第29話
「なあ、お前ってこの店の店長だよな?」
「うむ、そうであるが、それがどうかしたのか?」
勇士は暇そうに店の壁に寄り掛かりながら、同じく暇そうに店の壁に寄り掛かっている武蔵に話しかける。
「じゃあ、何で俺と仲良く追い払われて、暇を弄んでいるんだ?」
武蔵の当然の回答に勇士は訝しげな表情をしてそう尋ねた。
何故、このように彼らが暇を弄んでいるのかと言うと、およそ10分程前に遡る。
「では、そちらのジャンヌ様の衣類を買うためにご来店されたのですね?」
「ああ、そうだ」
「ふむ、なるほど。であれば、鈴に任せておけば問題はないな」
「・・・・・」
勇士とジャンヌは鈴に先導され、女性用の衣類のコーナーに向かっていた。何故か、当然のように武蔵が付いて来ているが、勇士たちは半ば諦めているのか、その事に関して特に何も言わずに歩いている。
「見えて来ましたね。あちらが女性用の衣類のコーナーです」
「あの、鈴さん、ちょっと良いですか?」
「ジャンヌ様、どうかされましたか?・・・・なるほど、分かりました」
女性用の衣類のコーナーが見えて来た所で、ジャンヌが鈴を呼び、周りに聞こえないようにして何かしら耳打ちする。
すると、鈴はジャンヌに耳打ちをされて頷いた後、その場で立ち止まり、勇士と武蔵の方へ向き、口を開いた。
「勇士様、それと店長・・・・」
「それと、とはなんだ!?我輩は汝の上司であるのだが!?」
上司であるにも関わらず、鈴から粗雑な扱いを受けたので、武蔵が思わず怒鳴り声を上げるが、鈴は臆する事なく、反論した。
「うるさいですよ、店長。その怒鳴り声でお客様たちがこの店から逃げ出したら、どう責任を取るおつもりですか?」
「す、すまん・・・?何故、我輩が謝っているのだ?」
「何か言いましたか?それとも、店長の身でありながら、また営業妨害をするのですか?」
「・・・・・いや、何でもないのである」
武蔵の怒りの炎は鈴によって容易く鎮火され、武蔵は丸め込まれてしまった。
先程までの勢いを失った武蔵に氷点下の視線が突き刺さり、鈴の毒舌により、疑問を抱く余地すら与えられなかった。
「こほん、勇士様と店長はあちらの方でお待ち下さい」
「?何でだ?」
鈴の指示には勇士も武蔵も疑問に思ったが、武蔵はついさっき論争で瞬殺された挙げ句、丸め込まれているので、勇士が代表して質問した。
「・・・・失礼ですが、今まで異性とお付き合いしたご経験は?」
「いや、そんな経験はないが、それがどうした?」
「やはりそうですか、ならば仕方ありませんね」
一瞬、鈴からの視線が冷たくなった事を感じながら勇士は答え、その答えを聞き、彼女は長い溜め息をついた。
「理由は下着も選ぶからです。あなたにも羞恥心があるはずですから、分かりますよね?」
「分かった。向こうで待ってるぞ」
この説明で理解出来ない馬鹿で羞恥心もない者はいないだろう。
「ちょっと待って下さい。何故、店長はこちらに付いて来ているのですか?」
「悪いのか・・・・?」
いや、ここに理解出来ない馬鹿で羞恥心もない者がいた。鈴からの視線が氷点下を超えて絶対零度までに至っている。
だが、武蔵はどうして絶対零度の視線を向けられているのか、分かっていないようだった。
「店長は下着を異性に見られた場合、恥ずかしいと思いませんか?」
「何故、布一枚ごとき見られた程度で恥ずかしいと思うのだ?ましてや、着ていない状態のものだぞ?何を恥ずかしがる理由がある」
鈴はかなり常識的な事を質問したのだが、返ってきた答えは、非常識なものだった。
しかも、服屋の店長がとても言うような言葉ではないものまで、含まれていた。
この回答に武蔵以外は皆、唖然としている。
「とにかく、店長はあちらの方でお待ち下さい」
「だから、何故だと言っているだろう?」
納得がいかないと、食い下がる武蔵に鈴は揺るぎない事実を尋ねる。
「私が今までに言った事で間違った事がありましたか?」
「・・・いや、ないな」
「そうでしょう。分かったら、早く向こうへ行って下さい」
「・・・・・了解した」
そして、情けない事に武蔵は再び鈴に丸め込まれた。店の外での出来事を含めれば、本日3回目だと言う事は、言わぬが花、と言うやつであろう。最早、今まで店を乗っ取られなかったのが不思議な位だ。
そこから、今の状況に繋がるのだが、勇士の質問に武蔵は坦々と事実を言うような声で答えた。
「実際、あやつの言った事が間違った事はなかった。ただ、それだけの事であるな」
「もう大人しく鈴さんに店長の座を譲ったらどうだ?ヤクザの用心棒をした方が儲かると思うぞ」
勇士がニヤニヤと笑っているので、おそらく武蔵をからかって楽しんでいるのだろう。
まあ、本音が混じっていないとも言えないが。
「ふん、貴様はやはり失礼な奴であるな。大きなお世話なのである」
それが分かっているのだろう、武蔵はあまり強い口調では反論をしなかった。
「冗談はこれくらいにして、お前、何でそんな姿をしているんだ?」
勇士の目が一瞬、鋭くなったのを武蔵は見逃さなかった。
「素性を隠すのと、後は汝と一緒である」
武蔵は真面目な表情をしてそう簡潔に言った。
「封印、か。お前の事だ、気付いているんだろう?戦うのか?」
勇士が何時になく真面目な声音で尋ねたが、武蔵は一切の迷いを見せずに即答した。
「愚問である。我輩に戦う以外に選択肢などない」
「そうか、お前らしいな・・・。おっと、終わったみたいだな」
一瞬、勇士は思い詰めた表情をするが、ジャンヌたちが現れた瞬間、その表情は直ぐに消え、いつもの表情に戻った。
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