第33話
「・・・凄く率直な男の子でしたね」
「そうだな。しかも、好奇心旺盛でプライベートなんぞ気にしないから、相手をすると超が三つ付く位面倒だ・・・」
男の子とその母親が見えなくなった後、ジャンヌは溜め息をついた。悪意がないために怒れもしないのだから、下手に悪意のある人間の相手するよりも疲れる。
特に勇士は前世の教訓から、悪意がある者、証拠あるなしに関わらず悪行をしている者は即成敗していたので、成敗出来ない悪意はないが、普通は聞きにくい事を平然と質問してくるタイプの人物を苦手としていた。
その人物が更にトラブルまで起こすなら、彼の心労を推し測るべきである。
(早く家に帰りたいな。・・・ソファーで寛ぎたい)
その心労のせいか、勇士は少しだけホームシック気味になっていた。
「どうしたんですか?」
「少し疲れただけだから、気にするな」
そんな勇士の内心が表情に出てしまったのだろう、ジャンヌが心配して声をかける。
ジャンヌの心配に勇士は誤魔化さずに答える。いつもなら、誤魔化していただろうが、誤魔化さないと言う事は大分疲れていたのだろう。
「分かりました。疲れているなら急いで帰りましょう」
「ああ、すまん。ありがとうな」
「いえいえ、服や家具を買って貰いましたし、勇士さんの具合が悪くなったら大変ですから」
(年下に気を遣われるとは、我ながら情けない。)
ジャンヌの心遣いにお礼を言いつつ、勇士は精神的に年下のジャンヌに気を遣われた事に情けなさを感じていた。
その後、世間話をしながら勇士たちは家に向かって歩いた。家に向かって歩く程、徐々に人は少なくなっていく。
「ジャンヌ、振り向くなよ」
突然、勇士の目付きが鋭くなったと思うと、勇士はジャンヌに小声で話しかけた。
「追っ手だ。数は二人、動きからして尾行は素人、実力は喧嘩なれしている程度だから精々、一般人に毛が生えた位だな」
「追っ手ですか?」
ジャンヌでは気付けなかった事をつらつらと言ってのける勇士にジャンヌは驚きを隠せずに聞き返す。それに勇士は坦々と答える。
「ああ、そうだ。程度は低いが立派な追っ手だな。追っ手の内容は十中八九、ちょっと前に追っ払ったクソ野郎どもの仲間だ。このまま付き纏われるのは好きじゃない。どっかで止まって敵の本隊もまとめて絞めとくか」
獰猛な笑みを浮かべた勇士からは僅かにだが、戦う時と同じ圧力を発していた。
勇士たちは人気がなく、ある程度の広さがある公園へ向かった。
追っ手の人数は次第に増えているようで足音が多くなり、ジャンヌでも分かる程になっていた。
「さてと、団体客様ご到着、と言ったところかな?」
公園に入り、暫く進んだ所で勇士は後ろに振り返り、そう言いながら笑った。
「なんだ、気づいてたのかよ。それなら警察にでも逃げ込めば良かったのにな!だけどよ、もう遅いぜ?この人数を相手に警察に通報する余裕も、逃げる余裕もないからな!」
勇士たちを威圧するように楕円形に囲んでくる男たち、その中には勇士を恐れて仲間を置いて逃げていった者たちもいた。ざっと見ただけでも五十人はいるようだが、勇士は彼らを面倒そうな表情で見ている。
勇士の表情からは誰がどう見ても焦りや恐怖と言った感情が見られない事に苛立ち、先程話し掛けてきたリーダーだと思われる男が叫ぶ。
「てめぇ!何だよ、その澄まし顔は!?自分の女の前だからって格好付けてんじゃねぇぞ!?」
「いや、ジャンヌは俺の女じゃないからな?」
「勇士さん、もう少し危機感を持ってくださいよ!」
リーダーの言葉を冷静に返す勇士をジャンヌが注意する。かくなる上はジャンヌが戦うつもりなのか、彼女は臨戦体制をとっている。
だが同時に、あの武蔵と互角に渡り合っていた勇士が負ける所が想像出来なかった。
あの戦いは英雄として神の加護を得ているジャンヌから見ても、高レベルな戦いだった。
実際、勇士にいくら喧嘩なれした程度のゴロツキを集めた所で、多勢に無勢とはならずに殲滅されるのがおちだろう。
ジャンヌはその事を知らないために、この人数を警戒していると言った所だ。
「てめぇ、余裕だなぁ。まあ、いいか。おい、お前ら、こいつを早く殺っちまってそこの女で楽しむぞ!」
「「「「「「「おお!!」」」」」」」
リーダーは仲間の指揮を上げつつ、勇士を怒らせて逃げる判断をさせないためにやった事なのだが、それが不味かった。
リーダーの言葉を聞いた瞬間に、勇士が鬼の方がましだと思える程の表情になる。
リーダーは目的を達成したが、絶対に触れてはいけない勇士の逆鱗に触れてしまった。
ジャンヌも男たちも気付かないが、静かに空間が勇士の怒気と闘気に悲鳴を上げ始めていた。
「お前ら、ただで帰れると思うなよ?死を覚悟しろ!」
「はあ?この人数差でなに言ってんの?」
「頭いかれてるんじゃね?」
「ギャハハハハ」
男たちは勇士の言葉に笑いだすのが大半で、ジャンヌと同じように勇士の気配が変わった事に気付いて警戒しているのは、リーダーと他数名だけだった。
男たちは気付かない、自分たちが圧倒的強者である怪物から逃げるチャンスを失った事を。ここから始まるのは、無勢の多勢に対する理不尽で一方的な戦いだ。
『神域の英雄』と敵対して、無事で済む者はいない。そう、神々ですら例外はない。
たかだか、ただの人間に勝てる道理などなかった。
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