第32話

「武蔵さんと対峙していた時やあの男の人たちを追い払った時に、勇士さんから感じられた圧力は何なんでしょう?一体、勇士さんは何者なんでしょうか?」


あの柄の悪い男たちを勇士が追い払った後、ジャンヌは隣を歩く勇士に聞こえないように、小さくそう呟いた。

ジャンヌの疑問は正しい。勇士は神々の間でも伝説級の実力者だ。たとえ大幅に弱体化していたとしても、前世で数々の死線や修羅場を掻い潜ってきた経験は、彼の殺気などに圧倒的な重みを持たせる。

しかし、ジャンヌとの最初の会話の内容から考えると、勇士は天界での事件も、英雄の転生についても知らない様子だった。

事情を知らないジャンヌにとっては、異様に強い人物と言うイメージだろう。

勇士が戦った時の事を考えていたジャンヌはふと、まだ柄の悪い男たちから守ってくれた事のお礼を言ってないのを思い出した。


「そういえば、お礼がまだでしたね。先程は守ってくれてありがとうございます」

「気にしなくて良いぞ。あれは俺があいつらにムカついてやった事だからな。・・・・本当だったら殺してやりたかったんだが、法律が面倒だ。治安がそこそこ安定しいてるのがこの世界の良い所なんだが、考えようだな」


勇士はジャンヌからのお礼の言葉に男たちの事を思い出したのだろう、言葉の一部に棘があった。その後も勇士は言葉を口にしていたが、その声は小さく、ジャンヌは聞き取る事が出来なかった。


「何か言いましたか?」

「いいや、何も言ってないぞ」


ジャンヌがその事を質問しても、勇士ははぐらかすだけで、話そうとしなかった。

何故なら、ジャンヌが聞けば勇士に小言を言うのは目に見えている。更に、勇士の前世が別世界の住人で、強さから英雄であった事に感付く可能性もあるからだ。


「あっ、あの時のお兄ちゃんだ!」

「ん?誰だ?」


勇士が急に後ろから大声で呼び掛けられ、驚きながら振り向くと、一人の幼い男の子が母親だと思われる女性の手を振りほどいて勇士の方へ走ってきた。


「こら、待ちなさい。勝手に走り出したら駄目でしょう!あっ、あの時はどうも」


その女性は男の子を叱りながら追いかけて、勇士に気付くとそう言って頭を軽く下げて挨拶をした。

勇士も、男の子とその女性を見て、見知った人物だと言う事に気付いた。


「ああ、この前の」

「勇士さん、お知り合いですか?」


そう聞いてくるジャンヌに昨日、買い物の帰りにトラックに轢かれそうになっていた男の子を助けた事を話した。


「そんな事があったんですね。やっぱり勇士さんは良い人です」

「俺はそんなできた人間じゃないんだがな」


その話を聞いて嬉しそう笑うジャンヌに勇士は気まずげに頬を掻く。

その様子を近くから男の子がじっと見ていた事に気付いたジャンヌは、男の子の前にしゃがみ、話し掛けた。


「どうしたんですか?」

「ねぇ、ねぇ、お姉ちゃん」

「何ですか?」


ジャンヌが声を掛けると、男の子がジャンヌの肩を叩いて、何か聞こうとする姿に彼女は微笑ましそうに笑っていたが、次の瞬間にはその笑顔が氷付く一言が男の子の口から出た。


「お姉ちゃんはお兄ちゃんと付き合ってるの?」

「なっ!?」


ショッピングセンターで服屋の店員に同じような質問をされたが、まさか、こんな幼い子供の口から出るとは思わなかったのだろう、

ジャンヌは驚愕の声を上げた状態で固まった。

だが、それから復帰し、もう一度状況を頭の中で整理したが幻聴の類いではないため、現実は何一つ変わらず、ジャンヌは瞬く間に赤面した。


「ち、違います!あっ、いや、そう言う意味ではなくてですね。ああ、そうでもなくて、だから、その、・・・・・」

「おい、少し落ち着けよ。深呼吸しろ」


ジャンヌは最早混乱して何を言っているのか分からない状態になっていた。

そこで、ジャンヌは勇士の言う通りに深呼吸をして心を何とか落ち着ける事に成功した。


「そんな事を言っては駄目よ。すみません、この子は私が見ているドラマとかをまたに私と一緒に見るんですけど、多分それで覚えたんだと思います。おそらく言ってみたかっただけなので、深い意味はないと思います」

「はい・・・分かりました。大丈夫ですよ?怒ってはいませんから」


謝りそんな事を言ってくる母親に、ジャンヌは自分が混乱してしまい、フォローを入れて貰っている事に気付き、恥ずかしそうに俯いた。


「あの、勇士さん?あの事は忘れてくださいね?」

「何の事だ?俺にはさっぱり分からないな。お前は普通にそいつと喋っていただけだろ?」

「ありがとうございます」


勇士も馬鹿ではない。ジャンヌが混乱した事を掘り返せば、ジャンヌを怒らすか、たま混乱させる事になりかねないのは分かっていた。そのため、気を利かしてその事をなかった事にしたのだ。

ジャンヌとしては自分の醜態を掘り返されない事にほっとしていた。


「さ、そろそろ行くわよ。この子の相手をしてもらって、ありがとうございました」

「いえ、楽しかったです」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、バイバイ!」


男の子は母親に促され、元気に勇士たちに向かって手を振ってから、帰って行った。


(つ、疲れた・・・あの子供は俺の疫病神なのか?)


勇士はジャンヌが混乱したり、彼女に気を利かしたりしたので、精神的にかなり疲労していた。そして、ふと、男の子の事をそう思ったのだった。


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