第28話

「う、うむ、お客様をお出迎えしようと思ってな」


先程まで武蔵は希望の光が見えたような表情をしていたのに、足音の主が単刀直入に言い放った一言で、その表情は焦りに変わる。

弁解を試みるが、足音の主からの冷たい視線は変わらなかった。どうやら、かなりご立腹らしい。

武蔵が弁解しようとしている相手に興味を持ち、足音の主を詳しく観察する。

足音の主は女性で、髪はショートカットの黒髪だった。顔は無表情だが、雰囲気から怒っている事が分かる。

服装は武蔵の店の女性店員用の制服だと思われる、長袖の白いシャツと膝程の丈をした黒いスカートを着ていた。

ただ、スカートはあまりヒラヒラしていないものなので、同じ女性店員用の制服を着ている副店長のスカートは大変な事になっている。とても歩きづらそうだ。


「そうでしたか。それはご立派なお考えです」

「そうであろう。だから鈴よ、我輩にその冷たい視線を向けるのはやめてほしいのだが」


彼女は武蔵に鈴と呼ばれていた。おそらく、勇士と武蔵が戦闘している時に、店員がぼそぼそと言っていた独り言に出てきた『鈴さん』と同一人物だろう。

彼女改め鈴の返事に武蔵は突破口があると思ったのだろう。遠回しに自分への怒りを鎮めるよう、説得を試みるが、次の瞬間にはその突破口は閉ざされた


「・・・ですが、あなたが店の前にいるだけで営業妨害になりますから、早く店の中に戻ってくださると助かるのですが?」

「いや、しかし・・・・」

「助かるのですが?」

「・・・・・了解した」


武蔵は鈴の一言にショックを受けながらも、粘ろうとするが、彼女の有無を言わせない剣幕に圧され、あえなく店の中に戻る事を了承した。この事から彼らの上下関係が分かると言うものだが、これならば、彼女が店長でも良いのではないだろうか?

その方が店員たちも心安らかに仕事に専念できると言うものだろう。

それにしても、この時も鈴は無表情だった。実は彼女の表情筋は死んでいるのではないかと、疑いたくなる程だ。

店の中に戻る事を了承して武蔵が項垂れた事で、鈴の標的は副店長に移った。

店長がいとも容易く陥落したのを見て、標的が自分に移ったと知ると、その巨体と外見に似合わず、ひっ、と言う情けない声を上げて後退る。


「ま、待って、あたしは店の外が騒がしかったから様子を見るために店の外に出ただけなの。だからね、鈴ちゃん、落ち着てねん」


さすがに逃げる事は出来ないと悟ったのか、鈴に必死の命乞い(?)をするが、彼女の表情は変わらず、後退る副店長にゆっくりと近付いて行く。


「なるほど。つまり、あなたに非はない、と言う事ですか?」


彼女の問いを肯定するために副店長は激しく上下に振った。


「そうよ。だから赦して、お願いよ~」


そして、彼(彼女?)は髪に祈るように手を胸の前で組み赦しを乞うが、それだけで赦す程、鈴は甘くはなかった。


「・・・・残念ですが、赦す事は出来ません。周りを見て下さい。あなたが店の外に出てきたせいで、店長とそこの男性の乱闘騒ぎのお陰で集まっていたお客様たちが逃げてしまいました。よって、あなたを赦すなど論外です」

「・・・そんな」


ガックリ、と肩を落とす副店長に鈴が死刑宣告で追い討ちをかける、と言うより、止めを刺す。


「あなたは大人しく店の奥に引き込もっておいて下さい。そうすれば、私達は仕事に専念でき、お客様もやって来ます。ですから、お店の事を考えるなら、どうか大人しく店の奥に引き込もって下さい。良いですね?」

「ひどいわ。でも、お店のためなのよねん?分かったわん。大人しく店の奥に引き込もっておいくわねん」


店の奥に引き込もる事を了承し、副店長は泣き出した。それでもなお、鈴は眉一つ動かさなかった。


「こりゃ、カオスだな」


勇士は目の前に広がる光景を見て、そう呟いた。

武蔵は意気消沈、と言った様子で項垂れながら、ぶつぶつと独り言を言い、オカマ副店長は顔を両手で覆ったまますすり泣きをしている。その二人の間に無表情でたっている鈴、まあ、彼女が二人がああなった原因なのだが・・・。

とにかく、その場は混沌としていて、訳の分からない状態になっていた。

勇士が、これをどうしたものか、と考えていると、鈴が彼の方を向き、近付いてきた。

内心、少し身構えてしまったのは勇士だけの秘密である。


「申し遅れました。美村みむら すずと申します。この度は私達の上司である店長と副店長がご迷惑をお掛けしたことを、この店の店員を代表してお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした」

「いや、こっちも売り言葉に買い言葉だったからな。あまり気にしてないぞ」


丁寧に謝られた事に対して、勇士は苦笑して返した。

その勇士の対応に(基本、無表情なのでとても分かりにくいが)鈴は驚いた表情をした。

無表情な彼女が僅かだとはいえ、表情を変えたと言う事はそれ程驚いた事があったはずなのだが、勇士には検討が付かず、鈴に尋ねた。


「そんなに驚く事があったのか?」

「?顔に出ていましたか?」

「ああ」


すると、返ってきたのは意外な答えだった。


「そうですか、お気を悪くしたら申し訳ないのですが、店長にまともなお知り合いがいたのだな、と驚きまして」


この言葉に反応したのは、項垂れていた武蔵だった。素早く顔を上げると、怒りに顔を染めて口を開いた。


「失礼であるな!我輩にもまともな友人位いるのである!!」

「お客様、お名前は?」

「天霧 勇士だ。勇士って呼んでくれ」

「分かりました、勇士様。どうぞこちらへ」

「おーい、ジャンヌ、行くぞ!」

「あ、はい!」


急に呼ばれたジャンヌは急いで勇士たちの元に向かった。


「なあ、我輩が何かしたのか?何故、無視をするのだ・・・」


綺麗に無視をされた武蔵の寂しそうな呟きに答える者は誰もいなかった。

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