れてものが言えないな。まあ、これで自分と相手の実力差をしっかりと判断する大切さを学んどけ」

「えっ、勇士さん!?」


リーダーの手から放たれた『火球ファイヤーボール』は一直線に飛び、勇士に直撃した。男たちは勝利を確信し沸き立つが、次の瞬間には絶望の淵に立たされた。

一方、ジャンヌは勇士が未完成の下級魔法とはいえ、避けも防ぎもせずに直撃を受けた事に驚いていた。


「・・・多少服を強化しただけで服が焦げもしないとは、流石は未完成の下級魔法と言った所か」


そんな事を言いながら勇士は服に付いた煤を手で払っている。勿論、勇士に火傷などの外傷は無く、無傷だった。しかも、服も何ともないと言う状況に最早、男たちには何が何だか分からなくなっていた。


「な、何で避けたり、防いだりしなかったんですか!?」


勇士が無傷だった事に安堵したジャンヌだったが、すぐに勇士に詰め寄り、彼の行動を問いただす。


「少し落ち着けよ。火傷一つ負ってないんだから良いだろ」

「それは結果論です!」

「はいはい、説教は後で聞くからな」


勇士はジャンヌを宥めようとしたが、効果がなかったので適当にあしらってからまだ混乱している男たちの方へ向き直る。


「さて、俺はただで帰れると思うなよって、言ったよな?それと死を覚悟しろとも言ったはずだ・・・・覚悟は決まっているんだろうな?」

「勇士さん、殺してはいけませんよ?」


男たちに自分の言った事を確認していた勇士に、ジャンヌが釘を刺す。

男たちは戦う前に勇士が言っていた言葉は勝てると言う確信があって言われたものだと気付き一斉に青ざめる。


「分かってる。まあ、骨の一、二本は別に折っても構わないだろ?」

「それぐらいは仕方ないと思いますよ」


勇士がジャンヌに確認をとり、ジャンヌが承諾した。実質的にそれが男たちに対する私刑宣告だった。


「良かったな、半殺し程度で済みそうだぞ」


勇士はそう言ってからゆっくりと男たちの元へ歩いていく。


「うおおおおおおお!!」


本能的に勝てない事を悟ったのだろう、一人の大柄な男が僅かな可能性に賭けて勇士へと突進する。

だが、勇士の回し蹴りが男の側面から襲い掛かり、男は為す術もなく蹴り飛ばされ、気絶した。

他の男たちもそれに続いて勇士に襲い掛かる。だが、その者たちはことごとく返り討ちにあっていく。

一斉に攻撃しようとも、まとめてなぎ倒されるだけで手も足も出ない。

勇士は少しだけ本気を出し、鉄パイプや金属バットをひしゃげさせ、そのまま持ち主も殴り飛ばす。


(こんな戦いを何処かで見た事があるような気がします・・・でも、一体何処で?)


いくら蟻がいようとも、像に踏み潰されるのと同じ光景、英雄とも、魔王とも見える戦い方、それをジャンヌは何処かで見た事があるような気がしたが、それを何処で見たのかが分からなかった。

ジャンヌがその事を思い出そうとしている内に、戦いの方は大方終わったようだ。


「・・・あとはお前だけだな」


最後に残っていたのは男たちのリーダーだったようだ。彼は震える声で口を開く。


「お、お前は人間じゃねぇ!人間の皮を被った怪物だ!!」

「そうか、じゃあな」


勇士がそう言ったのを聞いた次の瞬間、彼は腹部に衝撃を受け、意識が遠くなっていくのを感じた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る