第30話
「勇士さん、お待たせしました」
「勇士様、大変長らくお待たせいたしました。ああ、店長もいましたね」
「・・・・・」
ジャンヌと鈴は勇士たちの方へ来ると、勇士に声をかけた。その際、鈴がわざとらしく武蔵の存在を忘れていた様子を見せるが、武蔵は苦い顔をしたが、努めてこれを無視する。脳筋の彼が僅かな成長を見せた瞬間だった。
ふと、勇士はジャンヌが紙袋を持っているのに気付いて質問する。
「その紙袋はどうしたんだ?会計はまだのはずなんだが、もしかして金を持ってたのか?」
そう、財布は勇士が持っているで、服を選んだとしても会計がまだのはずだ。
勇士はジャンヌが神々から資金を受け取っている事を疑ったが、彼女は首を横に振って否定した。
「いいえ、これはまだ会計をしていません。これは鈴さんに頼んで用意をしてもらったものです。袋のな、中にはし、下着なども入っていますので、中を見ないで頂けると助かります。・・・恥ずかしいので」
ジャンヌの声は徐々に小さくなっていき、よく聞き取れない所もあったが、内容は推し測るべきだろう。
脳筋な誰かと違ってその類いの事が理解できる勇士はそれ以上、ジャンヌが持っている紙袋の事は追及しなかった。
「そういえば、勇士さんは待っている間、何をしていたんですか?」
「ああ、この情けない傀儡店長の武蔵と話していただけだ」
「よし、良いであろう。店の外に出よ、先程の続きをしようではないか!」
勇士の言っている事はある意味的を射ているのだが、武蔵は憤慨し、店の外で勇士と決着を着けようと彼を戦いに誘う。
おそらく、勇士が待っている間の事を追及されないようにしよう、と考えている事に武蔵は気付いていないだろう。
そして、武蔵の発言で再び鈴が絶対零度の視線を自分に向けている事に、つまり、自分で墓穴を掘った事に気付いていない。
その視線に殺気が籠りだしたところで漸く気付いたらしい、武蔵の額から冷や汗が出始める。
「いつ、どこで、私が店の外で騒ぎを起こして良いと許可を出したのですか?」
「そ、それはだな・・・・・」
鈴の抑揚のない声には明らかに怒気が含まれていた。情けない事に部下であるはずの店員から暗に許可を出していない、と言われて狼狽える店長の武蔵。これでは傀儡店長と言われても、仕方ないだろう。
「・・・・傀儡店長」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぅ」
その様子を見て、勇士は更に武蔵を挑発し、火に油を注ぐが、鈴がいる所で暴れる訳にはいかなかったのか、武蔵は悔しそうに唸るだけだった。
「勇士様、少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
その冷たい視線が自分に向けられた事に気付いた勇士は内心、身構えた。
「勇士様の言い方では、傀儡店長を裏から操っているのが私のように聞こえます。それは私に失礼になると思わなかったのですか?」
「あ、ああ、すまん。そこまで考えてなかった。失言をしたな」
(普通、一応でも上司を本人の目の前でディスるか?)
だが、鈴の口から出た言葉は拍子抜けにも程がある。武蔵を庇うどころか、傀儡店長だと言う所を否定せずに、自分が不満を感じた部分だけを訂正し、微妙に彼の事をディスっていた。
これには、さすがの勇士も引きぎみで、苦笑いをしている。
「・・・待つのである。何故、我輩が傀儡店長だと言う所を否定しないのであるか?汝は我輩の事を何だと思っているのだ!?」
最初は我慢していたのだろう、声音はいつも通りだったが、徐々に我慢出来なくなったのか、声が大きくなり、最後の方は心からの叫びを上げるに至った。
「・・・遠回しに告白でもしているのですか?」
「断じて、違う!!」
表情の変化がないので分かりづらいが、鈴は確実に武蔵をからかっている。もし、彼女が表情豊かならば、分かりやすくニヤニヤと笑っていた事だろう。
「分かりました。では、本音を言わせて頂くと、私にとってあなたは店長と言う名の上司ではあります。店長の前に使えない、上司の前に一応関係上が付きますが・・・・。
それと、傀儡店長だと言う所を否定しなかったのは、今まであなたを正しく評価すれば、気付かない内に傀儡にされていても可笑しくないからです。それに ――――」
武蔵に遠慮など一切しないでつらつらと、自分の武蔵に対する評価を語っていく鈴は心なしか、生き生きとし始め、逆に武蔵は精神的ダメージを受け、心に彼女の酷評が刺さり続けて、今にも吐血しそうにほど苦しそうな表情をしていた。
「おい、もう止めてやれよ。あいつが今にも吐血しそうになってるぞ」
「大丈夫ですよ。私は店長の立ち直りの早い屈強な精神だけは高く評価していますから。暫く放置していれば、勝手に立ち直ってまた騒動を引き起こすようになります。これぐらいが店長には丁度良いのです」
「そうかも知れないな」
勇士が武蔵の状態を心配して、止めようとするが、鈴はそれを拒み、拒んだ理由を勇士に話した。
理由の中で鈴が言っている事はかなり酷いのだが、その言葉の中に武蔵への確かな信頼が僅かに見えた。武蔵の精神の強さは勇士も知っているため、鈴の言葉に納得した。
「じゃあなって、武蔵?大丈夫か!?」
「・・・・わ、我輩は・・・・・・」
(やっぱり心配になってきた)
帰るので、勇士は武蔵に声をかけるが、武蔵は全身が白くなり、虚ろな目をしながら何かを呟くだけの状態になっていた。
その様子から、再び武蔵への心配が勇士の心に浮き上がってきた。
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