第27話

「あら、こんなにお客様がいらしたのねん。もう、何で教えてくれなかったの?」


野太い声が静まり返った周囲に響き渡る。

その声の主は2m近い巨体を持ち、顔に厚化粧し、唇に赤い口紅をつけていた。

女性店員用の制服をきたその男、そう、男なのだ。つまり、オカマだ。それが男らしい野太い声で女らしい口調を使って喋っている所を創造してみて欲しい。体と精神が正常な男性ならば、目を会わせただけで全身に恐怖で悪寒が走る事だろう。

更に、その巨漢のオカマの顔からは常時見たものに悪寒を走らせる(男性のみ)オーラが放たれていた。言うならば、顔面狂気と言ったところだろう。通常のオカマとは雰囲気が悪い意味で圧倒的に違った。


「ふ、副店長、店の外に出てきたら駄目ですって、言ったじゃないですか!」

「そんな酷い事を言われたら、あたし、いじけちゃうわよん」

「うっ」


店の外に出てくるのを止めようとした一人の店員が、その巨漢のオカマ改め、副店長にウインクされ、後ろを向いたと思ったら、四つん這いになり手で口元を押さえて吐きそうになるのを必死にこらえ始めた。

その光景を見ていた勇士が同じその光景を見ていた武蔵に小声で話しかける。


「なあ、顔面凶器のお前といい、あの顔面狂気のオカマ副店長といい、お前の店は大丈夫なのか?客が来ないだろ・・・」

「大きなお世話なのである。しっかりとお客様は来店している」


心の底から心配している表情で勇士は思いっきり失礼な事を言っているのだが、本人に悪気がないのでたちが悪い。

それが分かっているので武蔵は微妙な表情をして反論する。


「お前が店の前に出ている時はどうなんだ?」

「・・・・・」

「・・・何か、悪かったな。聞くまでもない事を聞いた」

「・・・・・・貴様、同情して謝罪するのか、馬鹿にするのかどちらかにするのである」


勇士の鋭い質問に武蔵は沈黙した。

だが、その手は悪手だった。勇士はその沈黙から質問の回答を察して同情し、謝罪するが、その後に余計な一言を言ってしまった。

そのため、武蔵からジト目で見られる事になった。


「いや、我輩が店の前に出ている時ならば、度胸のある者は来店するのだが、副店長の時は誰も寄り付かんな。だから、副店長には店の前に出るなと言っておいたのだが」

「なあ、どうしてそんな奴が副店長に成れたんだ?」


武蔵の回答は最後の方以外は納得出来るものだった。最後の方が納得出来なかった理由は、武蔵と副店長を比べてもドングリの背比べなので、武蔵が副店長に店の前に出るな、と言える立場ではなかったからだ。

勇士はそれを努めて無視して、副店長の事を尋ねる。


「あれでも仕事の事になると、とても優秀なのだ。だからこそ、基本的にお客様に関わる事のない裏方の仕事を任され、結果を出して副店長まで出世したのだ」

「なるほどな。つまり、お前より優秀って事か」


あまり考えたくない事だったのだろう。武蔵の声音がとても苦々しかった。

勇士がニヤリと笑って冗談を言う。


「何を言う。我輩の方が優秀だからこの店の店長なのであろう」

「・・・そういえば、方向性が違うだけで結果はほぼ同じだったな」


勇士が小声でそんな事を言ったが、聞こえたのだろう、武蔵が不満そうな顔をした。


「どう言う意味だ?」

「自分で考えろよ、優秀な店長さん」


武蔵の言った言葉を逆手にとって勝ち誇った表情をする勇士に対して、武蔵は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

再び戦闘が始まりそうな雰囲気が二人の間に漂う中、武蔵が急に何かに気付き、顔をある方向に向ける。


「しまった、貴様なぞと話していないで素早くここを立ち去るべきであったわ!奴がこっちに来るぞ。」

「それはこっちのセリフだ。この脳筋野郎!」

「脳筋野郎?誉め言葉か?」

「違うわ!お前は何でこう言う時だけ馬鹿なんだ!?」


武蔵の言葉につられて勇士も武蔵と同じ方向を見て戦慄した。オカマ副店長と言う名の悪夢がゆっくりと二人の方へ向かってきていた。

勇士も武蔵との会話に夢中になり、気づいていなかった。その事に怒りを覚え、武蔵を罵倒するが、彼はその罵倒を誉め言葉として受け取った。

これに勇士はツッコミをせずにはいられず、鋭いツッコミをした後に頭を抱えた。


「店長、相変わらず良い筋肉してるわねん。あら、良い男。店長の知り合いかしらん?この店て副店長してるの、よろしくねん」

「「ッ!!」」


副店長にウインクをされた途端、勇士と武蔵の二人は謎の生存本能と悪寒を感じ、同時に後ろに飛び去り副店長から距離を取った。


「な、なんだ、今の感覚は?」

「ぬぅ、やはりあの肌をなめ回すような悪寒には慣れることができんな」


臨戦体制をとっている二人の顔は心なしか、血の気が引き、僅かに青ざめているように見えた。


「そんなに警戒されるとあたし、傷付いちゃうわん。あたしは何もしないわよん」

「ヤバい、吐きそうだ。おい、何とかしろよ、お前があいつの上司だろ。」

「無茶を言うでないわ。我輩が止める事が出来ていたら、貴様と一緒に吐きそうになどなる訳がないであろう」


二人共、相手が敵ならば今すぐに全力で攻撃していただろうが、相手は敵ではない。

しかも、敵対していなくても強力な精神攻撃を受け続けるのだ、堪ったものではない。

既に二人の精神は限界に達しており、喉元に込み上げてくるものを抑えるのに必死になっている。


「ま、『精神防御マインド・プロテクト』」

「むぅ、た、助かったのである。礼を言うぞ」

「もう、人様の顔を見て気持ち悪そうになるなんて、失礼しちゃうわねん」


それはお前の外見が悪い、と言う言葉が出かかったが、勇士はどうにか我慢する事に成功した。

魔法で精神攻撃を防いでいるとは言え、状況は好転していない。魔法の効果が切れれば、直ぐ様吐き気が襲ってくるだろう。

それに、相手を怒らせて状況を悪化させたくはなかったからだ。


「ん?」

「あら、来たのねん」

「おお、漸く来たか」


三人の方へ歩いてくる足音が聞こえたので、その命知らずは誰だと思い、勇士は足音がする方に視線を向ける。

一方で武蔵と副店長は片や希望の光が見えたような表情し、片や知り合いに対する笑顔を見せていた。

足音の前に主は立ち止まると一言。


「店長に副店長、どうして店の外に出ているのですか?」


と冷たい声音で言い放った。

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